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【Xmas番外編】空っぽの宝石箱

「くりすます、ですか?」  リビングの一画で積み木を積んでヒロとハルナが破壊するという遊びを楽しんでいると、何やら天井につきそうなほど大きな木が運ばれてきた。その木は偽物らしいけれど、緑が茂る立派なものだ。  ハルナとヒロは興味津々でキャッキャと声を上げながらパチパチと手を鳴らしている。 「ある偉い人の誕生日なんだよ。それを祝う日。まぁ、ただ騒ぎたいだけって言うのもあるけどな」 「へぇ、おめでたい日なんですね。でも…その木と何か関係あるんですか?」 「飾り付けして、楽しむんだよ。ほら、」  ハヤト様が開けてくれた段ボールの中には光沢のあるボールやキラキラした星、人形などたくさんの小物が入っていた。 「――わぁ…っ! 宝石箱みたいですね!」  妹が小さかったころに部屋にあったおもちゃ箱みたいだ。たくさんのぬいぐるみとおままごとセット。ミニドレッサーとキラキラしたアクセサリー。  たくさんのおもちゃに囲まれてる妹を見て少し羨ましかった。そんなこと口が裂けても言えなかったけれど。僕と違って、妹は家族にとって必要な存在だったから。 「…ベルネ?」  何の気なしに手に取った赤い服をまとった白髭の人形をぼんやりと眺めていると、ハヤト様が僕の顔を覗き込んできた。   「えっ、あ、なんで髭の人形があるんだろうって、これっ」  自分の顔を隠すようにハヤト様の顔の前にその人形を突き出した。  少しわざとらしかったかもしれない。しばらく無言のハヤト様にヒヤヒヤしする。   「……それはサンタクロース。トナカイと一緒にクリスマスプレゼント運んでくるんだよ」 「クリスマスプレゼント…?」 「子供はいい子にしてたら、サンタからプレゼントもらえんの」  僕の手からひょいと取り上げた『さんたくろーす』を馬のような動物が引いているソリの上に合わせて、「こんな感じで来んの」とハヤト様が実演してくれる。  空を飛んでくる、と聞いて驚いた。こっちでも魔法のようなものはあるらしい。その上、子供が望むものが分かってしまうのだとか。  そんな『ちーと』を持った人がいるなんて、歴代の勇者様が残した記録には書いていなかった。僕が知っていたのは極々一部に過ぎなかったんだろう。 「で、これをこうやって…好きなところに引っかける」  お手本に、その『さんたくろーす』と『となかい』に付いた輪っかに木の枝を通した。これなら僕にでもできそうだ。 「これ全部かけるんですか?」 「全部でもいいし、好きなのだけでもいい」 「じゃあ、僕もお手伝いします」  そう言って立ち上がった時、ゆさっと木が揺れた。足元を見れば、ヒロとハルナが枝に手を延ばし、グイグイと引っ張って遊んでいる。 「あ、ダメだよ。倒れたら危ないからね」  やんわりと二人の針のような葉を握った手から剥がそうとするけれど、子供たちの力は意外に強い。こんな可愛い手なのに僕より握力があるとか信じられない。  僕の非力さは向こうの世界で見せてもらったステータス画面で確認済だ。 「これやるから、遊んどけ」  ハヤト様が声をかければ、ヒロとハルナはハヤト様の手の中にあるキラキラと光を反射するボールに釘づけ。手からはみ出る大きさのボールを小さい手で大事に包み、一周見回してパクリと口に咥えた。数秒もすれば涎まみれだ。葉の次はボールが犠牲になった。  そんな二人の頭をポンポンと軽く撫でて、ハヤト様がゆったりと微笑んだ。  きゅん、と胸が鳴る。  無愛想と言ってもいいハヤト様の笑顔には破壊力がある。特に子供たちに向けるものは格別なのだ。  僕がハヤト様の笑顔に見惚れていると、パタパタとスリッパが床を叩く音がして、アヤコ様が顔を覗かせた。 「あ、やってるやってる。ベルネ君、久しぶり!」 「こんにちは、アヤコ様」 「何が久しぶり、だ…。三日前に来たくせに」 「なになに? 何か言った?」  ぶつぶつと文句を垂れていたハヤト様は、アヤコ様がニヤニヤとした笑みを顔に浮かべると、悔しそうに押し黙った。  最近ハヤト様はこの顔をしたアヤコ様にめっぽう弱い。何か弱みを握られているのだろう。ちょっと不貞腐れたハヤト様が可愛かったりするから、僕はそのハヤト様をにっこりと眺める。   「私も手伝う―。ベルネ君、どっちがたくさんつけれるか競争ね」 「えっ! は、はい!」  よーいどん、とアヤコ様が掛け声をかければ、アヤコ様が先制する。僕も負けじとたくさんの飾りを腕に抱え、後を追う。いつの間にか飾り付けに没頭し、最後の一個をアヤコ様にお譲りすれば、段ボールの底が露わになった。  それはちょうど、ショウコ様がティーセットを乗せたトレイをダイニングテーブルに置いたのと同時だった。 「はい、みんな、飾り付けが終わったらお茶にしましょうね」 「お母さんナイスタイミング! 私も焼き菓子お土産に買って来たから」 「あら、綾ちゃん、素敵だわ。ちょうどそこのお菓子買ってきて欲しいって思ってたの」  紙袋から取り出されて、バスケットの上に並べられていく焼き菓子たち。  マドレーヌにフロランタンにカヌレ。前に頂いた時は、涙が出るぐらいに体中幸せに満たされたのを覚えている。それを思い出して、唾が口の中に溜まってきてしまう。 「でしょー。ベルネ君も絶対喜ぶと思って」 「えっ」 「ここのお菓子好きだものね」  じっと見ていたのを知られてしまったらしい。恥ずかしい。  控えめに「はい」と返事すれば、ハイタッチする母娘。その姿はとても微笑ましかった。  僕はそれを眺めながら、程よく蒸された紅茶をカップに注いだ。  この暖かい空間に僕がいられるなんて、なんだか夢を見てるみたいだ。  ハヤト様の家族が僕の家族になる。  ハヤト様がこちらの世界に来る前に僕に掛けてくれた言葉。それが実現しているかのようで…。    僕は目頭が熱くなるのを必死で目を伏せて、やり過ごした。 「じゃ、行くか」  お茶の後片付けを終えた後、ハヤト様がポツリとそういった。 「「行ってらっしゃーい」」  ショウコ様とアヤコ様は、かぼちゃの煮物に夢中のヒロとハルナの手を取って、バイバーイと手を振った。  グイっとハヤト様に手を引かれて、僕は「いってきます」と慌てて手を振り返した。   手袋をして、分厚いコートの前をしっかり留めて外に出れば、頬を冷気が刺す。流石に車内も冷えていて、体がブルリと震えた。 「今日、泊りだから」 「えっ!?」  僕が驚いて声を発してもなんのその、ハヤト様はそのまま車を発進させた。  泊りって、家に帰らないでどこかに宿泊するということなんだろう。ヒロとハルナ、大丈夫かな。ずっとベッタリだから、一晩離れるとなるとそわそわする。 「心配すんなよ。ちゃんと見ててくれるから」  ハヤト様に頷き返した後、車に揺られること一時間。着いたのは旅館だった。どこかで見たことのある佇まいだと思えば、隣国で見た宿に似ていたのだ。  着物という伝統衣装に身を包んだ女性が案内してくれた部屋は二間続きの部屋だった。部屋にはベッドも置かれている。ただ、二人で過ごすにはこの部屋は広過ぎるような気もした。   「ハヤト様、こんな部屋…」 「少し奮発した。だから楽しめよ」 「はいっ!」 「なら、早速風呂に入るか」  ハヤト様の大好きなお風呂だ。こちらに来てから僕も毎日お湯に浸かるようになると、気持ちよくて入らないと物足りない気さえするようになってしまった。  その目的のお風呂は窓を開ければ、すぐそこにあった。露天風呂だ。  服を脱いで外に出れば極寒。 「わ。寒い」 「すぐ温まるから、はやくかけ湯しろ」  ハヤト様に促されるままに、桶でお湯を掬って脚に掛ければ、冷えた足がジンと痺れる。ハヤト様がゆっくりと足を浸けるのに倣い、後に続いた。  入ってしまえば、極上の感覚を味わえた。頭は寒いのに体は温かくて、気持ちよさにうっとりとしてしまう。 「気に入ったか?」 「…はい。とても」 「そうか」  ハヤト様の吐いた息が湯気と共に宙を白く染める。僕はそれが消えゆくのを静かに眺めた。  ハヤト様が空を仰ぎ見るのにつられて僕も見上げれば、くっきりとした輪郭の月がしっとりと輝いていた。お湯の流れ込む音以外、何の音も聞こえない。とても静かな空間だった。 「なぁ…」 「はい。なんですか? ハヤト様」 「……元の世界に…戻りたいって思うか?」 「え…」  僕は目を見開いた。  ハヤト様の口から出てくるとは思えない言葉だった。ハヤト様の横顔をただ見つめた。 「ぼーっとしてることが増えた」 「あ…、それは…」  多分、自分の時間をどうやって使っていいか分からないからだ。 「…僕、起きてる時はずっと動きっぱなしで…ゆっくりお茶をする時間も、だれかと腰を据えて話することも、あちらではできなかったな、って思って…」 「…………」 「でも…こちらではたくさ、ん……っ…」  どうしてだろう。喉が締め付けられる。嗚咽が勝手に漏れて、視界がぼやけた。 「…ベルネ…」 「こちらに、来たことが…夢なんじゃ…って…、朝起きたら、向こう、に…戻ってるかも、って…」  ぽろっと顎先から雫が落ちた瞬間、水音と共にハヤト様の腕の中に収まっていた。   「…んなこと思ってたのかよ」 「だって…僕…もう、ハヤト様がいないと…。…それに…ハルナだって、ヒロだって…」 「――ベルネ」  僕の言葉を遮るようにハヤト様は鋭い声を発した。その呼び声に僕は「はい」と返すしかできず、両腕を掴んで僕を強く見据えるハヤト様の目をただ見つめ返した。 「おまえはちゃんとここにいる」 「はい…」 「もしこれが夢だったとしても、俺が何回でも連れて帰ってきてやる」 「…え…」 「何回でもあっちに行って、おまえを連れ帰ってくるために何回でも魔王を倒す」  僕は目を瞬かせた。  「俺も…夢なんじゃないかって思うことがある。朝起きて横におまえがいて、ホッとする時もある。だから、そう思うようにした」 「ハヤト様…」 「また、俺の盾になってくれるんだろ?」 「――もちろんです!」  あの状況になれば、僕はまた同じことをすると思う。ハヤト様が同じ気持ちでいてくれるかは分からないけれど、僕は確実にあの行動をとる。  その想いを込めて即答すれば、ハヤト様は少し目を見開いてから、くくっと笑って目を細めた。 「バーカ。絶対にあんな目に遭わせねぇよ。あんな気持ちになるのはもう懲り懲りだからな。魔王倒して即刻おまえ連れて戻ってくる」  あいつらに後処理丸投げにしてな、と冗談めかしつつ笑うハヤト様。その笑顔を見れば、キュウキュウと胸が締め付けられる。  ハヤト様は分かっていないのだ。その言葉がどれほど僕の心を光で照らすことになるのか。 「ハヤト様」 「ん?」 「……キス…したい、です…」  溢れる気持ちを声に出せば、ハヤト様が固まった。ゆっくりと目が逸らされ、ハヤト様が前髪を掻き上げつつ頭を抱えた。  大きくため息をついた後、ハヤト様がポツリと何かを呟いた。え、と聞き返そうとすれば、ザバッと波を立てながら立ち上がるハヤト様。 「ほら上がるぞ」  そう言われて、僕はハヤト様の後を追った。  脱衣所に用意されていたバスタオルで体を拭いていれば、急にハヤト様に膝を掬われた。訳が分からない。  呼びかけるものの、聞こえないふりをするハヤト様に抱え上げられ、あっという間にベッドに連れて行かれてしまう。  ここまでくれば、僕にだってこれから行われようとしていることは分かる。 「ハヤト様…」 「キス、したいんだろ?」  口端を上げたハヤト様は、ほら、と僕にキスを要求してきた。自分で蒔いた種は自分で刈り取るしかない…。   滅多に自分からすることがないため、僕の頬はお風呂に入っていた時以上に上気し火照っていた。  ハヤト様の足を跨ぐように座り、頬に手を添えて、唇に触れる。愛しいハヤト様の唇。さっきまでお湯に浸かっていたからか、しっとりと柔らかかった。  何度か触れるように唇を合わせれば、迎え入れる様にハヤト様の唇が開いた。誘われるように舌を差しいれると、絡めとられ吸い上げられる。頭の芯がじりと痺れ、思考が停止する。感じるのはハヤト様の熱だけ。 「ん……ん、…はぁ…」  息苦しさを感じて体を離そうとすると、ハヤト様の手が僕の後ろ髪を梳き上げながら、それを阻止する。より深くなるキスに溺れそうになる。  同時に僕の小さいながらも健気に立ち上がったものに手を這わされれば、目の前に閃光が走った。快感が辛い。 「んーっ…ン、ン……は、ぁ…ん」 「…ん…ベルネ…」  ハヤト様の唇が僕の首に吸い付きながら降りていく。ピリピリと電気のようなものが背中を駆け抜け、僕はビクビクと体を反らせた。  それは故意ではないにしろ、僕の胸をハヤト様の方に突き出すということであり、見事に僕の胸の突起はハヤト様の口に弄ばれることになる。   「ん、ぁ! あ、だめ…っ…むね……ぁあっ…!」  背中に腕を回され、固定される。胸と僕の僕を激しく愛撫されて、僕は啼き喚きながら絶頂を迎え、意識を飛ばした。  意識を取り戻した時、丁度ハヤト様のエクスカリバーが、僕が飛んでいる間に解されたであろうソコに押し当てられているところだった。 「…ぁ…ま、まって…ぇ…」 「待てるわけねぇだろ」 「っぁあ――!」  目の前に火花が散る。  こちらに戻ってきて『ちーと』はなくなっているはずなのに、どうしてか僕の快感ポイントが的確に突かれる。  そのせいで僕の体もおかしくなってしまった。どんなふうにかというと、ハヤト様に穿たれるたびに、先端から得体のしれない液体が出てくるようになったのだ。  最初はお漏らししたのかと思って、最中に大泣きしてしまったけれど、そういう訳ではないらしい。   「…や、ぁあ…、ん…ぁっ…」 「なにが、嫌?」 「だ、って…でちゃ…ああ、あ…」  今だって、びゅっびゅっと先端から溢れ出て、僕のお腹をぬらしている。これは自分の意志でどうすることもできない上、セックスが終わった後の後片付けが大変なのだ。  けれど、ハヤト様はそんなこと構わず、肌を打つ音が響くほど、いつになく激しく抽送を繰り返した。 「あ、ああぁ、ぅ…あー、ぁ…ぃ……ィク……イク――っ!」  激しすぎる快感に、ハヤト様の肩をギュっと掴んで首を反らせた。熱いものが解放されるのを感じながら、痙攣する内壁でハヤト様を喰い締める。 「…っ…!」  ハヤト様が眉を寄せて、僕の腰を持つと最奥に打ち付けた。ハヤト様の汗が僕の肌に落ちてくるのと同時にジワリと奥に熱を感じて、僕の中にハヤト様のものが放たれたことを知った。熱い。熱くて中から溶けてしまいそう。   「…っ…は、ベルネ…」 「ん…ぅ…」  荒い息のままハヤト様が僕の唇を塞いだ。息苦しいのに気持ちいい。のめり込むようにキスを交わして、気が付けばハヤト様は僕の中で堅さを取り戻していた。  再開されたピストンに悲鳴を上げつつ、僕はハヤト様に満たされる喜びをひしひしと噛みしめた。    腰が抜けた僕をハヤト様が抱えてお湯に浸からせてくれたおかげで、体もきれいさっぱり。  少し熱が冷めれば、心地いい倦怠感と眠気が襲う。  「これ、やる」  気持ちいい浮遊感を感じていると、ハヤト様が濃紺の上品な包装紙で包まれた小さな箱を僕に手渡してきた。 「? なんですか、これ」 「少し早いけど、クリスマスプレゼント」 「えっ、ハヤト様、サンタクロースに貰ったんですか?」 「……違う。俺からおまえへのプレゼント」 「…ハヤト様から…。サンタクロースじゃなくて…?」  クリスマスプレゼントはサンタクロースから貰うって言っていたのに。僕は首を傾げた。 「当たり前だろ。おまえを喜ばす役目を好き好んで他人に譲るかよ…」 「…………そ、それって…」  そういうことだ。  ハヤト様の独占欲的なものを感じて、僕の心が歓喜に舞った。   「あ、あ、ありがとうございますっ!」  僕の顔はきっと真っ赤だ。  だってハヤト様の顔だって、ほんのり色づいているぐらいなのだから。    プレゼントの中身はハヤト様が手作りした指輪だった。  あちらの世界では指輪を送り合うという文化がなかったため、結婚式を挙げただけだった。それに、特に結婚を証明するものもない。  だからこそ、こちらに来てからショウコ様の指に嵌められた指輪に少し興味を持っていたのだ。  こんな形でプレゼントしてくれると言うことは、それに気づいていたということだ。ハヤト様は勘が良すぎて困る。  その指輪に埋め込まれた宝石は異世界から持ち帰ったもので、知り合いにカットしてもらったらしい。やはりこちらの宝石とは少し違う様で、売り物にはならなかったようだ。  けれど、それは僕と共にこちらに来た、数少ないものの一つであり、僕にとって価値のある宝石だ。  ハヤト様が僕の指にそっと指輪を嵌めてくれる。  僕はその手を握りしめ、ぎゅっと胸に抱いた。  今まで空っぽだった僕の宝石箱の中で、宝物が一つ煌いた。

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