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『その変な中間みたいな物』
1
「酒飲むなって言われてんだろ?」
うるさいな。俺のグラス。せっかく丁度いい感じのジントニックできたのに。レモンとライムも両方入れて。
「でもどうせ他所の男のところで飲むんだろ?」
お前の知ったことか。でも当たってんな。バレバレだな。
「じゃ、ここで飲んでいいから。」
「どっちなんだよ?」
ヤツは俺のグラスを返してくれる。
2
俺は凌士(りょうじ)に抱き付いて、お礼に熱いキスをしてあげる。
「酒臭い! いつから飲んでたの?」
酒飲むと、またウツになる。それはいいけど、もう病院には戻りたくない。どうせ俺のヤりたい気持ちもバレバレなんだろうと思って、Tシャツを脱ぐ。
「諭詩。細いな、お前。もっと食え。」
そうじゃねえだろ。俺は下も脱いでベッドに倒れる。
3
「凌士!」
俺ひとりベッドに残して。どこ行ったんだろ? 俺は裸のままキッチンに行って、さっきの丁度いい感じのジントニックに挑戦する。でも面倒くさいから酒をもっと入れる。レモンもライムもスライスしないで、手で絞る。意外といい味になる。でも俺のヤりたい気持ちはどこにも行かない。
4
「凌士!」
どっか外に行ったんだな。俺ひとり残して。いるとうるさいけど、いないと心細い。寂しいと思うと、どんどん寂しくなる。クシャミをひとつしてみる。バカバカしいから服を着る。
5
ベッドに横になってたら少し寝ちゃった。グラスの氷が融けちゃった。まあ、いいやと思って飲んでみると、水の味しかしない。指を突っ込んでかき回す。夢見てた。もう忘れたと思ってた。俺がウツで入院してる時、凌士が来て。誰かのお見舞いで。それで俺達出会って。そうなこと、もうどうでもいいけど。
6
ドアの開く音。俺は玄関に向かって走る。スーパーの袋。なにが入ってるのか覗く。小さな子供みたいに彼に付きまとう。牛丼とすき焼の変な中間みたいな物ができる。すき焼きなんだけど、ご飯の上に乗ってる。俺はシラタキだけつまんで食べる。
「もっと他の物も食え。」
俺はとうふを持ち上げる。
「見てるだけじゃなくて食え。」
病院で凌士、俺のこと可愛いって言ってくれたよな? いつも眠かったからよく覚えてない。
7
朝起きたら見事なウツ。こうなるのが分かってて、酒をやめない。自殺願望まで顔を覗かせる。凌士は仕事に行ってしまった。行き場のない俺の自殺願望。もう一度布団に潜る。電話が鳴る。
「諭詩。起きたのか?」
「起きた。」
「ウソだろ。起きてる声じゃない。」
8
昼前に起きて、わざわざ電車に乗ってランチに行く。オフィス街のカフェ。雅人の働いてる姿が見える。一番忙しい時間。遠くから顔だけ見る。並ぶの嫌いだからそのまま外に出る。カフェのビルのエレベーターに乗ってみる。屋上まで行けるのかな?
9
意外と簡単に屋上に出た。高さは丁度いいんだけど、下に人が多すぎる。夜ならいいかな? そこまでは待てない。通りの向こう側のビルに人が見える。いつかこうやってずっと下を見てたら通報された。残念ながら俺は屋上を下りる。もう一度カフェの中を覗く。空いた席に座る。メニューを見て腹が減ってないことに気付く。そのまま席を立って、街に出る。
10
一度試してみたかった、水彩色鉛筆を買う。水彩絵の具と色鉛筆の中間みたいな物なんだけど。ホントかどうか、唾をつけて試してみる。思ったより色が濃く出る。使えるかな? 考えていると電話が鳴る。
「諭詩。なにやってんの、さっきから?」
雅人か。見られてたんだな。
「ランチタイム終わったから。戻って来い。」
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もう一度空いた席に座る。
「食べたい物がない。」
「じゃあ来るな。」
彼が楽しそうに笑う。勝手にサラダとナポリタンを持って来る。俺はピーマンだけつまんで食べる。睨まれたから、サラダも食べる。
「お前、まだ凌士と住んでるんだろう?」
少しだけパスタも食べる。
「さっき凌士に電話しといたから。」
知ってるんなら聞くなよ。俺は色んな男に見張られている。
12
今度はどの男に会いにいこうかな? 俺はケータイをいじり始める。
「俺もうここ終わりだから、送ってってやる。」
俺って信用ないんだな。自分の家くらいひとりで帰れるし。雅人が俺のケータイを覗く。
「お前、過去の男みんなに会いに行くつもりか?」
そんなつもりじゃないけど。それっていいアイディア。みんなに会って、サヨナラを言う。
「ごちそうさま。サヨナラ。」
席を立とうとしたら、襟首を捕まれる。俺ネコじゃないし。
「すいません、店長。この子見ててください。」
この子って、俺もう大人だし。
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雅人が着替えて出て来る。一緒に電車に乗る。病院の駅で降ろされそうになる。抵抗すると、持ってた水彩色鉛筆がバラバラ床に落ちる。24色。雅人は諦めて車内に戻る。周りの親切な人達が拾ってくれる。なぜか雅人がお礼を言う。数えたら、迷子になってる色はなかった。
「病院に行かないんだったら、ちゃんと食べるんだぞ。」
さっきのパスタを包んだのを見せる。
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「諭詩。昨夜飲んでたんだって?」
雅人が冷蔵庫を開ける。人の家の。
「買い物はしなくてよさそうだな。」
俺は叱られてる子供みたいにかしこまる。
「飲んでたんだったら、昨夜、薬飲んでないだろ?」
「こんなの今飲んだらすぐ寝ちゃうよ。」
「いいから飲め。」
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水彩色鉛筆でイタズラ書きを始める。どういう意味があるのかよく分からない。水彩絵の具というより、色鉛筆に近い。水でぼかせるというだけの。バラの花をたくさん描いてみる。ピンクのとオレンジのと黄色のと。その薬は強くて、すぐ身動きできなくなって寝てしまう。
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寝てると、シャツのボタンを外してくれる人がいる。そしたら上から2番目のボタンの所にキスされる。雅人、って言おうとしたら、それは凌士だった。
「このまま寝るんなら服着替えて。」
俺はグズグズ起き上がる。
「あんまり雅人に迷惑かけちゃだめだぞ。」
「うん。」
「おや、素直なお返事。」
彼が頭を撫でてくれる。
「ゴメンね。」
なんに対してか分かんないけど、謝っておく。
「いいさ、病気なんだから。早く治そう。」
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寝るのももったいない時間だったから起きて、さっきのバラの続きをやる。凌士がそれを覗き込む。
「なにそれ?」
「水彩絵の具と色鉛筆の中間みたいな物。」
描いたバラに筆で水を塗る。色が溶けて混ざり合う。凌士が歓声を上げる。
「え、すごい綺麗!」
そうかな? あんまりよく分かんない。でも凌士が好きならと思って、今度は可愛い小鳥を描く。できたら、また彼に水をつけるところを見せてあげる。
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キッチンからいい匂いがする。
「なにこれ?」
かき回してみたら、それは昼間のナポリタンをグラタンにしたものだった。ピーマンだけ全部食べてしまった、ナポリタンとグラタンの中間みたいな物。変なの。
「美味いだろ?」
俺は首を傾げる。頭をパチッと叩かれる。
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「それ食ったら。」
「なに? セックス?」
また頭を叩かれる。
「計画立てよう。お前がもう少し安定してきたら。」
「なに?」
「前、時々写生旅行に行ったじゃない? 海とか。諭詩が描いてて、俺が浜で寝そべって。」
そんなの遥か昔の夢だろう?
「あれまたやろうよ。」
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昔の夢が綺麗に蘇って、涙がたくさん出てくる。
「おやおや。」
「あんなこと、もうできないって思ってたから。」
「できるさ。その色鉛筆も持ってさ。」
涙が止まらない。でもその変な中間みたいな物は、やっぱりあんまり好きじゃない。
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