「つか聞くなよ、そゆことッ！！　つか聞きたくねーつんだよッ！！」 　山浦に首を固められているのに、藤枝は狂ったように腕を振り回し、地団駄踏みながら叫ぶ。 「おいっ」 「やめっ」 「うっせ離せ！」 　怒鳴りながらブンブン振り回すこぶしを、さっきアッパー喰らった皆川が慌てて腕つかんで止めた。 「ぐぁぁぁぁ～～～っ、離せぇっ！」 　渾身の力で振りほどこうとしてるが、残る腕は多賀が抑えた。こいつらガタイは良いから、寄ってたかって押さえつけられた藤枝は動けない。 「落ち着けっ」 　怒鳴りながら伊勢が正面から抱きつこうとしたが、前蹴りを見舞われ「痛(いて)～～っ！」クリーンヒットした股間を押さえて飛び逃げた。 「ひでえっ！　まだ未使用なのに～」 「バカかよッ！　黙れよおまえらッ！」 「おまえこそ黙れ！」 　宇梶が背後から腰に組み付き、腰を落としたので、地団駄すら踏めなくなり「離せ～ッ！」身を揉むようにしながら全力で叫んでる。 「分かったから、どうどう」 「落ち着けって」 　皆川と多賀が腕を押さえながら言っても、藤枝は正気に戻らず 「るっせー！！」 　吼えた。 「バッカじゃねーの！？　なに聞いてんだよお前らッ！！　最ッ悪ッだろッ！！」 「落ち着け～～ッ！」 　宇梶が怒鳴り、首を固めたままの山浦が、ため息混じりに「わーったわーった」大声を出した。 「もう聞かねえから」 　藤枝の動きが、ようやく止まった。 　きつい目つきでハアハア息を荒げている。止まってはいるが誰も離れないから、まだ力が抜けて無いんだろう。 「お前ら最悪！　プライベートだろ、そんなんッ！」 　吐き出すような口調に、「だな」「悪い」「ゴメン」それぞれの声が返り、はあぁぁ～、と大きく息を吐いた藤枝は、「離せよっ！」吼えながら纏わり付く連中を見回して、すぐに怪訝な表情になった。 「なに笑ってんだよ。……橋田まで」 　おっと、顔に出ていたとは。 　うっかりしたな、なんて思いつつ、ニヤニヤが止まらない雅史である。もちろん、みんなニヤニヤと藤枝を見ているのだ。 　ちなみに丹生田は椅子に座ったまま、少し目を開いて驚いてるように見える。藤枝からは見えない位置だが。 「やっとらしくなったじゃんよ」 　股間を保護しつつ、ぴょんぴょんその場飛びをしながら伊勢がニカッと言い、宇梶が腰から離れ、皆川と多賀も腕を放し、ようやく腕を緩めた山浦がヘラッと肩を叩く。 「調子戻ったなあ」 「まあまあ暴れたし」 「ちっ、マジで殴りやがった」 「いんじゃね？　藤枝だし」 「はあ？」 　しかし藤枝はまだキレ気味である。雑な扱いが不満なのだろう、再びこぶしを握りしめている。 「またおまえらバカにしやがって！　だいたい……」 「元気だな、藤枝」 　ぼそっと響いた低い声。藤枝はバッと振り向いた。くち半開きのまま。 　視線の先には、目を細め、口元の緩んだ顔。 「あっ」 　少しばかり微妙ではあるが、丹生田も笑顔になってる。笑うのが下手なのだ。まったく分かりにくい。しかし藤枝には、てきめんに効いたようだ。 「うわ俺……」 　呟いてみんなの顔を『マズった』と思ってるに違いない顔で見ている。 「……わりい、ちょい……」 　挙動不審気味に手足バタバタさせたりキョロキョロしたり。相当気まずいのだろう。実に分かりやすい。 　藤枝はこうでなければ。 　青くなったり赤くなったり大量に発汗したりしていた藤枝は、やがて歯を食いしばり「くぅぅ～」唸りながら、睨むみたいにみんなを見て、ギュッと目を閉じ 「ゴメン！　ちょい暴れすぎた！」 　ペコッとアタマ下げながら怒鳴った。 　うん、いつもの調子だ。雅史はやっぱりニヤニヤしてしまう。 「最近、少し元気がないと思っていた。良かった」 　丹生田の低い声に顔を上げた藤枝は、少し微妙だがニイッと笑い 「そんなん思ってンなら早く言えよバーカ」 　大声で言うと「まあ今回はイイよ」と胸を張って宣言した。 　なぜ威張る、と思いつつ、みんな、なんとなくホッとしたのであった。 　　＊ 　藤枝が復活した。 　その情報が広まるのと時期を同じくして、寮内で一年の目立つ面々が先輩に声をかけられるようになった。 「峰、丹生田、４２２まで顔貸せ」 　食堂で声をかけてきたのは、デカくてゴツイ小谷先輩。目一杯体育会系なふたりは、箸を置いてガタッと立ち上がり 「はっ！」 「はい」 　ピシッと気をつけして怒鳴るみたいに返事した。 　別の日。 「橋田、瀬戸。あとで俺の部屋に来い」 　メシ食ってるテーブルに現れたのは庄山先輩だ。 「……忙しいんですけど」 「俺たちを呼び出す根拠を示して……」 「悪い話じゃ無い。とにかく、来いよ」 　ニヤリと笑った庄山先輩は、やっぱり悪い公務員みたいだった。 　また別日には 「仙波ク～ン、藤枝ク～ン、姉崎ク～ン」 　乃村先輩がヒラヒラ手を振って神経質そうな島津先輩と共に声をかけてきた。 「食べ終わったら島津さんの部屋に来てね～」 「え～、なに？」 　箸を止めずに姉崎がニコニコとなめた口調で言い、仙波も食い続けながら「あ～」上目遣いを送る。 「もしかして、お前ら生意気だぞ的なやつスか」 「えっ。マジで！？」 　思わず声上げた拓海は、憤然と主張した。 「姉崎はともかく、俺ンなマズいことしてねーよ？」 「藤枝ぁ～、失礼だよ？　まるで僕が悪い子みたいじゃない」 「はあ？　おまえなんて真っ黒クロスケだっ！」 「う～わ、懐かし過ぎだろそのネタ」 「真っ黒クロスケでておいで～」 　森本や広瀬まで入ってきた漫才的な流れをぶった切るように、乃村先輩がヘラッと笑う。 「無い無い、ていうかちょっと相談があるだけ」 「……本来は津田の部屋を使うべきだというのに。まったくおまえらは」 　ため息混じりの島津先輩に「え、違うの」素で返した拓海の背を、バンッと叩いた仙波がニヤニヤする。 「おまえ、ちょっとは成長したかと思ったけど」 「変わって無くて安心というかがっかりというか」 「いやあ、単なるビビリでしょアレ」 　掛け合い漫才の流れを今度は止めようとせず、先輩たちは「とにかく、待ってるよ～」去って行く。 　その他にも、丹生田と峰と伊勢は津田会長、姉崎と広瀬と内藤と山家は太和田先輩、拓海と仙波は唐沢先輩からも呼び出された。 　みんな、なんだかんだ言いつつも、結局呼び出された部屋まで行き、それぞれ話を持ちかけられたのだ。 「お前ら次年度の保守幹部やれ」 　ある者は納得し、 「四月からは監察の仕事に今以上の力を入れてもらいたい」 　ある者はため息をつき、 「君たち、執行部役員をやってくれないかな」 　ある者はビックリした。 「お前らは総括の次期アタマ候補として見てるんだ。執行部行くなよ」 「保守の仕事あるだろうけどー、執行部の方に来てもらえないかなあー」 「いいか、施設部はとにかく人が要るんだ！　頼むから執行部に行かないでくれ！」 　つまり第二次リクルート活動の始まり、次年度の幹部争奪戦である。 　庄山の部屋では、数人の先輩が橋田と瀬戸を迎えた。 「……すみません。僕忙しいんですけど」 　淡々と橋田が言い 「今以上の何をしろと言うんですか」 　瀬戸が冷静に問う。 　一つ頷いた庄山先輩は、ひどく重々しく言った。 「監察としては、甘言に揺るがされない人材が必要なのだ。二年三年から数人が寮を出ることになり、次年度の新入生を迎える前に人的資源の補充を急務としている」 「つまり、組織統率の業務ですか。でも先輩たちが二年生に従ってくれるんですか？」 　瀬戸の問いには庄山の隣にいた赤坂先輩が答えた。 「心配ない。庄山も二年からやってる」 「僕は忙しいんです」 　あくまで淡々と、しかし揺るぎない橋田に、庄山先輩は「まあ聞けよ」ニヤリと笑いかけた。 　島津先輩の部屋では、勝手に好きなところに座った三名が、立っている乃村先輩に注目していた。 「実は風橋と栃本が執行部の仕事続けられなくなっちゃってね。君たちは元々幹部候補だったんだけど、前倒しで頼むことにしたんだ」 「え！　風橋さんが？　なんでっスか？」 　思わず声を上げた拓海に、乃村先輩は苦笑しつつ手を振った。 「家庭の事情って奴でねえ。栃本はゼミの研究室に泊まり込みが続きそうだって自己申告があって。それで二階と三階の執行部担当を急いで決めなくちゃならないんだ」 「姉崎は太和田から、仙波と藤枝は唐沢からもも声をかけられているだろう。このさい兼任でもいい。そういう前例はある」 　島津先輩が言うと、姉崎は「ええ～、マジで～？　信じらんなぁ～い」女子高生か、というなめた口ぶりと手振りだ。 「面倒だ、とか思ってるんだろうけど、うまみも無いわけじゃ無いよ？」 「えっ、てか兼任ってどういう？」 　若干の自失から蘇った拓海が声を上げると、「はいはい、あとで説明してやる」と仙波が肩を叩き、姉崎がニッと笑って偉そうに言った。 「先輩、僕ってそんな簡単に転ばないよ？　コレでも忙しいしね」 　とはいえ、争奪にならない奴もいる。 　仁王立ちの小谷先輩は、直立不動の丹生田と峰をギロリと睨(ね)めつけていた。 　ちなみに宇和島先輩は就職先が決まって、今からそっちに行ってて忙しいため、次の保守部長に決まっている小谷先輩が代理で話している、と最初に言われた。 「知っての通り、保守は六部隊が交代で保守の業務を行っている！」 「は！　了解してます！」 「次年度、現二年の保守部員のうち幹部候補だった二名が寮を出ることになった！　部隊二つの頭が抜けることとなる！　その後釜をお前らに頼みたい！」 「分かりました！」 「お受けします！」 　峰と丹生田は、問答無用で保守が独占となった。 　そんな中、食堂担当だけは早々と幸松が次期部長に決まっていた。他部と違い、ココだけは代々二年が部長をやることになっているのだ。 　そして会計は二年三年の役員で寮を出る者がいなかったため、争奪戦には加わらなかった。