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『まあ、そんなこともあるよな』
1
俺のケータイが鳴る。
「晴航! どこにいるの?」
「純?」
俺は自分のいるファーストフードの名前を言う。
「近くにいるから、僕そこに行くから待ってて。」
純はなんでか知らないけど大慌てで、俺は口に食べ物がいっぱいで、会話が進まない。
「なんで、なにしに来んの?」
「なんで、なんで? 誰かと一緒?」
「ううん。そうじゃない。」
2
純が速攻で現れる。ヘアメイクの学校の帰りだな。髪が完璧に整えられている。顔の所々に化粧を落としたあとがある。アイシャドー。細かい粒子のキラキラ。ピンクやグリーンの。
「晴航。あのね、あのね、僕が晴ちゃんにあげたシャツあったでしょ?」
なに言ってんのか、よく分からない。
「なに? どれ?」
「ブルーのチェックのヤツ。」
「あー、あー、アレね。なんで?」
「友達が明日泊まりに来て、それで、それで、そのシャツ返してくれない?」
「どういうこと? ちゃんと喋れよ!」
俺は飲みかけのコークを純に渡してやる。
3
彼はグッと飲んで、大きく息を吸う。
「あのシャツ、その友達にもらったヤツで。」
「お前、人にもらったヤツ俺にくれたの?」
「そう、そう。」
「だってアレ、誕生日だってくれたんだぞ。リボンまで付けて。」
「ゴメン晴ちゃん。だってアレ、晴ちゃんの方が似合いそうだったから。」
4
純は俺に向かって合掌する。俺はそれが可愛いと思ったから、少し焦らす作戦に出る。
「その友達が来たって、あんなシャツのこと気にしないだろ?」
「そうかも知れないけど、分かんないじゃない?」
「俺、結構着てるぞ。昨日も着てた。あのシャツはもう俺に所有権が渡っているから、返すわけにはいかない。」
純が青くなる。
「もうー、晴ちゃん、そんなイジワル言わないでよー。」
5
純はガックリして、ファーストフードの列に並びに行く。そしてコーヒーとデザートを買って、帰って来る。
「晴航。明日だけでいいから。」
「絶対だな? 絶対返してくれるんだな?」
「返す、返す! 絶対、絶対!」
アレ気に入ってるんだから、返してもらわないと困る。大学に通うのに丁度いい。大学生らし過ぎず、トレンディー過ぎず。ブルーに、なんていうか、微妙なオレンジとベージュが絡まっている。割と高そうだし。
6
純はチラチラ俺の方をうかがいながら、食っている。ヘアメイクのスクールに通うようになってから、どんどん可愛くなる。肌もツルツル、ピカピカしている。髪の毛はフワフワでつい触ってみたくなる。俺が髪に触ろうとすると、純がよける。
「なんだよー、ちょっと触るくらい、いいだろ?」
「ダメ、ダメ、ダメ! これ巻くのすごい時間かかるんだからー。」
「やっぱり、シャツ返すの止めようかな-?」
純が頭を差し出す。俺は思う存分巻き毛をかき回す。ああ楽しい。純はマジで泣きそうな顔。俺達、幼馴染でずっと近所だから。俺が泣かせる方で。純が泣く方で。
7
今だったら、なんでも言うこと聞きそうだな。なんかネタないかな?
「純、お前、俺ん家に来んの?」
「行く、行く。」
彼はデザートを食べ終わって、まだ残ってるコーヒーを持って、店を出る。俺達の育った商店街。純の家は美容院で、俺の家は寿司屋。二人で酢臭い寿司屋の裏から家に入る。
8
俺は洗濯場に行き、カゴをかき回す。俺には姉ちゃんが二人いる。ほとんどが姉ちゃん達の洗濯物。派手なレースが付いてんのや、気持ち悪いプリントのや。純が顔をしかめる。
「やだー。洗濯してないの?」
「だって、昨日着てたんだもん。」
俺の下の姉ちゃんが通り掛かる。
「あら、純ちゃん、久し振りね。髪の毛、凄いことになってる。鳥の巣?」
鳥の巣? そういえば頭からピヨピヨ鳴き声がするような。
「これはさっき晴ちゃんが。それまでは完璧だったのに。晴ちゃんのバカー!」
可愛そうに、また泣きそう。ゴメンね。
9
「姉ちゃん、純が、このシャツ友達にもらったヤツで、ソイツが明日泊まりに来るから、返して欲しいんだって。」
姉ちゃんは好奇心を丸出しにする。
「へー、泊まりに来るんだ。新しい彼氏?」
あ、そーだよな。ソイツって一体何者なんだ? こんなに焦ってるとこ見ると、ただの友達とは思えない。
10
シャツを放り込んで、洗濯機を回す。純と二階の俺の部屋に上がる。ほんとに誰なんだろう、ソイツ。コイツが俺の部屋に来んの久し振りだな。前はずっと入り浸ってた。あの時まで。
「お前は既に人にあげた物に対する所有権を主張するわけだろ?」
「なに? それがなに?」
「それって、気が変わってもいいってことだよな?」
「なんで?」
「あげたものを取り返すんだろ? 気が変わったんじゃない?」
「でもまた返すじゃない?」
俺は、急にバカバカしくなる。
「もう返さなくっていいよ!」
「返すってば!」
「でもそれがお前のポリシーなんだったら。俺だって気が変わってもいいんだよな?」
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俺は注意深く、ちょっとずつ純に近づいて、キスしようとする。唇に、ちょっとだけ。彼が15cmくらい飛び上がる。
「晴航、これとそれとどういう関係があるの?」
「気が変わってもいいんだろ?」
「それは昔、晴航と二人で話し合って決めたことじゃない。」
「でもアレがお前のポリシーなんだろ?」
「あのシャツのことがなんでそんなに重大なの?」
「お前の方が大袈裟なんじゃないか。」
誰なんだ? その泊りに来るヤツ。
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俺はコッソリ深呼吸して平静を装う。
「誰なんだ? その泊まりに来るのって?」
純は下を向く。
「従兄。」
「従兄?」
「山梨でブドウ園やってる親戚の。」
「お前の親戚にそんなのいたか?」
でも、だったらどうして、そんなに下向いて。もしかして血の繋がらない従兄?
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「晴航。僕ね、ちゃんと決めたことは、気が変わっちゃいけないと思ってて。」
「いいよ。気にしなくて。シャツ、また返してくれるんだろ?」
「それじゃなくて。」
純が下を向いてるから、どんな表情をしてるのかよく分からない。
「晴ちゃん。ほんとはあの後、僕すぐ気が変わって、でも言えなくて。」
あろうことか、純が俺の至近距離に入って、俺の胸に顔をうずめる。
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「その従兄は血が繋がってないの?」
「え? 繋がってるよ。お父さんのお兄さんの家。」
純の父親は、凄腕美容院経営者の母親のせいで影が薄い。
「じゃあ、お前、ほんとに気が変わったの?」
純は可愛くうなずく。思わぬ展開。
「純がどんどん綺麗になるから、俺ずっとビックリしてた。」
「晴ちゃんがどんどんカッコよくなるから、僕も気になってた。」
俺達は久々に、バカみたいにロマンティックに目と目を見合って、手と手を取り合う。
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「あ、でも、それシャツ返して欲しいからじゃ?」
「違う、違う!」
階下で姉が、洗濯が終わったよー! と叫んでいる。俺は階段を駆け下りてシャツを取って来る。
「お前ん家に帰って吊るしとけば、明日まで乾くぞ。」
「ありがとう。晴航。」
まあ、そんなこともあるよな。人間だし。気が変わることも。よかった。ハッピーエンド!
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