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「アンデッドが出ますので、注意してください」  ダンジョンに入る前、男が俺に向かってそう言った。男の声を聞くだけでイライラする。昨日の浴槽を作った興奮も打ち消されるほどに。もう末期だろう。    アンデッドと言うのはスケルトンといった骨だけのものもいたが、ダンジョン内で死に絶えた冒険者のゾンビもいた。そいつらは確かに人の原形をとどめていて、それを叩き斬るというのは御免蒙りたかった。  聖女が前に出て、なんの躊躇もなく聖魔法を使う。この世界の奴等は本当にゲームの中に生きてるように思えた。ここまであっさりと、元人間を葬り去れるのか。    こんなもんか。胸くそ悪ぃ。    男のいい方からして、アンデッドがいるこのダンジョンをわざわざ選んだように聞こえた。俺に元とはいえ人間を殺させるためだろう。  あの神殿でこのスケジュールを立てた神官たち。シナリオ通りに進むように案内するこの雑用係の男。無性に腹が立った。  いいぜ、やってやろうじゃねぇか。やりゃあいいんだろ?  俺はむしゃくしゃした気持ちを込め、最大火力を振り切る勢いで聖魔法を放った。それはフロア全体を浄化するほどの強大魔法になったが後悔はしてない。  女共がキャアキャアと俺に擦り寄ってきて、お互いの罵り合いを開始。よく飽きねぇな。    何階層か進んだところでコツリ、と靴先で何かを蹴りつけた。転がって行ったそれを手に取ると、それは冒険者の遺物か、傷だらけの金の指輪。内側には名前が彫ってある。結婚指輪か。そんな文化があるかは知らねぇがな。  潔く成仏しろよ。そんな歯の浮くような言葉をかけ、フロアごと浄化し尽くした。  ボスという名の雑魚を倒し、あっさりと攻略できたものの、ダンジョン内の肉の腐った匂いやら、歩く死体の姿やらで思いのほか精神的にやられていたらしい。ダンジョン内では興奮していて何も感じなかったが、夕食後に吐き戻した。宿の裏手の林でのことだったが、それを運悪く女将に見られ、アハハと笑われる。 「おまえさん、ダンジョンに潜ったのは初めてかい?」 「………」 「ハハ、初めは皆そんなもんだよ、気にしなくていい。無事に帰ってこれてるんだから、それで十分さ」  俺みたいなチートがなければ、無事に帰ってくることなんて保証されていない。ま、普通はそうだわな。 「うちの主人は稼ぎに行ったっきり帰ってこないからねぇ…。何とか一人でやり繰りしてるけど、まあ、辛いもんは辛いさ」    冒険者という職業があるのだから、それで飯を食っている人間がいて当然。  だが、冒険者で圧倒的な強さを持つ者なんて一握りであり、皆が死と隣り合わせ。そんなことは…分かってるつもりだ。 「なあ、女将さん。これ誰のか知らねぇが、心当たりあるなら渡して。そこのダンジョンで拾った」  ポケットから取り出した鈍く光る金の指輪を女将の手に握らせた。女将はその指輪を摘まむと、内側を覗き込んで目を細めた。 「結婚指輪かい? まー、あんたいい子だねぇ。こんなの売っちまう奴が多いのに。…こりゃ、2本向こうの通りにある八百屋の旦那のだね。しっかり渡しとくよ。ありがとねぇ」  実は女将の主人の…、なんていう物語のような感動的な流れにはならなかったが、これはこれでいい。  汚物を燃やし切って立ち去ろうとすると、女将に呼び止められ、「お礼といっちゃなんだけど」、とある果物を渡された。それはあの家畜のエサだと言っていたみかんのような果物。 「家畜にでもやれって?」 「はっはっは。確かにお貴族様は家畜の餌だと思ってるけど、吐いた後の水分と栄養の補給にはぴったりなんだよ。風呂の後にも最適さ。庶民の知恵ってやつだよ。ま、頑張んな!」  背中をバンと叩かれて、久しぶりの痛さに呻いた。ひらひらと手を振る女将の後姿を見送ってから、俺は手の中にあるその果物を見つめた。 【レニン】 甘さ控えめの果物。水分や栄養が豊富。熱い地域で取れる。カーヴの好物として知られている。 皮をむいて、内側の薄皮に包まれた果肉を食べる。  鑑定をしてみれば、女将の言った通りだった。 「あいつ…」  分かってたのか。この果物の事も、俺が食べないんじゃなくて食べれなかった(・・・・・・・)ことも。  あいつを見直すか。女共に口答えできるはずもない。今ならわかる。これからは俺がちゃんと鑑定すればいい。  ま、俺が苦しんでんのを見て楽しんでるとんでもねぇクズかもしれねぇがな。

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