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195.鉄とオーク
車ん中で怒鳴りまくって、なんとか自分を立て直し、デカくて古ぼけた、倉庫にしか見えない工房に到着した。
ンで今は、入り口横にあるプレハブ事務所に入って、笑顔で名刺を差し出してる。
「佐藤さんの紹介で参りました。六田家具の藤枝と申します」
「ごていねいに、どうも」
言いつつ両手で丁寧に受け取り、名刺を返してくれたのは大鳥哲也さん。佐藤さんが気になってるって言ったひとだ。
「佐藤さんからは、僕の仕事を見せたい人がいるとしか聞いてないんですが」
ぼさぼさのロン毛一本縛りにバンダナ巻いて、Tシャツにジーンズつうラフな格好で、三十代半ばくらいに見える。
「はい。勉強させて頂きたいです。俺も手作り感のある家具が好きなんで……お邪魔にならないようにしますんで、どうぞお仕事続けて下さい」
「いえいえ、ちょうど昼休憩してたんで」
「あ~、お休みのトコ済みません」
「いえ、休憩とか適当なんで」
大鳥さんはニッと笑ってる。めちゃ機嫌良さそう。
「ひとりで作業してるんで、ほんとチョー適当で。じゃ、どうぞ、早速」
愛想良く言って工房に招き入れてくれる。この人分かりやすいっぽいな。はっきりした顔立ちだからか、根が素直な人なのか。
「いやあ、ほんとに話し相手がいると嬉しいモンなんですよ。こういうの好きだと言ってくれるひとなんて、チョー珍しいんで」
中はだだっ広くて天井も高い。やっぱり外から見た通り、工房って言うより倉庫って感じだ。
作業用の機器や作業台なんかが点在して、材とか道具とか、きちんと整理されてる。掃除は行き届いてるな。一部囲ってあるとこもあり、なんだけど、……うーん、なんつうか広さ持て余してる感じだ。
そんでも奥には材を乾燥させるスペースもあって、この中で作業は完結出来そう。いいなあ、うちの工房もコレくらい広かったらもっと作業しやすいんだろうけどなあ。まあ、それはいずれ、として。
今はこの、めちゃ嬉しそうに工程途中のものや完成品とか機材なんかの説明してくれてる、大鳥さんのことだ。
佐藤さん情報によると、大鳥さんの実家は道内で指折りの木材商らしい。他業態も色々展開してて、けっこう大きな会社なんだって。
そんで旭川からだいぶ北にあるこの町は、昔木材流通の一大基地があった。今は寂れちまってるけど、その頃の施設なんか、けっこう使われないまま残ってるんだ。
大鳥さんの会社も昔ここに倉庫やらなんやら持ってた。けど建材の需要が低くなって撤退してから使ってなくて、放置されてたうちのひとつを今、大鳥さんが工房として使ってる、ってことらしい。
大鳥さんは木工工芸に特化した高校を出て大学へ進み、卒業後は小さい家具工房で修行してた。そのころ自分でデザインしたモノがコンペで賞を取って、大きい会社に引き抜かれ、そこに三年いて、去年独立した。
つまりたぶん、ココは元倉庫だったところなんじゃねーかな? 建材の加工だったらコレくらいのスペースいるのかな? なんて考えつつ、色々説明を受けて見せてもらい、「なるほど」とか「ここの仕事、面白いですね」とか言いながら(確かに決め手には欠けるなあ)と思っていた。
意欲は分かるし、新しいことをやろうとしてるのも分かる。センスも良いとは思う。
でも全部ひとりでやってるからだろう、やりたいことに技術が追いついてないし、仕上がったモノを見ても中途半端に見える。
「ここは、個人で?」
「まあ、そうです。じいさんがやってた頃の名残でココがあって、オヤジが使ってもイイって言ったんで、好き勝手にやらせてもらってるだけなんですがね。藤枝さん、こっちも見て下さい。ここなんですよ、苦労したの」
「ああ、なるほど。見たこと無いな~こういうのは」
あくまでひとりでやる、というならこれが限界だろう。けれどもしうまくプロデュースしたら。技術を持った職人を集めて、指針を与えて。そんなことを考えながら色々見せてもらって歩いて、「お茶でもどうです」と低いテーブルとパイプ椅子が置いてある一角へ誘われた。
「いやあ、今日は楽しいなあ、話の分かるひとと語り合うのは久しぶりですよ。佐藤さんはイイひとだけど、技術的な事分かってないですし。良くココに顔出す奴がいるんですけど、木のことなんてまったく分かってないのに偉そうで」
大鳥さんはニコニコして、電気ポットにミネラルウォーターどぼどぼ入れてお湯沸かしながら「最近、ハーブティーに凝ってましてね」なんてティーバッグを放り込んでる。
「どうぞ、ハチミツも合うんで入れてみて下さい。町でハーブとかやってる若い奴がいて、分けて貰ってんです。どうです、うまいでしょう?」
大鳥さんがしゃべってるの聞きながら、目はその下の────テーブル、に釘付いていた。
無骨な、インパクトある黒い鉄が、木目のきれいな天板に植物的なデザインでからみついて足となっている。天板は艶良く塗装されていて、それと黒い鉄の足とが、なんだか良い調和に見えた。
「大鳥さん、これは?」
「ああ、このテーブルですか? さっき言った、良く顔出す奴が、お茶くらい落ち着いて飲みたいからって、俺が磨いた板に勝手に足つけたんですよ。ホラ、さっきお見せしたティーテーブル、あれ作るつもりで磨いた板だったのに、勝手に。だからアレは二度目に作った天板なんです」
「塗装は、後からですか」
「そうです。白木のままだったんで、足ついた状態で塗装したんです。けど見て下さいよ、この足。適当臭い仕事でしょう? デザインってモンも木の活かし方も、まったく分かってないんですよ」
確かに、お決まりの手順は踏んでないだろう。仕上げも雑だし、製品として見れば絶対落第点。
けど今まで見たどんなモノとも、ちょっと違う。
「大鳥さん、この足つけたご友人はどういう人なんです?」
「ああ、実家継いで車やトラクターの修理とか、家の補修とか雪囲い作ったりとか、なんでもやってるんですよ。昔、鉄工所で働いてたころ覚えたとかで、鉄いじりたいとか言って勝手にやって来ちゃ、好きなモノ作ったりしてるっていう」
「鉄加工ですか? ここで?」
「ええ、あっちの角に隔離してますけどね。とにかくうるさいし、けっこう邪魔なんで」
指さした倉庫の奥に、さっき見た、コンパネで囲んだ一角があった。
「あそこも見せてもらえますか」
そっちへ顔向けながら言うと、ガラガラ音がした。
入り口方向を見た大鳥さんが「お~い、なんだよ」うんざりしたような声をあげ、「はい?」思わず大鳥さんを見る。
「あ、すいません藤枝さん。なんか本人来ました」
向けた手の方向は入り口で、作業服上下に身を包んだゴツイ男が入り口を開き「よっす~」猫背のまま片手上げていた。
「おまえ~、また仕事サボってんのかよ」
「ちげーって、サボるほど仕事ねえ……って、あ」
無精ヒゲの目立つビックリ顔で「お客さんスか、すんません」即座に回れ右したので「あっ、ちょい待ちっ!」思わず声かけると、顔だけこっち向いて「へ?」間抜けな声出してる。
「あれ、あのテーブルの脚、あなたが?」
「へ?」
「済みません、藤枝と言います。いま、大鳥さんの仕事を見せてもらってて」
「は、マジか、おまえの家具売れるのか」
ホワンとした顔で、間の抜けた声を漏らす男に、「だから!」大鳥さんが声を荒げる。
「その瀬戸際なんだよ! 少し黙ってろよ!」
「いえっ、一緒にお話聞かせて下さい。……改めて、藤枝と申します」
男へ名刺を差し出すと、「あ、ども」受け取ってほけっとしてるので、名刺は持ってなさそうと思いニカッと笑顔で聞く。
「失礼ですが、お名前を聞いても」
「あっはい、照井ススムって言います、ども」
にへらと笑いつつ片手で頭ボサボサにかき回してる様子に右手を差し出すと、「あ、はは」がっしり握り返された。
「ども、ども」
無精ヒゲ生やしたゴツイ男がニヘラと笑うのが本当に嬉しそうで、なんだか和んでしまって、ニカッと笑い返した。
照井さんも交えて大鳥さん自慢のハーブティー飲みながら、あのテーブルを囲んでまったり話をした。
工房の周囲の状況、資材はどこから仕入れてる、最初はそんな業務の話。元々この辺は林業で栄えた地域で、杉なんかの建材を主に生産していた。だけど安い輸入材に押されて需要が減り、一気に衰退した、という歴史があるらしい。
そこで鬼胡桃 、桜 、楢 、楡 、櫤 、栓 、樺 など、家具に使うような高級木材にシフトしていこうという動きがあるらしい。
つっても木材はすぐに育たないから、今のところは里山なんかに元々生えてた材を使って、こんなんありますよ、ってアピール中なんだって。そんでその材を大鳥さんにも一部供給した。プラス端材で小物とか色々作ってる。
ココの材を使った完成品は、地元の振興センターとかに卸したり、小物も道の駅や温泉に置いてみたりしてんだけど、ゼンゼン売れてないらしい。
「ま、自給自足的な感じでやってけるんで、なんとかなってますけど」
「みんな野菜とか持ってくるんで、食うの困んねえしな」
大鳥さんが言うと、照井さんもニコニコうんうん言ったりして、かなり仲良しな感じだ。
最初のうちはそんな風に真面目な話してたんだけど、徐々に打ち解けてきて、好きなモノとかやりたいこととか最近の出来事とか、って感じの世間話になり、気がついたら軽く二時間ほど過ぎてた。
「あ~、なんか済みません長居しちゃって。お仕事の邪魔になりましたよね」
恐縮気味に辞意を告げると、
「いやあ、楽しかったし」
大鳥さんがニコニコして、隣で照井さんもニマニマ頷いてたんで、
「じゃあ、また遊びに来ます」
とか言って帰ったのだが。
帰りの道、ハンドルを握りながら、頭にはあのテーブルが、やっぱり残ってた。
天板は樫 だった。硬くて強くて狂いも少なく、木目の重厚さもあるんで、家具材として人気ある。けど乾燥も加工も難しい、扱いづらい材だ。
美しい木目と、ちょい植物的な鉄の造形が、なんでこんなに気になるのか。
鉄は硬くて重くて、ちょっとやそっとじゃ動かないけど、熱すればいくらでも形を変えられる。
鉄に比べればオークは柔らかい。けど加工は難しいし、一旦成形したら形は変えられない。
(ああ、……そっか)
つうか、オークの天板を不思議な存在感で支えてる鉄の脚、その造形を見てて、それで連想しちまったんだ。
曲がらないまっすぐさ、傍目には頑として動かないように見える丹生田は、でも徐々に自分を変えて、成長していってる。反して俺は、一見人当たり良く、だれにでもあわせてるように見えて、でも自分を変えられないでいる。
(俺と……丹生田みたい、なんじゃね?)
そんな風に思っちまった。
そう気づいて、「やっすいなあ、俺」ひとりの車内で苦笑と共に呟いた。
ともかく、佐藤さんトコ行って感じたことを伝えないといけない。車を走らせながら、余計なことを頭から追い出して報告書的なモンを脳内で練っていく。
ちんたらしたら、時間がもったいないって感じで怖い雰囲気出されるから、ちゃんとしねーと。
(あれ、ちゃんと形に出来ないかな)
なのに、そんな風に思ってしまう程度には、あのテーブルが頭に引っかかっていた。
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