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冒険者に会ってみたい
「視察に行きたい」
「駄目だ」
「まだどことも言っていないだろう!?」
まっすぐな長い金の髪を綺麗に編み込ませた青年が己の傍らで護るように立つ短髪赤毛の青年を腹ただし気に見やったが、向けられた視線などまるで無視して赤毛の青年は佇んでいた。金の髪の青年はピーファウルという。立場のある家の次男でなんでもそつなくこなしはしたが、そのほとんどが平均値を超えるものでもなく、なんでもできるがなにもできない、期待値を下回る事はないけれど、期待以上の事はできない。立場のある家に生まれ人の上に立つ人間としてはやや微妙な評価を周囲から下されていた。
中央商業都市治安維持本部冒険者生活保障科科長室。
世界には様々な種族と種族の国家が入り乱れている。特に突出して強国家なのがエルフ、ついでオークだろう。あとはそれぞれ目立った特性があるもののエルフにもオークにも及ばない獣人族が有象無象と入り乱れていた。
ピーファウルはその獣人族の中でもファレスと呼ばれる種族だ。基本的に体毛が頭部に集中しており数ある獣人の中では最もエルフに似た造形をしているが、どれだけ美しいファレスであろうとエルフの美しさには及べなかった。またファレス達は身体能力のどれもが他の獣人達に劣り種族立場が最下層でもおかしく無かったのだが、知恵と理性がその代わりというように優れ、元々己が種族の維持と存続にしか興味の無い事が多い他種族達と積極的に交流し、お互いが通じ合う事こそが長い種の繁栄と平和になると説き、賛同、支持する種族らと共に流れ者が集まってできていた集落をやがて様々な種族らの交流、流通の中心地に作り替え今では一大都市として中央と呼ばれるものにした。
この中央はファレス達の国家では無い。ここはあくまで様々な種族達の都市である。統括する中心人物はいるものの、様々な種族国家が世襲制であるのに対し中央は何年かおきの投票で都市長が決められていた。唯一、血統が重要視されているのが中央でスート家と呼ばれる一族だ。スペード、ハート、ダイヤ、クラブの四つからなり一族の者は皆体のどこかに象徴するマークがあった。
様々な種族が共存しあう中央には初期から敷かれ今に至るまで続く一大結界がある。カームと呼ばれるそれは、多くの種族達が生きる中で起こる様々な軋轢、差別等から暴力が都市で起こらないように施された鎮静の魔法だ(暴力事件にまで発展はしないというだけで、害意悪意敵意が無くなるわけではない。あくまでどのような負の感情が沸き上がろうと暴力にまで至らないというだけのものである)。この結界は中央を作り上げた四つの人物の血に施されており、それがスート家の血なのである。そしてピーファウルはこのスート家の一つにしてトップたるスペードだった。
スペードは中央にあって主に治安を代々監督している。暴力が起きないとはいえそれはあくまで都市の中の話である。都市の外では野盗も出れば巨獣と呼ばれる理性も知性もない生き物達もいる。交流が都市の基盤であるのに都市に辿り着いてもらえなければどうしようもない。中央から近い他種族の都市から中央までの近隣一帯の治安維持がスペードの主な仕事であった。
スート、スペード家次男ピーファウルは昨年成人し要職に就いたばかりの青年である。任されたのは簡単に言えば冒険者と呼ばれる職業の監督だ。冒険者というのはどの種族どの都市にも存在し、主には野にある獣、そして巨獣の討伐、野盗、山賊、海賊の討伐、商隊等の民間の依頼からなる護衛として活躍する者らの事だ。彼らは種族、国家を越えて仕事をする為この中央都市が彼らの身元を保障し、管理し、保護していた。
ピーファウルに睨まれた赤毛の青年、ホークも元はファレスの冒険者である。十二歳で冒険者として独立し、十五になる頃にはホークの名前を頼って仕事が来るようになり、十八歳で中央が行った巨獣討伐冒険者部隊の隊長補佐を勤め、討伐隊中央正規軍の軍団長として参加していたスペード家家長(ピーファウルの父親だ)の目に止まり、今ではスペード家の親衛隊として次男であるピーファウルの護衛を任されるようになった。
二人は歳が同じである。だが傍目にはそうは見えないだろう。どちらもが歳相応といえば歳相応の外見をしているのだが、オークほどでは無いにしても大柄で屈強な体格に無数の傷跡をつけ護衛として機敏に動けるように軽装ながらも鎧をまとったホークの姿は元から大きな体をさらに大きく落ち着いた人間と見せているのに対し、繊細に編み込まれた金の髪を輝かせエルフほどでは無いにしても端麗な甘い容姿のピーファウルはふわりとした袖のシャツと金糸銀糸の刺繍が施された膝丈のジャケット、白く体にそったデザインのボトムを履いてはいるが、上等な皮のロングブーツでスタイルを綺麗に隠しどこか幼く感じさせた。
ピーファウルに対する周囲の評価は良いものでは無かったが、ピーファウル本人は至って真面目な人物である。冒険者の監督という職についてからは常々書類やお伽話でしか見ない冒険者を実際に知り、より良くしていきたいと思っているのだが護衛のホークにピーファウルの行動範囲決定権があり、彼が承諾する場所にしか行くことができない。
今日も科長室でピーファウルはそれとなくわざとらしく憂いを込めて呟いてみたのだが、ホークはにべもない。
長時間座っていようとも腰に負担のかからない上等な皮椅子へ背を預けるとピーファウルはケチだケチだとホークに決死の抗議をした(元々ピーファウルは誰かに反抗などしたことが無い人生を送っていたため、不満を持つとか不満を言うという事事態が不馴れなのだ)。
科長室は応接を兼ねた書斎になっていて部屋続きの隣には仮眠室だ。両脇に床から天井まである本棚が置かれ中央都市や冒険者監督の歴史が連面と綴られた書物、魔術書剣術書、各種族のマナーや言語等様々な内容の本がぎっしりと詰まっており中央奥に今ピーファウルが座している書斎机と椅子が、部屋中央には簡易応接の為のソファとローテーブルがあった。ソファへ座っていいぞというピーファウルの許可をホークは丁重に事態して常にピーファウルの側にずっと立ち疲れないのかと不思議そうに聞くピーファウルへ呆れた様子も隠さずホークはそれでは護衛にならないだろうと言ってきたが、そもそも都市では暴力が起こらない。護衛護衛とカリカリしなくても良さそうなものだとピーファウルは思ったが、職務に忠実でありたいのだろうとホークの意思を尊重しそれ以上言うのはやめた。
ピーファウルが成人する前からのつきあいとはいえ、ホークとの仲はそう長い訳では無い。だがこのおっとりした良家の次男坊は父親が連れてきた青年に全幅の信頼を寄せていた。特に同い年にして名のある冒険者だったというのはピーファウルにとっておとぎ話の主人公のような憧憬をホークに持たせたが、ホークはそんなもんじゃないと肩をすくめるだけだった。
「何を勘違いしてるんだか知らないが、冒険者なんてろくでなしも良いところだぞ」
まだ護衛につくようになったばかりの頃だ、自分に対してどうもおかしな期待をよせているらしいピーファウルにホークが淡々と現実を教えようとしたことがある。
「ロクデナシとはどういう称号だい?なんという職務を勤める?」
「お前は頼むから屋敷の外に一歩も出るな」
秒でホークは諦めた。
だが何の因果か(恐らくは冒険者として申し分無かったホークがついていたせいであろうが)ピーファウルは冒険者を統括し監督するトップの座をスペード家から任されてしまう。ピーファウルの張り切りようときたらいっそ無邪気なほどで、父から任された(正直誰が見てもホークがピーファウルを任されているのだが)相棒たるホークに良いところを見せようとしては肝心のホークに却下され続けているのが現状だった。
「冒険者に会ってみたい、それの何がいけないんだ」
「良い子にしないとご褒美をやらないぞ」
他愛ないピーファウルの抗議をめんどくさそうに聞き流していたホークがやがてため息と共にピーファウルへ言えば、言われたピーファウルは頬を赤らめ口をもごもご動かして何か言いつつ結局言葉にならないまま消えていった。ご褒美というのはなんのことはない、ただピーファウルのうなじをホークが撫でるだけの事である。きっかけは他愛ない会話からだった。ホークがピーファウルを護衛するようになってしばらくのこと、ピーファウルは己のうなじをさわってはなにやら切なそうにため息をつくことが多々あり、癖なのだろうとは思ったがスペード家次男として未成年ながら病院慰問をするための馬車内でホークがなんとなしに聞くとめまいのするような答えが返ってきた。
「ここを触られるとものすごく気持ちがいいんだ」
でも自分で触っても全然で......
唐突に性感帯を暴露された動揺を必死に押さえ込むホークに気がつかず、ピーファウルは話を続けた。馬車内は二人だけである。
「女官達に丁寧に髪を編んでもらってるのもその為でね。でもあまり長すぎると気持ち良く無いから長さも気を付けてる」
今くらいの長さがカットもセットも最高に気持ちがいいんだよ
なんでもない事のようにとんでもないことをうっとりと語るピーファウルをこいつすげえなとホークは思ったが、ピーファウルは気がつかなかった。
「それ、女官達は知ってんのか?」
「これが好きだとは言っているよ」
「お前すげえな」
「何が?」
とうとう口に出してしまったが、ピーファウルには意図が伝わらなかった。
「でもさ」
気持ち良さを思い出してどこか恍惚としていたピーファウルがまた切なそうな顔をする。
「こうして髪を編んでうなじを出してしまうと、なにかいつも切なくて。でも自分で触ってもどうにもならないし、かといって毎朝編んでもらうのをやめたくないし」
ピーファウルとしては深刻な悩みなのかもしれない。スペード家のおっとり平凡次男の万年発情状態という突き抜けた部分を突然知ってしまったホークはこれ結構もしかしてスペード家の重要機密じゃないかとか、下手したら自分が消されるのではとかピーファウルよりよほど深刻な事態になってしまっているのだが。
「そうだ」
話をどうやって切り上げようか悩むホークを他所に、ピーファウルはよいことを思い付いたとばかりに顔を輝かせた。
「ホーク、君、私のうなじを触ってくれないかな?」
いつも繊細な女性の手にばかり触ってもらうばかりだし、君のような大きな手に触ってもらってみたい!
いいよね?とばかりに身を乗り出されたホークは、ピーファウルの笑顔から目が離せない。断れ逃げろと理性は正しい判断を叫んでいるが、それとは別に断られたピーファウルが別の家臣に頼り、うっとりと身を任すのもなんだか面白くない。同じ歳だというのに天と地ほどの差があるピーファウルとホークの立場を当初ホークは複雑な思いでいたのだが、ピーファウルはホークを下に見ることもなく、己が上からも下からも馬鹿にされていると知ったうえで真面目に実直であろうとする姿にホークは呆れも伴ったが好感を持つようになっていた。ホークの仕事はピーファウルの護衛だ。ならばピーファウルが誰とも知れぬ相手に身を任すような可能性を防ぐのは間違いでは無いはずだ。そもそもスペード家に使えている時点でうろんな輩などいないし、それで言うなら自分が一番身分が低く経歴も不詳なのを棚にあげて、ホークはピーファウルのシャツをはだけて露になったうなじに手を差しのべた。
結果として、ピーファウルはホークの手に即オチだった。
病院に着くころにはすっかりフニャフニャに崩れ落ち、ただうなじをひたすら撫で回していただけだというのに腰まで震わせこれヤバイのではとホークの血の気を下がらせたが、流石は良家の子息といったところか慰問そのものは無難にこなし、帰りの馬車でまたひたすらホークにうなじを可愛がらせた。
「ひゅごい......こんにゃのはじめれ......おっきなてひゅごい......」
ホークの胸にすがりついてうなじを差し出し悶えるピーファウルに、ホークは確認するように聞いた。
「毎朝女官達とはどうしてんだ?いつもこんなじゃないのか?」
「ちがう......ぜんぜんちがう。こんにゃすごくにゃい......いっつもちょっとくすぐったくてきもちいいらけれ......」
「でもここが好きだって皆知ってんだろ?」
うなじを撫でる手にやや力を込めてみれば、ピーファウルははぅぅと悶えてのけぞった。
「かみ......あんでもらうのがすきっていってる......これ......こんにゃすごいのしらなかったからぁ」
「......なるほど」
どうやら性感帯を吹聴して回っているわけでは無いようだ。とはいえこのおっとりへっぽこ小僧は馬鹿では無いが馬鹿だ。ホークの手を知ってしまって結局誰彼構わず男の手を求め出すとも限らない。ホークにずいぶんな事を思案されてるのも知らず、ホークすごいホークすごいとひたすらピーファウルはホークに全てを委ねている。
これ以降、ピーファウルはホークにうなじを触ってもらいたがるようになり、ホークも自分以外には触らせない、誰にも言わない、ホークに逆らわないのならと条件をつけて承諾した(ずいぶんな条件であるが撫で回している最中の、頭のネジが外れまくっているときに承諾させたものだ。しかし事が済んでも自分が頷いた条件になんの危機感も無いらしいピーファウルを、ホークの方が逆に心配する始末である)。ホークが持っているピーファウルの行動範囲決定権は別にスペード家から託されたものではない、ピーファウルがホークに逆らえず自然とできてしまったものだった。
「ホーク」
ご褒美と言われて乞うようにピーファウルはホークを見上げた。
「ピーファウルは良い子か?」
椅子に座るピーファウルを立っているホークが見定めるように見下ろして聞くと、ピーファウルは頷いてシャツをはだけはじめた。
「我慢するから......ちゃんとホークの言うこと聞くから」
「これは我慢できないみたいだけどな」
わざとらしく呆れたように言うホークからピーファウルが恥ずかしそうに顔を背けようとして、それを許さないと言うようにホークがピーファウルの名前を呼んだ。
「良い子にするから、うなじ触って」
呼ばれたピーファウルはホークを見上げてどうして欲しいのかを訴え、やっとホークは体を動かした。
「毎日同じようなやりとりしてると思うんだがな」
「う......」
「毎日同じことを言うのははたして良い子と言っていいのか、どう思うお前は」
「うぅ......」
大きく武骨な手が優しくピーファウルのうなじを撫でていたかと思うと背中の中央近くまで侵入してきたが、ピーファウルは逆らうでもなくただうっとりと身を任せ机に伏せっている。
「ごめんなさい......どうしたら良い子なのかわからなくて......」
ピーファウルは褒められた事も、認められた事も一度として無い。なにをやってもこんなものか、まあこんなものだろうな、それ以上の評価をもらえた事がない。自分のできるだけ、最善を尽くしているのに良いと言われた事がない。どういうものが良いと言われるものなのかまるでわからない。その中である日父が自分にと連れてきたホークは、ピーファウルにとって救い主であり英雄だった。同じ歳でありながら多くの信頼と尊敬を集めているというホーク、きっと彼を手本とすればいつか自分も人から称賛され認められるようになるはずだ。ピーファウルにとってホークは希望を持たせてくれる人物であったし、冒険者であった彼に良い子だと言われるのはかつて胸躍らせて読んだ英雄冒険譚の世界から受け入れられたようで嬉しくもあり、一度良いと言われた事を繰り返してなんとか褒められようとしてしまっていた。
「いや、......良い子だ」
穏やかにピーファウルの背面を可愛がるホークに言われてピーファウルは嬉しそうな笑顔を浮かべ、そのピーファウルを見下ろしたホークが二人しかいないというのに内緒話のように耳打ちをしてきた。
「明日も、同じように良い子にしろ。ベッドでもっと気持ちいいこと教えてやる」
吐息と、舌まで耳に入れられてのけぞったピーファウルは荒い息で明日も良い子でいるとホークに誓った。
冒険者に会ってみたい
明日そう言ったらどうなるのだろう。ピーファウルはホークに身を委ねながら明日を思い、恍惚と瞳を閉じた。
ほんとこいつ馬鹿だな
嬉しそうなピーファウルをホークは相変わらずあきれ半分、可愛い半分で見つめた。
冒険者を信じるなんて、冒険者なら絶対にしない。なぜなら、例え中央で身元を保証し、管理し、保護していようともそれは冒険者の部分だけだ。冒険者として中央から管理される以前は誰も知らない。冒険者としての活動しか中央は知らない。こんなものに憧れても良い事なんて絶対無いと言いきれるが、気に入った相手の悪意の無い憧憬をわざわざ傷つけたいとも思わないのでやめておけと言うにとどめているにはいるが、自分が名のある冒険者だって紹介されているわけだから自分で満足してくれないというのも微妙に不満で意地悪もしてしまう。
ホークは十二歳で中央に冒険者登録をした元盗賊だ。正確には父親が名のある盗賊団の頭領だった為盗賊として生まれ育った青年だ。十になる頃中央の討伐隊に壊滅させられ、まだ幼かったホークはさらわれ奴隷にされた子供と思われ保護された。ホークの盗賊団は他にも何人か貧困の為に捨てられた、売られた子供を保護しては盗賊団の家族として育てていたのだが、彼らも皆保護され今では成人している。
そしてホークも、彼らも、そして数少ない生き残りも皆、スート家スペードを家族の敵と憎んでいた。逆恨みだと言うものは言うかもしれない。それでも、彼らにとってあの盗賊団はまぎれもなく家族であったし、ホークにいたっては実の父がいたのだ。いったんは壊滅したかに思えた盗賊団はやがてホークを中心にゆっくり復活を始めていた。
盗賊行為は一朝一夕でできるものではない。対象の懐に入り込み、信用を得て、情報を探り、そして決行する。獲物の大きさによっては年単位で時間をかけるものだ。ホーク達にとってスペードは獲物であり復讐対象で、ホーク以外にも入り込み綿密にお互い情報を集めている。中央は暴力行為が抑えられているだけで、やろうと思えば誘拐も窃盗もできたが、事が露見した時に強行突破ができない為やはり衝動的なものはほとんど起きない。ましてスペードはその中でも治安を司る家である。誰がスペードを狙うものかという傲慢と油断は随所にあった。
ホークは当初、スペード家の警備と屋敷の造りという情報を求めていたのだが、ピーファウルと出会って予定が変わった。ピーファウルはスペードの人間であり、真面目な人間でもあったからホークが欲しい情報を十分すぎるほど把握していたのだ。
これをオトそう。
情報という価値と、そしてそれ以外の理由でホークはピーファウルをスペードから盗む算段を立てた。
元々盗賊団という親を奪ったスペードから、生き残りの子供達は今度はスペードの子供を奪う予定ではいた。まさか次男に近づけるとは思っていなかったが、ホークはピーファウルと接して考えを改めた。
こんなものは家族ではない
ホークのかつての家族は厳しくも優しく暖かく、なによりホークを護ってくれていた。それは他の子らもそうだった。盗賊の情などと言うものもいるかもしれないが、身一つで生きる術を知恵を教え、怪我で病で倒れたら助け、なにより与えた術と知恵で盗賊が向かない者が冒険者として生きられるように道を示してくれていた。大人達は自分達がもう後戻りできないと知っていて、肉親から未来を捨てられた子供達に道を作ってくれていた。
だというのに、スペードはピーファウルになにも与えていない。天から授かったものをピーファウル自身が磨いても誰も見向きもしなければなにも示さない。自分達はなにもしていないのに必要以上の結果を出せと言い、出さないピーファウルを嘲笑う。こんなものは家族では無いし、ピーファウルはスペードの子ではない。ピーファウルはスペードが神から盗んだ盗品だ。自分達で保護し家族となってやらなければいずれピーファウルはスペードの奴隷として死んでしまう。かつて間違った大人達に正しく慈しまれた子供達は、皆ホークの考えに異を唱えなかった。
己の手を気持ち良さそうに享受するピーファウルを眺めながら、ホークは半年ほど前の情景を思い浮かべた。長らく後継者問題を抱えていた砂漠の国がようやく皇太子を擁立し、迎えた伴侶との新婚旅行に中央が選ばれた。中央に訪れた二人のお互いを見る親愛と信頼が籠った視線が、ホークは忘れられない。ピーファウルは、あのような視線を込めて自分に笑顔を向けるべきだ。自分達はいずれ家族になるのだから。とはいえピーファウルは長らくスペードに拐われ事の良し悪しも、自分が不当に扱われているのもわかっていないような馬鹿者だから仕方がない。ゆっくり教えていけばいい。考えなければいけないのは誘拐犯たるスペードではなく、家族であるホークの事だと。
冒険者に会ってみたい
大分ホークに体を許すようになったピーファウルの様子から、そろそろもう少し教えてやってもいいだろうとホークは考えている。もっともっとホークの手の事だけで頭がいっぱいになっていいのだと教え、可愛がって褒めてやろう。明日もあるだろういつもの拙いピーファウルの可愛い誘い文句が今の内から待ち遠しくなっている自分に、ホークは苦笑を浮かべた。
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