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初めての人 第43話

「実はさ、千景君にバレちゃったんだよね。俺が何してるか」 「え?」 「たぶん2年か3年か知らないけど他の寮生が喋ってるの聞いちゃったんだろうね。入寮2日目にすごい怖い顔で部屋に突撃してきた」  思い出し笑いをする慶史は楽し気。でも、僕は全然笑えなかった。  慶史ははっきり言わなかったけど、好きでもない人とエッチしてる事をちーちゃんが知って、ちーちゃんはそれに激怒したという話だと理解できたから。  僕が何も言えず黙り込んでいたら、慶史は困ったように笑った。大体予想はしてたでしょ? と。 「予想はしてたけど、でも、……でも、だからって笑って聞ける話じゃないよ」 「はは。だよね」  嘲笑に似た笑い声を零す慶史は、那鳥君への恨み言を零す。本当に余計なこと言いやがって。と。  僕はそんな慶史を窘める様に名前を呼ぶ。僕は教えてくれた那鳥君に感謝してるから。 「でもそもそも俺が迷惑かけたわけじゃないんだけど? その時部屋に居たお客を千景君が脅してちょっとした騒ぎになったって話だから、周りに迷惑かけたのはむしろ千景君だよ」 「ちーちゃんは慶史を守るためにそうしたんだよ」  その場に僕はいなかったからどういう状況でちーちゃんが慶史の相手に怒ったのかは分からない。  でも、きっとちーちゃんは気づいたんだと思う。慶史が望んで好きでもない人とエッチしてるわけじゃないって。 「そっか……。だからちーちゃん、慶史の部屋に遊びに来てるんだね」 「かもね。本当、お節介が過ぎるよ」  ちーちゃんはちーちゃんなりに慶史を守ろうしてるのだろう。  だから、毎日のように慶史の部屋に遊びに来てこれ以上慶史が好きでもない人と関係を持たないようにしているんだと思った。  僕はちーちゃんに感謝するんだけど、当の慶史は迷惑だと言わんばかり。それが嘘や強がりじゃないことに僕の心はまた痛んだ。 (快楽って、麻薬と一緒だもんね……)  ドーパミンの分泌が過ぎると脳がマヒして依存症になりやすいと昔テレビで見たことがある。  それは薬物やアルコールだけに留まらず、ギャンブルやショッピングでも起こりえると聞いて僕は身近に潜む落とし穴に恐怖を覚えたものだ。そして、それは性的なことでも発症すると言っていた。  セックス依存症と呼ばれた快楽中毒。慶史は自分をそれだと言った。気持ちいことを求めることを止められない。と。 「……どれぐらい、してないの?」 「! 珍しい。葵が突っ込んで聞いてくるなんて、夏休みの間先輩に随分エロい事されてたみたいだね?」 「慶史っ」  俺の葵が汚された!  そう悲嘆する慶史。話を逸らさないでと怒れば、慶史は悪ふざけもそこそこに肩を竦ませ「3日ぐらい、かな?」と最後にエッチした日を口にした。  ちーちゃんが入寮した日を思い出した僕はそれに計算が合わないと眉を顰めてしまう。そして、ちーちゃんは何をしているのか。と、従兄弟に理不尽な怒りを覚えてしまった。 「千景君ってああ見えて真面目だよね」 「見た目が派手なだけだからね、ちーちゃんは」  ちーちゃんの見た目が優等生とは程遠い理由は、他人に舐められないように、という不良っぽい考えがあるから。  でも実際ちーちゃんの素行は喧嘩っぱやい事を除けば物凄く真面目で、授業は無遅刻無欠席で学校行事もちゃんと参加するから見た目とのギャップが物凄かった。  慶史の言葉に僕が同意すれば、その真面目さが裏目に出てると知った。 「昼間は居座ってるけど就寝時間にはちゃんと部屋に戻ってくれるから、まだ調整はしやすかったし助かった」 「! 慶史……」 「でも、千景君の目が怖いからか客は半分ぐらい減っちゃったよ」  中には相性が良かった人もいたのに残念。  そう慶史は笑うけど、その笑顔を本物だとは思えなかった。 「そんな顔しないでよ。『聞かせろ』ってしつこかったのは葵でしょ? こうなるから俺は言いたくなかったのに」 「ごめん……」 「冗談。いいよ。……葵には嘘も隠し事もしないって約束、しちゃったしね」  本当は知られたくないけど、言わないと葵は変な方向に暴走するから仕方ないよね。  そう困ったような笑い顔を見せる慶史に、僕は何も言えなかった。  慶史は黙り込む僕の手を取ると、そのまま僕を引っ張るように歩いた。  寮の玄関に到着して寮夫さんに一言声をかけないとと管理人室へと目を向ければ上機嫌な滝さんと、滝さんの話を聞いている久遠先輩の姿が目に入った。  その楽し気な雰囲気に声をかけるのが躊躇われる。すると慶史が後で自分が報告しておくと言ってくれたから、僕はその言葉に甘えて寮を後にした。 「……だよねぇ。やっぱり、いるよねぇ」 「え?」 「先輩。本当、流石年季の入った葵のストーカーだよ」  連絡してからまだ数分しか経ってないのになんでもう迎えに来てるんだか。  呆れ口調の慶史が見つめる方へと視線を向ければ、そこには虎君の姿が。その姿を見た瞬間、僕は何故かホッと心が軽くなった気がした。

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