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2.じいさんの思い出

 七星大学の賢風寮で丹生田と会ったわけだが、そもそもは、じいさんの影響で決めた大学で、決めた寮だった。  じいさんは身長が百八十くらいある昭和ヒトケタにしては大男でガタイよくてさ。よく腕にぶら下がったり、硬い腹殴ったりしたけど、全然平気でカラッと笑ってて、カッコ良いんだ。  体格は遺伝しなかったぽくて、俺はひょろっとしてるんだけど、身長は似たかも。親父は百七十五くらいなのに、俺は百八十一センチある。  ハイカラで洒落好き。時々乗馬とか、剣道の道場にも行った。声デカくて雷みてーな大声で叱られると怖かったけど、良い子でいればじいさんは優しかった。大きな手でガシガシ撫でられるのが、大好きだったから、良い子でいようと頑張った。妹が生まれてからも“良いお兄ちゃん”でいなくちゃとか思ったな。  飲食店とかやってたらしいんだけど、そこら辺はよく分からない。仕事してるの見たことないんだ。たぶん、そっちの経営は誰かに任せてたんだろな。  ともかく、俺が知ってるのは、和室の続き間でたくさんの客と一緒のじいさんだけだ。  幼稚園に上がるまではずっと、その後も家に帰ると、じいさんやその友達が必ず待ってて、そういうもんなんだって思ってた。両親はいつも仕事で日中いなかったけど、寂しいなんて思ったこと一度もなかったよ。  おばあちゃんってのはドイツ人で、まだ親父が学生だった頃に亡くなったってことと、仏壇にある写真しか知らない。つっても若くてきれいな外人の写真でさ、おばあちゃんって感じが全くしなくて幼心に不思議だったなあ。  でもその血は確実に俺にも流れてる。彫りが深くて瞳が明るくて、まあいわゆるハーフ顔なんだよ俺って。実はクォーターなんだけどさ。つうか親父のがマジでハーフって感じのガイジン顔なんだけど、見かけによらずガッチガチに固い男で、何かと派手なじいさんとは折り合いが悪くてさ。  本が好きで慎ましい生活を好む親父は、図書館で勤務し、そこで知り合った本好きな女性と結婚した。それがお袋なんだけど、なにげに強い女でさ。  俺が産まれても仕事やめなかったから、共働きになった夫婦は子育てに実家を活用したってわけ。そこら辺、親父はお袋に勝てなかったってコトなんじゃないかな。それまで二人で部屋借りて暮らしてたのが、俺が産まれることになってから実家に戻ったって流れらしいから。  まあ、そんなのもガキだった俺には関係なくて、本ばっか読んでいる気難しい親父より、デカい声で笑う、友達たくさんいるじいさんに懐いてたってわけ。  じいさんは『フウレンカイ』の『ソウカツ』やってたから、和室の続き間にはたいてい誰かが来てた。といっても男ばっかり。年寄りだけじゃなく若いやつも良く来たし、みんな構ってくれたから、広い家はいつも賑やかで楽しかった。大事な話だからって締め出される時も、誰かひとりは遊んでくれたし、その後でかならずおいしいお菓子を食べさせてもらえたし、やっぱりじいさんの部屋は大好きだった。  みんなが話している『シチセイ』の話はとても楽しそうで、いいなあ、とか思ってさ、『ぼくもシチセイダイガクに行く』とか言うと、『そうか頑張れ。たっくんは良い子だな』とか言われて単純に嬉しかった。じいさんなんてにっこにこになって、大きな手でわっしわしに頭を撫でてくれた。  成長につれて『ソウカツ』が『総括』だと知った。『フウレンカイ』は『風聯会』、七星大学の学生寮である『賢風寮』のOB会が風聯会なのだと理解した中坊の頃には、幼い頃に口にしたような感じよりはっきりと意志を持って、自分も賢風寮に入るって決めてた。  とかいって、しょせん子供の持つ将来の夢って感じで、サッカー選手になるとか、漫画家になるとか、そういうのと大差ない感じだったと思う。  風聯会のみんなが可愛がってくれて、正月なんかお年玉が凄い額になったりもした。それでじいさんと親父が喧嘩したりとか、まあ色々あったけど、ほぼほぼ楽しかった。みんなが教えてくれた『男ならこう動くべき』とか『男の真価とは』とか、そんな色々は俺の根っこにまんま染み付いた。まあそんな感じでめっちゃ影響を受けたと思うんだ。  俺が高二の春、じいさんは突然脳梗塞でぶっ倒れ、三日眠って、あっさり亡くなった。八十三歳だった。  倒れる前日まで呆れるぐらい元気だったから、なんだか信じられなくて、でもお袋がせかしたから、ぼんやり制服に着替えて葬式に出た。  葬儀には驚くほどたくさんの人が集まってた。  悼む言葉をくれる人、涙ぐむ人、そんな中、風聯会のみんなは、まるでじいさんが元気に生きてて、ただ寝てるだけって感じで、笑って棺に話しかけていた。 「こら、いきなり死にやがって。驚いただろうが」 「はるばる来てやったんだぞ、ありがたく思え」 「なんだなんだ、ずいぶん安らかな顔じゃねえか」 「いきなりガハガハ笑いやがるんじゃねえか」 「おい、本当にこいつならやりそうだから言うな、おっかない」 「このサイズじゃ棺桶も高くついただろうに」 「まったく死んでまで息子に迷惑かけて、しょうもないジジイだな」  けどじいさんは答えない。  まだ受け止めきれていなかったのに、それ見てたら『じいさんはもう笑わない、しゃべらない』とか実感して、うっかり涙が出たらもう止まらなかった。  もっともっと長く生きて欲しかった。  俺が風聯会の一員になるのを見届けて欲しかった。  じいさんと変わらない身長になってた俺がガキみたいに泣きじゃくるのを見上げながら、風聯会のみんなは笑った。 「その図体で泣くな」 「本当に大きくなったな」  遠慮なしに背中や肩を叩きつつ、みんなは俺の知らないじいさんの話をしてた。 「あいつは誠実そうな顔してるくせに腹黒いからな。何度も酷い目にあったぞ」 「全くだ、食えない奴だよ」 「ドイツ帰りに外人の嫁を連れてきた時は仰天したな」 「カタブツだと思っていたが、意外と手が早かったんだなとからかったら、あの藤枝が赤くなって黙ったのは愉快だった」 「嫁はきっつい女だったなあ」 「尻に敷かれるくらいで丁度良いんだ、あいつは」 「いやいや朴念仁には似合いだよ。嫁のせいで洒落者になったんだよなあ」 「そうよ、剣道バカが一人前に乗馬だの始めやがって」  笑いながらの口調は、故人を悼むって感じじゃなかった。みんなじいさんをまだ生きているように語ってた。 「藤枝さんは遣り手だからな。あの時代に色んな基盤が確立した」 「先輩がいなかったら今の風聯会は無いよな。大した人だよ。一番凄かったのは――」  いろんな話が飛び交い、明るい笑い声がしめやかなはずの式場に響いた。 「先輩は現役にも厳しいから、総括の査察が入る、なんてなにより怖かったですよ」 「特に保守は何度も指導されましたよ。藤枝先輩が一番おっかなかった」  周りの人たちも笑顔になっていく。 「おい、あの時のことを覚えているか? 大学から申し入れがあった時のことだ」 「おお忘れるものか。あの時は痛快だったな」 「それはもう伝説ですよ。現役もみんな知ってます」  笑いながら懐かしそうに語り合う大人げない男達に、俺も笑わせられてた。涙ぬぐいながらだけど。 (この人達の後輩になりたい)  いつのまにか、そんな気持ちがあふれて、口から飛び出してた。 「俺、風聯会に入ります。絶対入ります」  半泣き半笑いのみっともない状態で言う俺に、みんな「待ってるぞ」「頑張れよ」と肩や背中を叩きながら口々にエールをくれた。なんとも言えないなんかが込み上げてきて、どうしたらいいか分からなくなって、ひたすら頭を下げた。

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