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第五話『 The Star / R 』 下

     京はそう言うと同時に、両手を広げ、片脚を踏み込むような動作をした。  そんな京の動作に効果音をつけるならば、ジャジャーン! といったところである。 「………………」  だが、法雨はそれに沈黙を返した。 「………………えっ」  すると京はそれに動揺したようにその一音を発した。  だが、何を思ったのか、京は無言のまま今一度ジャジャーンの動作を行った。 「………………」 「………………うそでしょ」  そんな京の動作は、再び店内の注目を地味に集めるが、そこには虚しく、動作によって揺らされた京のネックレスの音がチャリンチャリンと響くだけであった。  だが京はめげなかった。  今度こそ! と言わんばかりに、京はすぅっと息を吸い、三度目のジャジャーンをすべく足を踏み出した。 「……あの! (あずま)さんに――」 「聞こえてるわよ! もうそれはしなくてよろしい!」  だが、三度目のジャジャーンは法雨のその一括によって不発に終わった。  そして京は大層悲しそうな様子で言った。 「ね、姐さん……なんでそんなうっすいリアクションするんすか……あの雷さんに好きなヒトができたんすよ……できたんすよ……?」  その後、できたんだもん、とでも言いだしそうな様子で悲しみを訴えながら席に着いた彼に、法雨は本日何度目かの溜め息を零し答えてやる。 「なんでって、雷さんが誰かを好きになるとか、誰かに恋をするのなんて普通じゃない。言ったでしょ? 雷さんだってヒトなの。それにあれだけ容姿端麗なのよ? 図らずも恋多き人生だったに決まってるじゃない」  だが、そんな法雨の言葉に対し、彼は言い訳をするようにして言った。 「でも……雷さん……これがなんなのか分からないって言ってきたんすよ?」 「え?」  彼のその言葉の意味が分からず、法雨は思わず問い返す。  すると、彼はまた興奮が戻ったらしい様子で言った。 「俺、ちゃんと雷さんに訊いたんすよ。最近様子がおかしいからどうしたのかって……。そしたら、―つい、あるヒトの事を考えちゃってぼーっとしてしまう――とか言ってて! しかも、ちょっと前から何しててもそのヒトの顔が頭から離れないし、気付いたらそのヒトの事を考えちゃってて我に返るって言ってて……それってもう、完全に恋の病じゃないですか!!」 「……そ、そうね」  法雨はそんな京の言葉に対し、素直に肯定した。  確かに京の言っている事は間違いではない。その相手に対し、良い印象を持っているとすれば、恐らくそれは恋の病といっても良いものだろう。 「でも雷さん、それを自覚してるのに、なんでそうなってるのか分からないって! それで俺、今まで恋人とか居なかったんすかって訊いたら、何人かは居た事があるけど、こんな風になった事はないとか言って!! とか言っちゃって!!」  今日の彼は一段どころではなく、十段ほどに煩いが、法雨もその話題については少し気になるところがあり、窘めるよりも話を進める事にした。 「それって……」  すると、そんな法雨の合いの手を受け取った京は言った。 「そうです! つまりあの雷さんは最近、本当の恋に堕ちた! なんと、初恋をしたって事なんですよ!!」  そうして京は身を乗り出し、名探偵のようにそう言った。 「初恋……」  そして法雨はそんな京の言葉を受け、その言葉を舌で転がすように呟いた。  あの男が――あの、全ての事象に対して常にスマートそうで容姿端麗で向かうとこ敵なしであろうあの男が、初恋。  しかも、それがなんだかわからなくて、この頭の悪そうな助手に“これはなんなのか”などと訊いてしまうほどに経験したことがなかったほどの恋。  それを、あの男がしているのだという。 「……それで、アナタは雷さんにちゃんと言ってあげたの?」 「え?」  法雨は雷の事を考える中で、ふと思った事を尋ねた。 「だから、それはそのヒトに恋してるんじゃないかって事は教えてあげたの?」  すると、そんな言葉を受け、京は大きく頷いた。 「あ、はい! もちろん!」 ――それ! 恋っすよ雷さん!!  顎に手を当て、静かに考える雷に対し、恐らくジャジャーンをしながらそう言ったであろう助手の様子を思い浮かべ、法雨はやや半目がちになった。  そして、そんな想像を消し去りながら、法雨はまた問うた。 「それで? 雷さんはなんて?」 「え、あぁなんか――そうか……そうなのか……――なんつって、すげぇ困ってました」 「え? 困ってた? 恥ずかしがってたとかじゃなくて?」 「はい。普通に困ってました」  それは妙なことである。  自身が恋をしていると言われた時、恥ずかしがったりするなら分かるが、困ることなどあるだろうか。 「なんで困るのかしら……」  そうして考え込んだ法雨に、京はふと思い立ったのであろう事を言った。 「ん~、落とせなさそうな相手なんじゃないですか?」  だが、そんな京の意見に、法雨は別意見を返す。 「そうかしら……。そういう時って単純に考え込むだけじゃない? 例えばどうやって落とせるだろうか、とか。――う~ん、そうね、もしかしたら、恋してるって分かった時点で困ったんだから、“恋をしちゃいけない相手”に恋しちゃったんじゃないの?」 「……ね、姐さん」 「何?」  すると、そんな法雨の言葉を聞いた彼は妙な様子で言った。 「姐さん……もしかしなくとも実は、名探偵なんじゃないっすか……」  そして、彼の言葉に法雨はまた溜め息を吐く。 「おばかね。このくらい誰でも思いつくわよ」 「えぇえ~俺思いつかなかったっすよ~」 「それはアナタの発想力が乏しいのよ」 「くっ……」  痛いところをつかれたといった様子の京は、そう言ってカクテルをぐっと飲み干した。  そして、そんな京をよそに、法雨は言った。 「でも、そうだとしたら雷さんも大変ね」 「大変? なんでっすか?」  そうして不思議そうにしている京に、法雨は答える。 「だって、もしこの考えが合っていればだけど……親しく思うまでは良くても、恋まではしちゃいけない相手に恋しちゃったんでしょう? だったら大変よ。恋って面倒くさいもの。一度しちゃったらそんなすぐに諦めがつくとか、忘れられるものじゃないんだから。……そんな凄い初恋ならきっと尚更よ」 「た、確かに……」  京はそう言って、神妙な面もちで手元のグラスをみやる。  そして、ふと思い立ったように言った。 「でも、あの雷さんがあんだけ生気抜かれるって事は……そのヒト、めっちゃ魅力的で魔性のヒトなんでしょうね……」  そんな京の言葉に、法雨も考えるようにして言った。 「そうねぇ、少なくとも、アンタなんかはコロっと落とされる割に、その相手からまったく見向きして貰えないくらいのヒトかもしれないわねぇ」 「う……なんかお言葉がグサっとくるっす……」  そう言って胸元を抑えた京に笑いつつ、法雨もまた考える。  どこの誰に恋をしてしまったのかは知らないが、あの勇敢な狩人は、自分を雇った貴族にでも恋をしてしまったのだろうか。 (それとも、その雇い主の婚約者とか……)  そうだとすれば恐ろしいほどの苦難が待っているだろう。  そのような相手であれば、確かに奪えるはずもない。叶わぬ恋だ。  そして、そうなのであれば、確かに困るかもしれない。 「ところで、それが誰かは聞かなかったの?」  法雨が再び問うと、彼は答える。 「あ、いや、訊きましたよ。訊いたんすけど……言えないって言われました」 「アラ。そこは意外とシャイなのかしら?」 「いや~これもそんな感じじゃなくて、すっげぇ困った顔のまま言ってました。――だから、口にできないくらいのヒトなのかもしれないっす」 「ううん……それか――いえ……これはないわね」 「え!? な、なんすか!? 教えてくださいよ! 超気になるッス!!」  法雨はなんとなく考え至ってしまった一つの事をすぐに消去したのだが、京はそれが随分と気になってしまったらしい。  仕方ないので、法雨はそれを言葉にすることにした。 「はぁ、まぁこれはありえないと思うけどね。――ほら、例えば、その恋してしまった相手に“好きなヒトって誰ですか?” って聞かれたりした時、その相手にその恋心を悟られないようにする為に、“誰かは言えないけど、好きなヒトがいる”って言ったりするでしょ」 「あぁ、それ、映画とかドラマとかで見たことありますね」 「そう。だからそう言っておけば、そう言われた大体のヒトは必然的に、“自分以外の誰かが好きなんだろう”って思うじゃない?」 「はい……――って、え……」  そうして、その探偵の助手は、どうやら法雨の言いたい事を察したらしく、眉間に皺を寄せた。 「そ、それってつまり、雷さんが“言えない”って答えた相手が恋しちゃった相手って事っすよね」 「そうね。アタシのこの仮定が真になるならそう言う事になるわ」 「……そ、それは絶対ないっす……」 「そうでしょ。アタシもそう思う」 「……なんか、姐さんにもそう言われると、すげぇディスられてる気がします……」 「え? だってディスってるもの」 「ちょ! もおおお姐さあああん……いじめないでくださいよぉ……」 「ハイハイ。気が向いたらね」  相変わらず可愛らしい反応を返してくる京に、法雨は楽しそうにして笑った。  つまり、法雨の仮定が真ならば、雷が物凄い恋心を抱いてしまったのは、この助手ということになる。  だが、どうやらそれは、この二人の間でも有り得ないこととして結論が出たらしい。 (それにしても……このご時世で恋しちゃいけない相手って誰かしら……? 家族や親族……? 後は仕事の依頼人とかかしら……。でも、依頼人に恋をするなんて、探偵モノのドラマならあってもおかしくないけど……雷さんの場合はそんな事なさそうだし……なんか妙に気になってきたわね……)  法雨は、未だカウンターで嘆いているらしい京の頭をぽんぽんと叩いてやりながら、次のカクテルを提供してやる。  そして、そんな京をまだまだ子供だなと思った時、法雨はよからぬ仮定に辿り着いてしまった。 (まさか雷さん……子供に、とか……? ま、まさかね……)  そこで、なんとなく失礼な事を思ってしまったような気がした法雨は、心の中で届かぬ謝罪をした。 (まったく想像はつかないけれど……今度いらした時に困ってるようなら、やっぱり訊いてみるのがいいかもしれないわね。何か力になれるかもしれないし……)  法雨はそんな事を考えながら、引き続き、助手の話を聞くことにした。  

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