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『オルゴールの曲みたいな曲』
1
社長室を開けようとしたら、秘書に見付かった。
「真澄君、アポイントメントは取ったの?」
僕は無視して社長室のドアを開けて、顔を出す。
「社長、もっと僕に仕事回してくださいよー。」
僕はいつもみたいに社長のお膝に座る。
「真澄君は俺の膝に乗るにはもう重過ぎるぞ。」
いいじゃん、と思って僕は社長の肩に腕を回す。社長は重いと言いながらも、最近生やした自慢の口髭で僕のほっぺにキスしてくれる。
2
「君、雑誌の専属やってるんだろ?」
「もうやだ、僕、あんなガキ臭い雑誌。」
どっちみち、あんなんだけじゃ食えないってば。あーあ、やっぱりファッションモデルのキャリアって短いのかな?
「昨夜、お父さんとケンカしちゃって、お小遣い減らされちゃって。」
そりゃ、まあね、お父さんの言うことも当たってるんだけど。もういい年なんだから自分で稼げ、だってさ。
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「真澄君、君はいくつになった?」
社長は僕の腕をほどいて、しょうがないから社長の膝から下りる。
「20才になりました。」
「へー、ここのプロフィールでは?」
「18です。」
「若く見えるんだからいいじゃない?」
「鉄史(てつし)だってやってんのに。」
僕だってあんなカッコいい大人の雑誌に出たい。鉄史だって年そんなに変わんないのに。
「アレと君は違う。あの雑誌はスーツが多いから。」
「やってみないと分かんないじゃない?」
「まあな。鉄史と言えば、さっきから連絡取れなくて。丁度いい。君、替わりに行ってくれないか?」
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なんだか知らないけど、住所を渡された。名前から察すると、バーかレストラン。そこに着いて見回したら、バーとレストランの中間みたいな感じ。僕は座って、どんなヤツが来るのか待つ。社長の送って来る男なんて、どうせどっかの金持ちの変なオヤジなんだから。ウェイターが来たんで、人を待ってるんで、と言って水だけもらう。お小遣いセーブしないと。
5
僕の隣にスーツの似合うイケメンの、30代始め位の人が座ってる。忙しく仕事をしてる。コッソリ覗いてみたら、コンピューターでなんだか図面を引いている。その人のケータイが鳴る。彼は一瞬ビクっとして、なぜか辺りをうかがって、誰からかかって来たのかしっかり確かめてから出る。
「来てませんよ。さっきからずっとここにいますけど。」
彼が電話を切った途端、僕のケータイが鳴る。なんだ、社長か。
「社長、僕もうお腹空いちゃって。僕だったら、さっきからずっとここにいますけど。」
隣の席の男と僕は顔を見合わす。彼が先に話し始める。
6
「なんだ、君、真澄君?」
「はい」
え、驚き。今までデートする相手がこんなイケメンだったことはない。
「なんだ。ゴメンね、仕事終わんなくて。」
「はい。」
「とにかくここを出よう。オフィスの連中に捕まる可能性がある。」
7
彼は大急ぎで仕事の道具をしまって、通りにあった車に乗り込む。悪くない外車。でも、多分そんなに高くないヤツ。マンションの駐車場に車をとめる。自宅に連れ込まれるというパターンはあんまりないな、と僕は考える。男は、ちょっと待ってて、と言って、自分だけ大急ぎで仕事道具を持って部屋に入って行く。
8
「お待たせ。金曜日の夜くらい、仕事のことは忘れたい。」
二人でタクシーに乗り込む。銀座のレトロな小さなバー。カウンターと、テーブルが三つ。
「博樹さん、また可愛い子連れてますね。」
マスターが僕に挨拶してくれる。この人、博樹っていうんだな。いつも可愛いの連れてるんだ。博樹さんがマスターに向かって話し出す。
「ここはいい隠れ家なんですよ。俺のエージェントもここまでは追って来ない。」
「また締め切りですか?」
「そうそう。」
なんの締め切りだか知らないけど、なんだか大変そう。
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博樹さんが僕の顔を覗き込む。
「そちらの静かな君、なに飲みますか? ああ、そういえば君、お腹空いてんだったね。」
僕はようやく食べる物にありつく。飲み物はよく知らないから、博樹さんにお任せしたら、カクテルグラスに、なんだかセピア色のお洒落なドリンクが出て来た。
「真澄君、青児の所にいるんなら、モデルさんでしょう?」
僕は青児って誰だっけ? って考えて、なんだ社長か、って思い出した。
「はい。」
「さっきからそれしか言わないね。」
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博樹さんの飲み物が来て、僕達は乾杯する。そのカクテルは美味しくて、二杯飲んで、ちょっと強いヤツみたいだったんで、ついうっかり、僕は話しを始める。
「僕、全然静かじゃないですよ。」
「そうなの?」
「そうですよー。僕の学校のヤツ等が、っていうか僕、高校中退してるんで、もう学校行ってないんですけど、その元同級生とかが、お前は黙っていればただのイケメンだから、喋んなって。」
「あーあ、だから、さっきからずっと大人しいんだ。」
「そうですよ。そう思いますか?」
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博樹さんは僕の両肩を持って、自分の方に向かせて、顔をジロジロ見る。
「そうとは思わないけどな。俺はもっと喋ってくれた方が楽しい。」
「え、本当ですか? でも喋ると僕、相当おバカなキャラになるらしいんです。ま、勉強嫌いで高校中退してるから、なんにも言えないんですけど。」
「でもモデルさんやってるんなら、偉いじゃない。仕事してきたなら。」
嬉しいことを言ってくれる。だけど僕が人気だったのは中学までで、一番人気だったのは小学生の時で、今はすっかり下り坂。雑誌のモデルのギャラなんて、特に男なんて、小遣いにもならない。
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「僕ね、モデルの仕事だったら小っちゃい時からやってるから、プロですよ。」
「すごいじゃない。」
「あの、貴方はどんな仕事されてるんですか?」
「俺は建築デザイナーで、エージェントにいつも狙われている。」
そう言いながらも彼は、ナーバス気に、辺りをうかがっている。
「なんでですか?」
「いつも締め切りギリギリになるんで。」
「へー、なんでですか? 差し支えなければ。」
彼はもう一度辺りをうかがって。
「もしかして、ギリギリになって、もっといい案が浮かぶんじゃないかって。」
「へー。なるほどね。」
よく分かんないけど、僕は感心する。
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博樹さんはいきなり立ち上がって、お勘定を始める。僕は残っていた食べ物をつかんで、つかめない分はポケットに入れて、一緒に店を出る。
「ちょこちょこ場所を変えた方が見付かりにくいんだ。」
彼は僕には追い付かない位の速足で、通りに出てタクシーを呼ぶ。僕は大急ぎであとに続く。
「あー、よかった。ここまで来たらもう大丈夫。これから行くのは友達のプライベートパーティーだから。」
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そのプライベートパーティーとやらは、ホテルかと思うくらいの、大きなマンションで、バルコニーが信じらんないくらい広くて、そこにでかいジャグジーがある。博樹さんと僕はまずバーカウンターに並んで、ドリンクをオーダーする。明かりが落としてあって、今までよく見えなかったけど、大体百人ちょい位いると思われる、そのパーティーの客は、みんな男だった。なんと安らぐ光景。よく見ると、そのジャグジーにいる男達は誰も水着なんて着てなくて、わー、という景色。僕は癖で黙り込む。そうすると大抵、男達はただのイケメンだと騙されて僕に声を掛けて来る。若くてイケメンがわさわさいる。僕はますます黙り込む。
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「真澄君、それをここでやっちゃダメだぞ。君は俺と一緒なんだから。」
「え、そうなの?」
「そうだろ?」
僕はちょっと恥ずかしくなって、下を向く。
「あの、なんで今夜は僕、貴方に会ってるの?」
「金曜くらい可愛い男の子連れて、みんなに見せびらかしたい。」
なんだそんなことか。それだったら全然構わないけど。僕は博樹さんとデートらしく、腕を組んで、可愛く微笑む。
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男が一人通りかかって、
「ヘイ、博樹。可愛いの連れてんな。」
博樹さんは、ソイツに軽く敬礼して、僕に囁く。
「ほらな。」
彼は嬉しそう。そしたら反対側から、カップルが近付いて来る。その内の一人は綺麗に化粧して、派手なドレスを着てる。
「まあ博樹さんったら。今夜はまた、随分可愛い方と御一緒ね。」
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その人達はマンションの中に入って行く。
「ここの人達、みんな博樹さんのこと知ってるの?」
「まあ、大体な。」
博樹さんは、さっきのカップルに付いて部屋の中に入って行く。そこはフローリングで壁はカガミ張り。手すりがあって、多分バレエとかダンスとか、そんなスタジオ。隅にピカピカのグランドピアノが置いてある。さっきのカップルのドレスを着てる方が、ピアノを弾き始める。
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それはシンプルな繰り返しの曲なんだけど、音が透き通ってて、僕は泣きそうになって、思わず博樹さんの手を握る。
「今の、オルゴールの曲みたいな曲ですね。」
彼も僕の手を握り返してくれる。
「それ、あの彼に言ってごらんよ。」
僕は恥ずかしかったんだけど、ドレスの彼に言いに行く。
「今の曲、オルゴールの曲みたいな曲ですね。」
「そうね。そうかも知れないわね。」
次のもいい曲だった。でも少し複雑だから、オルゴールの曲みたいな曲ではなかった。
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