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第1話

 十二月になった。研磨はクロとの関係を自分なりにちゃんとさせようとしていた。 部活はそれなりに日々滞りなく続いている。その中でもクリスマス前にはパーティーをする方向で話が進んでいるようで、今はその会場押さえに一年が奮闘している状態だった。 「場所、決まりました」 「どこだ?」 「俺の姉ちゃん関係でセカンドハウス持ってる人がいて、そこの一室を貸してくれるみたいです」 「それって金が発生する代物じゃないのか?」 「いえ。俺たちのこと応援してくれてる人だから、全部お膳立てしてくれるみたいです」  意気揚々と言ってきたのは、もちろん一年のリエーフだった。もうOKが出たら即座にそこを押さえたいようで鼻息が荒い。 「いいっすか? 貸してくださいって連絡入れちゃっても」 「駄目だ」 「何でっ?!」 「まず先生の許可を取って……。大人同士で話し合ったほうがいいかもな」 「そうっすか……」  場所を探していることは教師側にも伝わっているので、あとは感触次第だろう。 「リエーフ、先生に相談して来い」 「分かりました」  すぐにOKの許可が降りるものだと思っていたのに、これはこれで面倒だなと言う顔のリエーフが職員室に向かう。その姿を目で追いながら、研磨はクロのほうを見た。 「いつやるのかな……」 「それも先生と相談だな。冬休みになったら、また合同合宿あるだろうから、たぶんその前なんじゃないか?」 「だよね……」 「なに、研磨何か用事とかあるとか?」 「そんなに大した用事じゃないんだけど……。けど俺にとっては大した用事かな」 「ふーん」  それは何なんだろう……と、ちょっと妙だなと言う顔をしたクロが聞いてくるが、それには答えない。何度か聞かれたが答えない。あんまり聞いてくるもんだから仕方なく「秘密」とだけ答えて無理やり納得させた。  言えるわけないじゃん…………。 〇  その後、パーティーはリエーフの知り合いのセカンドハウスと言うマンションの一室で行われることになり、クリスマス前の日曜日午後三時からと決まった。 主催は講演会と言う名目で色々な人が出入りするが、皆気の知れた人たちだから大丈夫。ただしパーティーはいつの間にか「仮装パーティーで」と言うのが前提となったらしい。 「ぇ、仮装パーティー?!」 「そう。何でも主催側からの提案らしい」  すべてをお膳立てしてもらう以上このくらいはOKしなければならないだろう。皆そんな雰囲気だった。それにもうハロウィンで仮装は経験済みだから、そんなに抵抗はないんだろう。研磨はハロウィンでキキの衣装を着た時のクロの喜びようを思い出して勘ぐりを入れる。 「クロ……」 「またあの店行こうぜ」 「ぇ……」 「今度は何にしようかな……」 「別にハロウィンと一緒でいいじゃん」 「それじゃ駄目だろ。もう皆にお披露目しちゃってるし」 「それでいいじゃん」 「駄目駄目。みんなだって新しいコスするんだろうし。そしたら、俺たちだけ前と一緒じゃ失礼だろっ」 「ぇ…そんなもん?」 「そんなもん」 「……」  ウキウキと研磨のコスプレを考え出すクロの横で、「あー、また女装か……」と複雑な気分になる。  この流れだとまたスカートかな……。クロ、スカート好きだもんな……。ぁ、でも……そしたらクリスマスよりも前に……出来るかも…………。 「よしっ! 今度はアリスとウサギで行こうっ!」 「ぇ…俺は…………」 「アリスに決まってるだろっ。お前がウサギでどうするよっ」  ガシッと肩を掴まれて、そのまま勢いで肩を抱かれ歩きだす。 「ははははっ…………」  次は青か…………。とアリスの服を思い浮かべた研磨だった。 〇  休みの日。ハロウィンの洋服を買った店まで来たふたりは、前の店員を見つけて早速オーダーを口にした。 「すみません。クリスマス用にアリスの服を」 「ぁ、はい。アリスの服ですね。お待ちくださいっ!」  言われた店員も彼らに気づいてにこやかに応対してくれた。そして即座にアリスの服片手に意気揚々と戻ってきたのだった。 「これなんてどうでしょう。人気商品ですよ?」 「おー。これはまた可愛らしい」 「……」 「これ、着てみろ」  グッと差し出されて試着室のカーテンを開けられる。流れでそれに従った研磨は、そのままカーテンを閉められてアリス服と向き合うこととなった。 「今回のは、また……随分と丈が短いような…………」  人気の品と言うだけあって青いワンピースも白いエプロンも可愛かったが短かった。でも「着ないと」と言う使命感で洋服を脱いで試着する。外では店員とクロがハロウィンの時の写真を見て盛り上がっているようだった。 『やっぱり違いますね』 『でしょ?』 『はいっ。とても可愛いですっ』 『うんうんっ』 『今日のはまた、もっともっと可愛いと思いますよ?』 『うんうんっ。だと思うっ。俺もだと思うっ!』 『はいっ!』  まるでリエーフと談笑しているような勢いで話すクロの声を聞きながら背中のチャックを下ろしてワンピースに足を通す。そしてそれをそのまま上にあげて袖に腕を通して後ろのチャックを途中まであげるのだが、それから先が続かないのだった。 「クロ。チャック出来ない」 「それ、チャックあったっけ?」 「うん」 「じゃ、中行くぞ?」 「うん。いいよっ……」  サッと素早くカーテンを動かして試着室の中にクロが入ってくる。 「チャック。やって」 「ぉ……おぅ」  クロが一瞬動きを止めて見惚れているのが分かる。けど研磨にはそんなこと関係なくて「早くして」と催促する。 「後ろにチャックあるの苦手。ついでにエプロンのリボンもやって」 「分かった分かった」  クロに背を向けると、開いている背中を指で触られて無言で咎める目で見る。 「ごめんごめん。チャックな、チャック」 「終わったらリボンもね」 「分かってる分かってる」  クロはすんなりとチャックを上げるとエプロンを付けさせて後ろで綺麗にリボンを結んだ。そして鏡ではなく自分が直接見るために研磨を反転させると、上から下までにんまり顔で見つめたのだった。 「よしっ。じゃあ一回外に出て靴履いてみよう」 「ぅ、うん……」  カーテンを開けるとまずクロが外に出て、それから研磨が出ることになる。 「いかがですか?」  外で待っていた店員がそう尋ねながら洋服を着替えた研磨を見て目を輝かせた。 「ん~V」 「うん、いい」 「とてもお似合いだと思いますっ!」 「でも凄く短いと思う。パンツ見える」 「見えない」 「綺麗なお御足が強調されていいと思いますよ?」 「強調されなくていいよ」 「いやっ……。いや、でもなっ……。しかしこの姿を他の奴に見せるのはちょっとなっ……」 「……」 「ぁ、だったらオールドファッションのほうのアリスでどうでしょう」 「オールドファッション?」 「はいっ。今お持ちします」  言うが早いか、店員は店の奥まで走るともっと丈の長い、もっとクラッシックな青の一着を持ち出してきたのだった。 「これ、まだ来たばかりなんですが……。きっとお似合いになると思いますっ。是非試着してみてくださいっ」  丁重に差し出されて試着しないわけにはいかなくなる。仕方なくもう一度試着室のカーテンを閉めると新しい洋服に着替えることにする。 研磨としては、こっちのほうが落ち着いていて丈もあるから好きだった。でもワンピースのチャックやエプロンの紐がうまく結べないのは同じで、またクロを呼ぶはめになる。 「クロ。チャック下げられない」 「ああ。開けるぞ?」 「うんっ……」  シャッとカーテンを開けられたと思ったら素早く中に入って来られてふたりだけの空間になる。その時、抱きしめられてスカートの中に手が入れられる妄想が一瞬頭をよぎるが、店内の空気がそれを阻止させる。クロの手が一瞬触りたい雰囲気を醸し出し、消える。クロはワンピースのチャックを下ろすといったん退席して、また新しいワンピースを着る時に試着室に入ってきた。 「クロ。チャック」 「ああ」  手早くチャックを上げてエプロンの紐を結ぶと形を整えて、やっぱりクルッと向かい合う形に反転させられると上から下まで見られてからカーテンを開けられた。 「どう?」  自慢げにクロが店員に答えを求める。 「すごくお似合いですっ! ミニよりもこちらのほうが可愛らしさが増すかもっ!」 「そうだろうっ?!」 「はいっ!」 「…………」  ふたりの歓喜にも似た会話に沈黙の研磨だったが、店員によってもう一度綺麗に身なりを整えてもらうと口元を緩ませた。 「クロはどっちがいい?」 「こっち。こっちのほうが清楚…ですよね?」 「はいっ! こちらのお色のほうが、よりクラシカルで素敵ですっ」 「じゃあこっちをください」 「ありがとうございますっ」 「……脱いでいい?」 「ぁ、ちょっと待て。すみません、靴も」 「はい。ただいま」  またバタバタと靴を取りに戻った店員を他所に、クロは研磨のアリス姿に見惚れていた。 「ミニよりもこっちのほうが似合うな」 「こっちのほうが落ち着く。でもスカートはスースーして苦手」 「パーティーだけだから」 「…………」  じゃないと思うけど。と言う言葉を噛み締めて相手を見るが、とても嬉しそうな顔をしているのでそれで許すことにする。 「クロ、後で……」 「ん?」 「お客様。靴はブーツと普通の靴、どちらにされますか?」 「うーん……」 「クロ。ブーツならこういうの家にあるからいい」 「ならいいか。でも今ちょっとこっちの靴いいですか? 写真撮りたいんで」 「ぁ、はい。どうぞ。……あの」 「はい?」 「お写真店に飾らせていただいても……」 「どうする?」 「別にいいけど………。でもこのままじゃ恥ずかしい」 「ではちょっとお化粧とウィッグを」 「化粧はリップだけ。ウィッグ貸してください」 「分かりました。少々お待ちくださいっ!」 「ぅーーー」  クロ同様すごく嬉しそうに、今度はウィッグを探しにいった店員を見つめる。 「ウィッグか……。どんなになるのかな……」  今度はこっちが妄想を抱いていることに気づく研磨だった。  クロ……。 〇 「こっち向いて。……もうちょっと笑え」 「ああ、いいです。こちらもお願いしますっ」  カシャカシャとカメラを切る音がする。研磨は店の中だけでなく路上に出ての撮影もされていた。店の前なのでとても人の目が気になる場所だ。 「もういい?」 「もうちょっと」 「すみませんっ。もう数枚っ!」 「もぅぅっ…………」  ムスッとすると「それもいいっ!」と乗せられて、結局何分もの撮影となった。 服を着替えてアリスの服を紙袋に入れてもらうと店を後にする。結局ウィッグも手に入れたのだが、それは撮影代として店からもらったものだった。 「しかしウィッグってのは頭になかったな」 「……」 「これからはウィッグ使って行こうや」 「これからって……。もうないでしょ」 「しばらくはないかもしれないが、ハロウィンは毎年やって来るし、クリスマスも毎年やって来るからな。使い道はいっぱいあるだろっ」 「…………それじゃあ俺、毎年女装」 「女装じゃない。コスプレだ」 「どっちでも一緒。俺がスカート履くことに変わりない」 「…………怒ってるのか?」 「怒ってない」 「怒ってるように見えるぞ」 「じゃあそうかも」 「…………ごめん」 「いいよ。でもこれが最後。俺、人前でこういう姿するの嫌」 「……」 「俺、クロより体小さいのに、こんなスカスカした服着て隣にいると、ホント女みたいでヤだ」 「…………あの……さ」 「なに?」 「人前でするのが、そんなに嫌なのか?」 「うん」 「じゃ…じゃあさ、俺の前だけならいくらでもしてくれるとかっ?!」 「えっ…………」  そういう意味じゃないんだけど……と思ったが、まあ好都合か……とも取れる。研磨は「うん」と言いたいけど声には出さなかった。そして首を縦にも振らなかった。 「なあ」  そういうことだろ? と尋ねられたが、何も言わないままひたすら駅への道を歩く。 「クロって……馬鹿?」 「あ?」 「俺、そんなこと一言も言ってないっ」 「ごめん……」 「俺、クロに言いたいことある」 「ぇ…なに?」 「帰ってから言う」 「ぅ…うーん…………」 「……」  このくらいは脅してやらないと割に合わない。何故って自分からこんなコスプレしたいとはサラサラ思ってないからだ。 〇  いつものようにクロの家に帰り、食事をすると風呂に入った。クロのスエットを着てクロの部屋に落ち着くと、持ってきたゲームをしだす。 部屋にはクロチョイスの音楽が流れ、当のクロは後ろから研磨に引っ付いていた。さながら研磨の座椅子みたいだが、ゲームを妨げずにぬくもりを味わうにはこれが一番だと言われた。 「なあ」 「……」 「俺に言いたいことあるって言ってたよな?」 「うん……」 「それって何だ?」 「…………ちょっと待ってて」 「…………」  けして焦らしているつもりはないのだが、切りのいいところまでやってしまいたかったから黙々とやる。 時間にして二十分くらい。その間クロはおとなしく研磨のやるゲームの画面を見つめていたのだった。  どこかの部屋の時計が十時の鐘を鳴らす。 「ふぅ……」  やっと一段落した研磨がゲームから手を離す。そして後ろにいたクロを剥がすと四つん這いで這ってベッドまで行って腰掛けてコテンッと横になる。 「クロ……。こっち来て」 「何だ?」  クロも同じように四つん這いの状態でベッドまで来て研磨の前で座った。 「クロ。俺が今から言うことちゃんと聞いて」 「俺、いつも本気だし真面目だと思うけど」 「クロ。俺のこと好きだろ?」 「当たり前だっ」 「俺もクロのこと好き」 「うん。分かってる」 「でも俺たちちゃんと繋がってない」 「そっ…れは…………」 「俺は、そろそろいいと思う」 「ぇっ…だってお前、体に負担かけるし…………」 「うん」 「だったら、もうちょっと先にしても……」 「クロ。俺がその気な時にしないと、こんなことは一生ないかもしれないぞ」  それでもいいのか? と目で伺うと、「ほんとに?」「大丈夫か?」と心底心配するような目で見つめられて大きくため息をついた。

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