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初めての人 第69話
「俺がどれほど葵を愛してるか、どれだけ葵のことしか見えていないか、まだ分からないのか?」
「だって、だってぇ……」
夢中と言いながらどうしてそんなに冷静なの?
そんな言葉を涙声で続ければ、虎君は僕のほっぺたに手を添え悲し気に笑った。
「葵のことが大切なんだ。本当に、本当に大切なんだ」
「分かってる。それは分かってるよ。でも、いっつも僕ばっかりじゃない……」
「そんなわけないだろ。俺が毎回どれだけ我慢してると思ってるんだ」
虎君は苦しそうに顔を歪めた。今この瞬間をどれほど待ちわびていたか。と。
このまま抱いてしまいたいと思ったことは1度や2度じゃないと吐き出した虎君は、その度僕の幸せが脳裏に過って怖かったと言った。
虎君が言う『僕の幸せ』とは一体何なのか。少なくとも、僕の幸せとは違うものであることは確かだ。だって僕の幸せと同じなら、虎君は我慢する必要はないって分かるはずだから。
「僕の幸せって?」
「……怒らないで聞いて欲しい」
「僕が怒るようなことなの?」
「たぶん。……前から言ってる通り、一度でも葵を抱いてしまったら俺は二度と葵を解放してやれない。だから―――、……だから、もしも葵がこの先普通の幸せを望む時が来たら、俺自身が葵を不幸にしてしまう」
苦しそうな表情に、虎君が望んでいるのは本当に僕がこの先もずっと幸せであることなんだと伝わってきた。
そしてそれを自分が壊すかもしれない未来を恐れて僕を抱いてくれなかったんだと理解できた。
理解して、僕はほっぺたを膨らませて見せた。虎君は僕のことを一番理解してくれているけれど肝心なところは理解してくれていない! と。
「葵……、ごめん」
「虎君が言う『普通の幸せ』って何? 僕にとって『虎君とずっと一緒にいること』が普通の幸せなんだよ?」
答えを分かりながらも尋ねる僕は、答えようと口を開いた虎君の唇に自分の唇を押し当ててそれを邪魔した。
キスと言うよりもただ口を合わせただけの行為は、甘さなんて全くなかった。でも、虎君がちゃんと甘くしてくれるからそれでいい。
重なる唇から感じる虎君の想い。できることなら、少しでもいいから虎君に同じように感じて欲しい……。
「……本当に、いいのか? 女の子と結婚したいと思っても、子供が欲しいと思っても、俺は絶対に許さないぞ……?」
「いいよ。僕がずっと一緒に居たいって思うのは虎君だけだもん……」
だから、怖がってないで僕を虎君のモノにして……?
コツンと触れ合う額。最後の警告だと言う虎君に、僕は早く僕を幸せにして欲しいと笑った。
虎君はもう一度キスを落とすと僕の服を脱がせた。
裸はもう何度も見られているけれど、今が一番恥ずかしいと感じるのはなんでだろう……?
期待に高鳴る胸。虎君は自身からバスタオルを取ると興奮して昂った下肢を露わにする。僕が欲しいと反応しているそれに、期待は増すばかりだ。
足を左右に大きく開かれ、あられもない箇所に伸ばされる手。
それは優しく僕の中に入ってきて、虎君を受け入れるために解きほぐされる。
バスルームで準備してもらったおかげか、指を動かされる度に身体はすぐに快感を拾ってくれる。
あっという間に快楽に身悶えてしまう僕。身体を拓かれる快楽に溺れていれば、漏れる声の合間に艶めかしい水音が混じった。
増す一方快楽に僕の声も大きくなって恥ずかしい。
本当ならこんな情けない声を聞かれたくないと両手で口を塞ぎたいところだけれど、虎君はその声が聞きたいと言ってくれるから口を塞ぐことを何とか我慢するのだ。
「あぁっ、んん―――、と、とらく、も、もう、ねぇ、んぁぁっ」
「イきそう?」
「ぁ、ぁ、っ―――、や、だめっ、い、しょ、いっしょ、やだ、とらくっ」
エッチな音が寝室中に響いている気がするのは気のせいだろうか?
僕は熱くなるばかりの身体を持て余しながらも快楽を生み出す虎君の手から逃げるように身を捩った。
この数か月で自分が快楽に弱いってことは分かっていた。だからこれ以上触られたら僕一人で果ててしまう。
それじゃ今までの『準備』と一緒だ。今日は『準備』じゃなくて『本番』のはず。それなら虎君と一緒に果てたいと思うのは当然のことだろう。
僕は押し寄せる快楽にまだ果てたくないと必死抗って声も切れ切れに虎君を求めた。
「やぁっ! とらく、おねが、おねがいぃ! いじわる、しないでっ!」
虎君と繋がりたいと涙声を漏らす僕は、これ以上は本当に嫌だと声を荒げた。すると下肢から生み出される快楽の波が途端無くなった。
熱に浮かされながらも虎君の姿を探せば、虎君は苦しそうな表情で僕に覆いかぶさってくるところだった。
「愛してるよ、葵。葵は俺のすべてだ……」
「と、らく……」
「愛してる……」
唇に吸い付くようなキス。甘い口づけにうっとりしていれば僕の足を抱えあげた虎君は「そのままキスに集中して」と囁いた。
その言葉の意味は分からないものの頷きを返せば、下腹部で燻っていた欲を燃え上がらせるような鮮明な熱がお尻に触れ、それはそのまま僕を侵食する。
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