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『育ちのいい子』
あらすじ/青児(せいじ)は家出をして、ストリートで男に身体を売るような生活をしている。その夜知り合った谷口という男に「君のように育ちのいい子は男を誘ったりしちゃダメだ。」と諭され、青児はなぜそんなことを言われるのか不思議に思う。
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好きじゃない男とデートする時は、酔わないように身体中緊張させるのに、ソイツの場合は上手くいかなかった。男は俺の前を歩いて、歩幅の大きい男に俺はバカみたいに付いて行く。男の身体に目が行く。いいケツしてる。酔った頭の中で、それにかぶり付いている俺を予想する。
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俺はどうせ間違いだらけの人生に、また新しい間違いが加わるんなら、と覚悟して、丁度通り掛かった大きな池にジャンプした。一度水に沈んで、でもすぐ水は腰までも届かないって気付いて、酔いも半分くらい醒めて。
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男が戻って来る。
「なにしてんの? 水浴び?」
水の中に立ち尽くす俺を見て、呆れるでもなく、同情するでもなく、男の力強い腕で俺のことを水から引きずり出す。何日かは知らないけど、12月。
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二人の警官が俺達に向かって来る。俺の髪から水滴が落ちる。見ると、さっきの池は、ただの大きな噴水だった。警官がヤツに話し掛ける。ヤツは名刺を出す。
「すいません。弟が悪ふざけして。」
どんな威力のある名刺なのかは知らないけど、それで警官達は行ってしまう。俺は寒さにピョンピョン飛びながら、名刺を覗き込む。なんかの公務員。多分、警察官とかよりずっと上の。
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俺はまだ半分酔った狂った頭で、男から逃亡を計る。警官からは逃げなかったのに。意味が分からない。俺は年は18で、家出中で、捜索願が出されてる。公園の真ん中まで走ったところで、男に腕を掴まれる。ヤツはトレンチコートを脱いで、それで俺を包む。タクシーにぶち込まれる。名刺の名前を思い出す。谷口光史。
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12月で、道は混んでて、俺は悔しかったから身体の震えるのをバカみたいに我慢して、ヤツは完全なポーカーフェイスで、少し意識が遠のいて、どんなホテルに連れ込まれたんだろう? って思って見渡したら、そこは谷口のマンションだった。
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熱めのシャワーを頭からぶっ掛けられる。俺は力なく風呂場に座り込む。少し温まって、俺はまだ服を着たままだと気付く。谷口に会った時、腹が減ってたけど、夜遅くて、なんか食べる時間でもなくて、だから酒だけ飲まされて、それでも空腹はそれなりに満たされて、でもなんでか知らないけど、急に腹が減ってきた。
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動かない手でシャツのボタンを外そうとしたら、谷口がシャワーを止めて、服を脱がせてくれた。
「お腹空いた。」
彼はちょっと笑って、俺にバスローブを着せて、キッチンに連れて行く。冷蔵庫を開ける彼の後ろに立って、一緒に中を覗く。ヤツはなんだか知らないけど、冷凍の物を電子レンジに突っ込んで、そしたら驚くことに、いきなり俺のことを情熱的に抱き締めて、キスしようとする。
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俺は処女みたいに、彼の唇に両手を当てる。彼は俺の手をどけて、結局俺はキスされる。
「弟にこんなことしていいんですか?」
彼はしばらく何のことだろうと不思議そうにして、そして思い出す。
「ああ、あれね。」
「俺、言っとくけど、男娼じゃないから。」
谷口は俺の顔を見たまま、深いため息をつく。どういう意味かは知らないけど。
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電子レンジから出て来た物は、意外にもヘルシーな、パスタと野菜たくさんの、そういう物だった。俺は必死に食べる。谷口はそれを観察する。
「じゃあ、君はここを出たらどうするつもりなの? 青児君。」
俺の身分証を勝手に。口の中がいっぱいでなにも言えない。でも答えも知らない。
「君があそこで俺のこと誘ったんだぞ。」
そんなことない。タイプでもないし。俺の目の前に、なんだか結婚式に出た残り物みたいなケーキが置かれる。それも必死に食べる。
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「君は育ちも良さそうだし。なんであんなことをする?」
俺、なにもしてないし。でも育ちがいいってどうやって分かんの?
「君が水に飛び込むような、自殺願望のようなものを心配している。」
「児童相談所にでも通報するつもり? 俺、もう18だし。」
「さっき見た。」
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ケーキの上の、半分崩れたバラの形のクリームを舐める。白いのと、ピンクのと。
「俺がなにをしたって?」
「あんな路地裏で。あんな風に人の目を見て。」
「目を見たら悪いんですか?」
「あれは誘ってるってことだぞ。」
谷口はタイプじゃないけど、見た目は悪くなくて、金を持ってる男のオーラがあった。俺の本能がそれを感じてた。
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「誘われて付いて来るのは悪くないの?」
「心配だったから。育ちの良さそうな子がなんで? って思って。」
どういうこと、それって? さっきから何度も。
「育ちがいいってなんのこと?」
「家が金持ちとかじゃなくて、俺はそれは、人を信頼してるってことだと思う。根っこの所で。」
見てくれだけで、どうしてそんなこと分かんの?
「それは俺がバカだってことだろ?」
すぐ人を信用して。
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お腹がいっぱいになると、今まで我慢してた涙が出て来る。
「青児君みたいな子が、ストリートをうろついてちゃダメなんだ。」
彼はカラフルな花模様のティーポットにお湯を入れる。可愛い天使の絵が描いてある紅茶の箱。俺はそれを弄んで、見てる振りして、涙を隠す。
「君が家に帰りたくないなら、落ち着くまでしばらくここにいれば?」
「貴方だって人のこと信用するじゃない?」
「そうだな。じゃあ俺も育ちがいいんだ。」
彼は自嘲しながら、紅茶をカップに注ぐ。香りが立ち昇る。箱の天使が微笑む。
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