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94.野上さん

 ここは湖畔のリゾートホテルって感じのトコだ。  雨だったんでバスの中から見ただけだけど、外観はデッカくて上品な山小屋、て感じ。ロビーにあるソファなんか見ても、イイもん置いてるなあ、センス良いなあ、とか思う。インテリアもそこそこ手間かかってる感じなんだけどさりげないつか。  建物だけじゃなく、コテージが並んでる場所やキャンプ場も併設してるし、ゴルフ場もここの施設らしい、つう、ちょい高級そうなトコ。なんだけど宿泊費はそんな高くない。  つっても予約入れたときよりは高かった。そりゃそうだよな、飛び込みなんだから。  ともかく、予定より金かかるわけだし、心配なってコソッと聞いた。 「割り勘大丈夫か?」 「問題無い」  低い声が返ってきて、ホッとする。いつもはケチだけど、使う時はあるってコトかな? うう、そゆ隠れキャラな感じもかっけー、とか悶えそうになるの抑えながら、キーもらって部屋に上がった。  部屋は二階で、寮の三人部屋よりちょい狭いくらい。床が木張りで白い壁で、居心地良さそうな空間だった。 「へえ~、良さそうじゃん」  二つ並んだ木製のベッドやチェスト、窓辺に置かれたテーブルと椅子、家具は全部無垢パイン材で統一されてて、なんか柔らかい雰囲気。家具配置も窓のイチとか計算してキッチリ考えてあるな。落ち着けそうでイイ感じ。  母親がブランド家具大好きで、高校までは家具屋とか展示会とか、荷物持ち的な感じでかなり連れ回されてた。なんでかなりいろいろ見てるし解説とか聞いてるし、知識も勝手に蓄えられちまってる。  家族で旅行だと家具オタクな母親がファニチャー重視でホテル決めたりするんで、こういう素朴な部屋って新鮮つか、手作り風の素朴な家具を活かす感じで、ファブリックや壁なんかも統一感あるし、湖畔の雰囲気に合ってて、無自覚にニヤッとしつつテーブルのかたわらにしゃがみ込んだ。  撫でたり間近で眺めたりして、思わずなでなでしちまいつつ、手触り柔らかいなあ~とか、無垢に見せてるけどクリアな塗装してあるんだ~とか、イイ仕事だなあ~なんて思ってた。  シンプルな造りだけど仕上げとか超ていねい。もしかして地元の工房とかで作ったやつなのかな。木材自体の質感大事にしてるんだな。  俺って高いブランド家具とかより、こういう、多少粗く見えても素材の感触とかを大事にしてる、手作り感のある家具のが好きなんだよね。  ふう、と息が聞こえ、ハッと我に返る。やべやべ、つい家具に集中してた。  目を向けると、丹生田はベッドに腰掛け、もそもそリュック下ろしてる。 「なんだよ、疲れたか?」 「いや」  見上げてきた丹生田の目は、すっげ優しい感じで、口元も緩んでて、つまり拓海の大好きな笑顔で、なんで今さらって思うくらいドキッとする。そんで咄嗟に窓に飛びついた。やべえって二人っきりでドキバクとかやべえって。  なんだけど、外は当然、うんざりするくらいの土砂降り。 「おお~!」  けど空元気で声張る! 「湖バッチリ見えるじゃん! 雨すっげえけどさ、晴れたら最高なんじゃね?」  せっかく丹生田と二人の旅行なんだから、ムラムラとかして台無しにしたくない。  目一杯楽しんで、丹生田にも目一杯楽しんでもらうんだ! そう決めたんじゃん? しっかりしろ俺! 「そうか」  すぐ後ろから丹生田の声が聞こえ、ビクッとしちまいつつ振り返ると、間近に窓を細めた目で見つめてる横顔。くちが半開きになってる自覚も無くぼうっと見ちまう。  うわー、やっぱカッコイイよな、なんて、やっぱ思っちまうわけで。  つうかこんなん1年ときからずっとずっとだし、そんなんやめようと思ってやめれるわけ無くて、んだから二人部屋になってしばらくして開き直ることにした。  見ちまうのはしょーがねー。つか誰も見てない部屋の中、どんだけ見ようと俺の勝手だろ! 「……腹が減ったな」  ぼそり、と丹生田が言った。 「だなあ!」  バスに乗る前食ったけど、もう夕方過ぎたし、二人ともいつだって腹は減るのだ。 「さっきフロントのおっちゃん言ってたよな」 「ああ。奥で食事が出来る」  窓を見たまま、丹生田は呟くみたいな低い声だ。 「食堂かなんか、あんだよな。つってもメシはまだだろうけど、なんか食えるだろ」  ニカッと問いかけると「ああ」窓を見たまま頷いてる。 「んじゃ行くか!」  バシッと腕を叩いてやると、ビックリしたみたいにこっち見た丹生田が「……ああ」低く呟いた。  そのとき、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、「だ、誰かな」とか、とりあえず可愛すぎてヤバかったから、誤魔化しつつドアへ向かう。  ドアを開くと、さっきのおばあさんがいた。 「お荷物はほどかれました?」 「あ、はい! つうか、ほどくって程たいした荷物じゃねえんで」 「でしたら、ご一緒にお茶でもいかがかしら。ご馳走させて頂きたいの」  ニッコリ笑うおばあさんに、抗うことなんて出来るわけなかった。  おばあさんについて、フロントを挟んでロビーの反対側に行くと、そこは食堂とか言っちゃいけない空間だった。ちょい北欧っぽいソファと低めのテーブルが並んだ、ラウンジつうの? そういう感じ。  丹生田はおばあさんがソファに座るのを助けてて、「あら、ありがとう。紳士でいらっしゃるのね」なんて言われて照れながら、そのままおばあさんの隣に座った。 「お茶と申し上げましたけれど、お食事の方がよろしいかしら」 「そうっすね。ちょうど腹減ったなって言ってて」  言いながら向かいに座る。おばあさんはニッコリしてる。 「あら、でも今召し上がったら夕食が……」 「いや、ゼンゼン食えます」  そう言うと丹生田も頷く。おばあさんは片手の指先をくちもとに添えて、コロコロ楽しそうに笑った。 「そうですわよねえ、まだお若い殿方ですもの。たくさん召し上がるのよねえ」  フロントのおじさんが来て「楽しそうですね、奥様」ニッコリした。 「お若い殿方とお話しするのは久しぶりですのよ」 「奥様はいつもお若いですが、今日はさらに華やいでいらっしゃいますね」  ほほほ、て感じで笑うおばあさんは、ご機嫌っぽい。 「私がお誘いしたので、この分はご馳走させて下さいね」  顔見合わせると、丹生田は小さく頷いた。だよな、なんか嬉しそうだし、そんくらい奢って貰ってもイイか。 「ありがとうございます。あの、俺、藤枝です。藤枝拓海」 「丹生田です」 「あたくしは野上と申します」  野上さんがニッコリすると、おじさんもニコニコ言った。 「奥様、パンケーキとサンドイッチでしたら、すぐにご用意いたしますが」 「では両方ともお願い出来るかしら。お二方、お飲み物は?」  丹生田は紅茶、俺はオレンジジュースを頼む。だってペプシねえんだもん。  すぐテーブルに運ばれた飲み物に手を伸ばしながら、キャンプしに来たけど雨降って、とか話して 「ええ、存じてますわよ。先ほどロビーで伺いましたから」  なんて言われて、そうだった、とかヘンな汗かいたの誤魔化しつつ、運ばれたサンドイッチとパンケーキに手を伸ばし、野上さんは? なんて聞いたら、お孫さんとここに泊まりに来たんだって。でも一人じゃん? 孫はどこ? 「遅れるんですのよ。ですので荷物だけ、わたくしが運んできましたの」 「それで、あの大荷物……」  丹生田が呟くと、 「若いひとは気まぐれですものね」  野上さんはコロコロ笑った。 「お孫さんっていくつなんスか」 「今年大学に入りましたのよ」 「へえ、そんな大きいんだ」  なんとなく、孫って聞いたら小学生くらいかな、って思ってた。  丹生田もちゃんと聞いてる。でもやっぱ軽い会話とかは苦手なんで自然と俺ばっか喋ることになる。  黙々サンドイッチとパンケーキくちに運んでる丹生田をチラチラ見つつ、俺も食いながら寮のバカなやつの話とか、自分のドジやった話なんかしてた。野上さんはコロコロ笑い、丹生田も時々頷いたりして、なにげにちょい笑ってたり楽しそう。 「こちらへは何度も来てますの」  なんつって、食い終わってから野上さんがホテルの中案内してくれた。  広いテラスではバーベキューも出来るとか、ラウンジでボードゲームや音楽なんか楽しめるとか、ゴルフコースやハーブガーデンがあるとか色々、なんか自慢げな感じ。 「お天気がよろしければ、外もご案内出来ましたのに、残念ですわ」 「いや、明日か明後日ぜってー晴れるんで、そんときキャンプする予定だし、ゼンゼン大丈夫っす」 「降水確率は低いです」  二人で真剣に言うと、野上さんは楽しそうにコロコロ笑って、夕食も一緒にどうかと誘われたので「もちろんッス」と快諾した。  時間あるし、いったん部屋に戻って大浴場に行くことにする。温泉じゃねえけどデカい風呂だ。ざっと身体流してデッカい湯船に浸かる。やっぱ寮の風呂よりカッコイイつか、くつろぐつか。 「ふわぁぁぁ~」  なんて声漏れちまったら丹生田は少し笑ってた。ううう、やっぱ可愛いぜっ! 「うっわ~、湖の向こう山あるじゃん!」  なんつって誤魔化す。 「ああ」  丹生田も窓見ながら、目を細めてる。  でっかい窓から山とか湖とか見えるし、やっぱ寮風呂とは違う。 「コレ晴れたら最高だろな~」 「雨も、悪くはない」  窓見てる横顔は、ずいぶん柔らかい表情だった。 「だな! ちょい雰囲気あるよな、雨の湖もさ!」 「ああ」  なんて言いつつ、ちらっと拓海を見ると、すぐ目を伏せて湯で顔を洗う。  なに照れてんだよっ! なんて思いつつ、やっぱ丹生田と居るとなんでも楽しいぜ! なんてニヤニヤしつつ、また窓の外を見て「気分良いなあ」とか声を上げたりして。  ゆっくり風呂楽しんで、約束通りメシ食いに行くと、野上さんと同じテーブルに女子がいた。こっち見て「あの人たち?」と野上さんに声かけてる。  まっすぐの黒髪で、前髪ぱっつんで、清楚なお嬢様って感じ。高校生くらいに見えるけど、大学に合格したとか言ってたよな。 「あらあら、お待ちしてましたわよ。ご一緒にいかがかしら」  ニッコリ笑った野上さんが誘ってきたので、素直に同じテーブルに着く。 「ご紹介しますわね、こちらは孫のはるひでございます」 「あ、どうも」 「…………」  それぞれ礼を返したら、 「こちらが藤枝さん、こちらが丹生田さんよ」  野上さんが紹介してくれて、はるひちゃんは「こんにちは」キラッキラな笑顔を返してくれた。 「おばあちゃんがお世話になりました」

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