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初めての人 第63話
「『大好きだから泣けてきた』なんて、愛されてるわね、虎」
「揶揄わないでください、樹里斗さん」
「まだそんなに真っ赤になるぐらい嬉しいの? 付き合ってもう半年以上経ってるのに」
「半年経とうが1年経とうが嬉しいですよ。きっと10年経ってもこうなる自信があります」
虎君は僕の手を握り、照れたように笑う。母さんはその言葉に満足そうに笑い返すと「それって素敵なことね」と目尻を下げた。
「樹里斗」
「ふふ。ごめんなさい」
母さんの綺麗な微笑みに息子ながらも見惚れていたら、何処か不機嫌な父さんの声。これはあれだ。父さんがヤキモチ妬いてる時の声だ。
子供にまでヤキモチ妬かないで欲しいと思いながらも虎君を見上げれば、虎君は苦笑交じりに僕の手を引き歩き出す。
連れられるがままリビングを後にした僕達は、ドアが閉まって二人きりになった途端どちらが誘うでもなく立ち止まりキスを交わした。
「……10年後も、それよりもっと先も、ずっと『嬉しい』って思ってね?」
「もちろん。……葵が隣で笑ってくれるだけで俺は世界一の幸せ者だからな」
触れるだけのキスをもう一度交わして笑い合えば、幸せ。
僕は虎君に寄り添い、自分の部屋へと大好きな人と一緒に足を進める。
「いつか俺も葵と茂さん達みたいになりたいな」
「うん。僕も同じこと考えてた」
階段を昇りながら父さん達みたいに何年経っても仲が良い恋人同士でありたいと頷けば、肩を抱く手に力がこもったことを感じた。
「どうしたの?」
「いや、そういえば茂さんと樹里斗さんも幼馴染だって母さんから聞いてたなって思って」
「え。そうだったんだ?」
初めて知ったと驚く僕に虎君は本当に? って逆に驚かれた。気づかなかったのか? と。
「茂さんはともかく、樹里斗さんは偶に茂さんのこと『兄さん』って呼んでるだろ?」
「それ、さっき初めて聞いた。母さん、僕達の前じゃずっと『お父さん』って呼んでるから……」
「えぇ? 俺は結構聞いてるぞ?」
今まで一度も聞いたことがないと伝えれる僕に驚きを隠さない虎君。でも、そんな風に驚かれても聞いてないものは聞いてないんだから仕方ない。
僕は唇を尖らせ、「どうせ僕はいつもぼーっとしてるよ!」なんて八つ当たりの自虐を口にする。
「ごめんごめん。そんな風に思ってないから怒らないでくれよ」
「嘘だ」
「本当だって」
膨れっ面を見せれば虎君は苦笑交じりに膨らんだほっぺたをくすぐってくる。
それがご機嫌取りだって分かってるけど、それでもやっぱり虎君に触ってもらうと幸せを感じてしまって不機嫌を通せないからずるいって思う。
僕は膨らませたほっぺたから息を抜き、「そもそも虎君のせいなんだからね」って僕がぼーっとしてる原因は虎君にもあるんだからって責任転嫁のような愚痴を零した。
「俺のせいなんだ?」
「そうだよ。虎君が傍にいると僕、虎君のことばっかり考えちゃうんだもん」
今はもちろん、昔から僕の中では虎君が一番だった。だから、虎君と一緒にいると虎君以外の人の話に疎くなってしまうのは仕方ないと思う。
それは弁解というにはあまりにも自分勝手な言い分だ。でも虎君は笑ってくれる。それも飛び切り嬉しそうな顔で。
「それなら仕方ないな」
「でしょ? 虎君が僕の代わりに話を聞いちゃうから、僕がぼーっとしてるのは虎君のせいなの!」
「責任取ってずっと葵の傍にいるから許して?」
幸せを隠さない笑顔を称え、僕を見つめる虎君。ほっぺたを撫でていた手はいつの間にか唇に添えられていて、答える代わり僕は目を閉じて上を向いた。
程なくして唇に落ちてくるキス。さっきよりもずっとずっと甘いキスに心が蕩けてしまって、唇が離れても夢見心地だ。
「……可愛い」
「虎君……」
「葵が愛しすぎて頭がおかしくなりそうだ」
ぎゅっと抱きしめてくる虎君の腕の中、僕も虎君にぎゅっとしがみつくと自分も同じ気持ちだと伝えた。虎君のことが好きすぎて虎君のことしか考えられない。と。
募る愛しさに、虎君に触れたいと思う。触れて欲しいと思う。
『約束』の3連休までは2週間と少し。これまでの我慢の時間を考えれば、2週間なんてあっという間のはず。でも、実際は途方もない時間のように感じてしまう。だって愛し合いたいって気持ちは日々大きくなっているから。
「そんな顔しないで……?」
「? 僕、どんな顔してるの?」
虎君が好きで好きで堪らない。そんなことを考えながら虎君を見上げれば、困ったような笑顔。
抑えきれない『好き』を伝えたくて見つめていただけだけど、泣きそうな顔をしちゃってたのかな……?
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