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my treasure 第26話

「え? そう言う意味じゃなかったのか!? ごめん雲英! 俺もそういう意味かと思った!!」  ごめんと合掌して謝ってくる海音に言葉を詰まらせる雲英。明らかに狼狽えているその姿に、虎は難儀な奴だと鼻で笑った。  ノンケの海音に想いを伝えるつもりはないと言っていた男は、最初から諦めているとも言っていた。  虎がその言葉を聞いた時には既に雲英の下半身が頭以上に緩いということは知っていた。  正直、当時は雲英が語る海音への想いは自分が葵に抱く想いと呼び名が同じだけで全く別物だと感じていたのだが、海音と話す雲英は誘われれば基本誰とでもセックスする男とは思えない程いじらしく、こういった『愛』の形もあるのかと気づかされたものだ。 (そういえば海音の前じゃ絶対誘いに乗らないな、こいつ)  一途だが尻軽な男は何も分かっていない海音からのパーソナルスペースを無視したスキンシップに今も恋心を必死で隠しているのだろうか。  誘惑過多な甘い拷問に耐えている雲英の姿を見ながら虎が思い出すのはまだ自分を『兄』と慕う愛しい人の無邪気な笑顔だ。  虎の恋心など全く知らなかった『弟』はこれまで数えきれないほど『兄』の理性に猛攻を仕掛けてきた。  幸せそうな笑顔を浮かべて甘えるように抱きつくなんてことは日常茶飯事で、時には離れ難いからと添い寝を求められたことだってあった。  葵が甘えてくれることは嬉しかったし、家族よりもまず自分を頼ってくれる信頼には愛しさを募らせたものだ。  だが、悲しいことにどれほど『良き兄』であろうと暗示をかけても欲情を殺すことはできず、寝付きの良い葵の寝顔を見て自慰行為をしてしまった過去は墓場までいくべき最大の過ちだ。  抑えられない性欲に支配された己の姿を冷静になった頭で思い出して死にたいと思ったこともあったが、今では罪悪感のまま衝動に身を任せなくて心底良かったと思う虎。 (まだ4時間もあるのか……)  思い出してしまえば逢いたくなって当然だ。しかし感じる恋しさが今までの比ではない。  葵を抱きしめ、キスをし、その肌に触れたい。  無意識にそんなことを考えている自分に気づいた虎は、高校生の頃でもこんな風に感じたことはなかったのに……と愕然としてしまう。  知ってしまった温もりに、全く我慢が効かない。  もう一度葵とセックスしたいと叫ぶ心の声に支配される思考に、性欲に負けたくないと必死に理性で抵抗を示す。  だが―――。 (今日は真っ直ぐ家に送ろう。この状態で二人きりは絶対に不味い)  他人の目がない空間で手を出さない自信は皆無だ。もし自分の家に連れ帰ったのならば合意を得るより先に寝室に連れ去るだろう。  容易に想像できる性欲に負けた自分の姿に、葵の為に我慢しろと己に言い聞かせた。  唯一つの懸念は、自宅に送ると伝えた際に葵がそれを拒否しないか、だ。  怒ってくれたらまだいいが、淋しそうな顔をされたら危険だ。  葵の身体を考えて性欲を抑えたいのに、そのために葵の願いを無下にするのは正しい事だろうか?  そんな判断をしかねない。 (いや、半分も挿れてないとはいえ身体への負担は相当だったんだ。絶対に我慢しなきゃダメだろ)  言い聞かせるにしては意志が弱いと感じるのは気のせいか。  葵が望めば……と性欲を優先する考えと、葵の身体が第一だとストップをかける理性の攻防を何度か繰り返していれば、ふと先程までの騒々しさが嘘のように静かになっていることに気が付いた。  人一倍騒がしい二人にしては静かすぎると視線を向ければ、怪訝な顔をする海音と雲英と目が合った。 「……なんだ?」  そう尋ねながらも、おそらく二人は考え込んでいた自分の姿を訝しく思ったのだろうとわかっている虎は「言いたいことがあるなら言えばいい」と二人の『非礼』を促した。 「いや、なんか珍しく考え込んでるから、どうしたのかなって……」 「お前本当にちゃんとセックスできたのか?」 「ちょ、雲英! ストレート過ぎるって!」 「ハッキリ言えって言われたから言ってやったんだろ?」  デリケートな話だからもう少しオブラートに包んで……!  気遣い皆無な物言いを責める海音は申し訳なさそうな顔をして「言い辛い空気作ってごめん」と謝ってきた。  虎からすれば海音が何故勘違いしているのか分からない。葵とセックスしたことは不本意とはいえ認めてやったのに。 「なんでそんなこと聞くんだ?」 「お前が難しい顔して考え込んでたからだろうが。普通童貞捨てた直後なんて大体の男はサルになってエロいことばっかり考えて気持ち悪い顔してるもんなんだよ」 「偏見が凄い!」 「男子学生が考えてることなんてエロいことだけだろう?」 「だから、偏見がな!?」 「あーもう、ちょっと黙ってろ海音。……次のセックスのイメトレしてるかと思えばなんか深刻な面して黙り込んでりゃ、馬鹿でも分かる。お前、また失敗したんだろ?」 「頼むからオブラート! 流石にそこは男の自尊心に関わってくるから!!」  初エッチで失敗してEDになったとかよくある話だから! と喚く海音に雲英は虎を蔑むように見下ろし、「こいつにそんな繊細さあるわけないだろ」と鼻で笑った。 「いや、だから葵が絡むとダメなんだって!」  愛してやまない恋人とのセックスに2度も失敗したなんて普通に立ち直れないと親友を心配する海音。 (だから、失敗してないから)  確かに理想的という意味では『失敗』だが、葵は幸せだと笑ってくれた。  だからこそ自分達にとって大切な『初めて』を何度も『失敗』と言われるのは心外だ。それがたとえ勘違いだとしても。

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