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147.姉崎の計算

「十五時か……」  食堂は十七時から通常営業、つまり寮の食堂に戻る。準備もあるので十五時半以降は食堂の主、おばちゃんたちに返さなければならず、片付けに三十分は必要だから、寮内喫茶は十五時で営業終了しなくちゃならない。  屋台は学祭が終わる二十一時までやるとはいえ、アルコールは出せないし、十一月末で夕方から肌寒くなるから、これから客足は鈍ることが予測されるっていうのに。  イベントが呼び水となって人が集まりだしたのは、十三時を過ぎてから。午前中は予測より人が来なかったんだよね。つまり現時点、予測通りの利益は上がっていない。  各部屋の展示などで利益を得てはいけないっていうのは、監察で決定し風聯会で承認したモノなので動かせない。つまり利益を得られるのは、食堂を利用した喫茶、駐車場の屋台村、そして和室のマッサージのみなんだけど、和室の利用者はきわめて少ない。さらに喫茶の方が単価高くて利益率良いというのに、これから屋台だけの営業となっちゃう。  安心出来る避難場所が必要だ! という意見を抑えきれなかったので、娯楽室は最初から使えないから、次善の策として二階集会室を休憩場所兼待合室として利用出来るようにしている、けど利用は多くない。  屋台で並んでいる人、寮内に足を踏み入れる人へ、休憩所利用を促すよう声かけすると指示を出したのだが、休憩所の利用は少ない。やっぱり一階と二階じゃ使いやすさが違うのか? いや違う。アナウンスが徹底できてないんだ。 (言われた通りにちゃんとやれよ)  けど舌打ちしたい気分なんて、もちろん顔には出さない。感情を読ませるなんて迂闊なことは絶対しない。だってそんなの負けじゃない?  だから僕は、『爽やか』なんて評価されてる笑顔を、駐車場に足を踏み入れた三人の女の子に向けた。 「いらっしゃいませ」  丁重に席へ導き、椅子を引いて座らせ、メニューを示して笑顔で説明する。少しジョークも交え、嬉しそうな女の子たちに一品多く注文させる。後で味の感想でも聞きに行くフリして、とっておきの流し目でも使い「友達に宣伝してね」なんて付け加えるのも忘れない。  一人でも多く入れて、百円でも多く使わせなくちゃならない。だから僕なりに最大限出来ることをやってる。全体統括させてる橋田は不満そうだったけど、じゃあ橋田にコレやれるのか? ってことだよね。  渋めの試算を出した会計に、もっとイケると下駄を履かせ、風聯会から予算を引き出したのだ。黒字にするのは当然だけど、より多く利益を出して、頑固なおじいさんたちに僕が有能だと認めさせなくちゃ、この先やりにくくなってしまう。  思ったより利益が上がっていないとはいえ、ココで腐る必要は無い。まだ一日目、明日と明後日で挽回すればいいだけ。  その為に採るべき方法は? 誰になにを言えば効率的だ? ステージが客寄せとして使えることが確実になったから、アサイチでやらせるべきか? しかし出場者を今から募っても朝に集まるか?  考えることは山ほどあるのに、接客にも手を抜けない。 「いらっしゃいませ。どうぞ、お席へご案内します」  椅子を引いて座らせ、飲み物だけを注文した四十代とおぼしきお姉様がたに、追加でガレットを注文させた。 「絶対気に入っていただけると思います」  なんて、極上の爽やか笑顔を向けてあげる。腹の底ではイライラし続けてるんだけどね。  そもそも藤枝だ。あれが全然思い通りに動かないのが、一番イライラする。  寮祭なんて言ったら、ほっといてもテンションあげて騒ぐだろうと読んでたのに、なぜかテンション低め。  使いどころを間違えなければ、意外と藤枝は使えるんだ。だから本番に向けてテンション上げておこうと、事前に動いたのだ。  どうせ何回か行かなくちゃだった風聯会。藤枝はおじいさん達と逢うと機嫌良くなるから、適当に理由つけて連れて行った。健朗で簡単にメンタル動くから、なにげなく車で送り迎えしてると言っといたら案の定、健朗はいちいち迎えに来た。ここまでは計算通り。帰りの車で後部座席に二人並べとくなんて、僕もやってるコトけなげだよね。ともかく健朗とは良い雰囲気なんだから、このローテンションはいつものパターンじゃない。  なぜここまで藤枝のテンションにこだわったか。メインのイベント、激辛うどんトライアルを藤枝に任せたかったからだ。  チラシや貼り紙じゃ訴求力イマイチだろうなと思ったし、ウェブ中継を実施したのも、あの顔でニコニコ元気に盛り上げたら、勝手にSNSで拡散してくれると計算したからだしね。僕がこんなカッコしてるのも、ネタになれば客引きになると思ったからだし。  なのに藤枝はイマイチなまま、いつも通りのテンションに戻らなかった。健朗とはうまく行ってるみたいだから、良くあるパターンじゃないのは分かるけど、盛り上げ役として使えなくてイラッとしたけど、失敗は許されないから、いざというときに動じないフォロー力に期待して、念のためサブに宇梶をつけた。  蓋を開けたら午前の部はうまくやってたから満足したんだ。  よし、これで口コミOKだな。午後にはもっと集客見込めるだろうと確信した。事実、午後の部はかなり人が集まった。  なのにその午後にコケるって最悪でしょ。なんでこのタイミングでこうなるかな。宇梶のフォロー入ってなんとかなったけど、こいつはこいつで好き勝手やりすぎ。  『激辛うどん 一杯三百円』  気がついたら殴り書きの貼り紙がステージ脇に貼られていてイラッとした。せっかく模擬店と違う完成度を目指してたのに、レポート用紙にサインペンの殴り書きって! ぶちこわしじゃないか!  けどその前に行列ができていて、今さら剥がすわけにも行かない。だいたい激辛うどんを売るなんて聞いてない。分かってたらそれなりの準備はした。  どういうことだよ、と文句を言ったのに、「どうよこの人気! 俺もやるもんだろ?」宇梶はヘラヘラ笑った。 「予選敗退した女の子が『辛かった~、けどうまかった~、ゆっくり味わいたい~』とか言うからさ、良いよって出したンだけど、それ見てた連中が『一杯だけなら食べてみたい』って言いだしてよ! なら売っちまうかって」  挑戦者の数も食べる量も多めに見積もってたから、量的にかなり余裕があった。けど「それならそれで、どうして僕に相談しないの」と言ったら「は? なんで?」宇梶は目を丸くした。 「売り上げになったんだからいいじゃんよ」 「細かいことは良くねえか? 売れたんだから」 「なにカリカリしてんだ?」  宇梶だけじゃ無く仙波や瀬戸まで苦笑いで言う。なにがカリカリだ、と内心イラッとしつつ、ことさらにこやかに言い返す。 「これは事業だって言ったよね。売るんなら五百円くらいにして、一杯あたりの量も、もっと少なく……」 「なーにセコいこと言ってんだよ」  と仙波。 「わんこで入れる量より多くしねえと、味わいたいってんだからさ」  瀬戸がポンと肩を叩く。 「おいおい、学祭だぜ? ノリで食う程度のモンで、五百円じゃカネ出す気失せるだろーが」  宇梶がせせら笑った。 「ちっと考えろよ、おぼっちゃま」  ――――ああ、イライラする。どうしてどいつもこいつも指示に従おうとしない?  つまりかなり苛立っているわけだけど、笑顔は絶やさない。むしろこういう時こそ笑うようにしてるんだよね。内心を読ませるなんて迂闊なことは絶対にしない。イラついてるなんて悟られたら負けじゃない?  負けるのって嫌いなんだよね。  賑わいを見せる駐車場、もとい屋台広場を見渡しながら、ぐつぐつと煮えたぎりそうな腹の中を微塵も表さぬ笑みを湛え、思考は進んでいく。  自分が他人からどう見えているか、どういう印象を持たれがちか。  それを知り、利用できるものは最大限利用するべく計算して行動するのは当然のこと。むしろ、そうしないなんて単なる馬鹿だ。

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