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第19話

「では改めまして、倉科亮悟君ジャパンサマーフォトコンテスト入賞おっめでとー!」  カヤちゃんの音頭で、ささやかなパーティは始まった。  今日のPINKY CHICKPEASは貸し切りで、いつもの銀のウィッグのタマコさんと、いつもよりテンション高めなカヤちゃんと、そんでいつも以上に居心地悪そうに苦笑いしてる倉科クンが揃っていた。  この四人が、今のところのオレの世界なんだけど、これからちまちま増やして行きたいなーって思うようになってきたからオレってば成長した? ってちょっとだけ自分を褒めてあげることにする。 「……どうも、あの、嬉しいんすけどこんな大々的にするようなアレでもない、ちょっと聞いてんすかカヤさんアンタ飲むとめんどくせえから酒飲むのやめてくださいよ!」  今日も手のラインが奇麗に出るロングティーシャツと、ピンクの髪の毛をシュシュで括った倉科クンは、無気力っていうよりは呆れたような顔でカヤちゃんと乾杯をしていた。 「だってめでたい席だよ、他にいつ飲めって言うの! 私がね、どんだけシナの事好きだと思ってるの。おっぱいもないのにこんなに愛してるなんてシナかトキかってくらいなんだからもっと自分の価値を大事にした方がいい、絶対に」 「どんな超絶理論っすか。ていうかタマコさんは? カヤさんの愛の恩恵にはあずかれないの?」 「タマちゃんはオトコノコカテゴリじゃないから別次元。トキはダメな弟。シナはダメな後輩。タマちゃんは癒しポット。てか私の話なんかどうでもいいよ、今日はシナが主役。あーうれしい、すごくうれしい、こんなに嬉しいのはシナとトキがお付き合いしますって報告してくれた日以来だね!」 「結構最近じゃないっすか……いやまあ、そこまで喜んでもらえてうれしくない事はないっすけど」  確かにオレと倉科くんが連れだってPINKY CHICKPEASでお付き合いさせていただきます報告をした時、カヤちゃんはマジで泣いてた。  本当に見た目に反して涙もろいんだからカヤちゃんってかわいいなーって思う。オレはカヤちゃんが大好きだし、カヤちゃんもオレと倉科クンのことマジで愛しちゃってんだろうなっていうのがわかってついでにオレも涙ぐんでしまった。人の事言えない。  あーうれしい、あーよかった、あーうれしい、って壊れたラジオみたいに繰り返しながらオレの頭をグリグリ撫でて、倉科クンの背中をバンバン叩いて、末長くお付き合いなさいよ最高のカップルだって笑って泣いてそのまま酒飲んでその後は惨状だった。  確かにカヤちゃんの酒癖ってあんまり宜しくない。  いつもは自分も一緒に泣いてるし大概オレ達が酒を浴びるように飲むのって失恋した時だから、なんかほら、そういう時って優しくなれるじゃん? 振られたんだししゃーないよ! みたいな気分になるじゃん?  まあ要するに、大目に見れる理由がない状態でカヤちゃんに酒飲ませると面倒くさすぎる、ってことが発覚したわけだった。 「……会社の飲み会とかでもカヤちゃんって飲んじゃうの?」  ちょっと心配になって、そっと隣の倉科クンを見上げる。  この二カ月で隣に居る事がやっと普通になってきたけど、相変わらずシフトがあんまり合わないから会うたびどきどきしちゃうし、会うたびいろんな発見があって面白い。  ビールを口元に運びながら、あーって上を見上げるのがかっこいい。オレはその、倉科クンの全然格好つけてない普通のところがすごく好きだ。 「まあ、そもそもそんなに仲良しな会社じゃないんで、飲んだりなんだりっていう行事も一年に一回忘年会があるかないかくらいなんすけどね……あー、大概カヤさんは腫れもの扱いなんでおれが勝手に押さえつけてタクシーに放り込む感じ」 「ちょっとちょっと、シナだって私と同類扱い受けてる癖にその言い方よろしくないよ。今日だって所長が取って来た仕事断ってヒンシュク買ってたじゃないかーあの後何故か私が怒られたんだぞー」 「いやだってグラビアアイドルの撮影とかできるわけねーっしょ……アレ、何度か同行させられたけど無理無理、おれあんな歯が浮きまくるような台詞絶対言えねーっすわ」 「それ独立した新城の仕事でしょ? アイツはさー、まあ確かにちょっと言い過ぎだしキモイくらいテンションぶちあげて撮るタイプだけど、オンナノコのモデルちゃん全部トキだと思えばおだてるのも楽なんじゃないの?」 「こんなかわいい人が世界に何人もいてたまるか」 「……ご覧よトキ、あんたのせいでこんなくそ甘ったるいのろけを日々聴かされる私ってかわいそうだよね? 飲んでも良いよね?」  よくわかんない理論で首を傾げてくるカヤちゃんはかわいいし、さらっととんでもない事言っちゃう倉科クンはもうやめてやめてそういうのは家で言ってよバカバカ好きってなっちゃうし、微笑ましそうに見守りながら珍しくお酒のグラスを傾けているタマコさんも好きだ。  雨の日に、あんなに世界を恨んだのが嘘みたいだ。  あのときは世界無くなんないかなぁって呪いみたいに思ってたけど、今となっては倉科クンがいるこの世界が存在してて本当に良かったと思う。  知ってたけど、オレってば本当に恋愛に踊らされてる。  でも今回は結構人生に寄り添った恋なんじゃないかなって、ちょっとだけ自分を擁護した。  恋に目がくらんで金をつぎ込むよりも、数年先を見越して貯金しよって思うし。  何より人生頑張ろうと思えている。これって今までなかったことで、本当に倉科クンって不思議なやる気出させてくる不思議な人だと思った。 「ていうかせっかく良い賞取って所長にちょっと目かけられてるんだから、もっと媚び売ってじゃかじゃか実力認めさせるチャンスなのに! そうやって選り好みすんのは名が売れて技術が伴ってからにしなさいよー」  めでたい席だって感動してたくせに、ずばずば言いたい事を言っちゃうのもいつものカヤちゃんだ。  倉科クンが入賞だか優勝だかしたコンテストは結構でかいやつらしくて、送った写真ってやつを見せてもらったけど、本当にこれオレ? ってくらい奇麗な写真だった。  水と緑の苔と死んだように青い人間のコントラストが奇麗。ちょっと加工でオレンジをさしたって言ってたけど、そんな技術云々はよくわかんなくてとにかく奇麗だなって思った。  冷たい水の中、風邪ひきそうになりながらモデルした甲斐がある。  でもその後頭からつま先まで優しく拭いてくれて冷たいねごめんって抱きしめてくれたから倉科クン好きだ。  確かにあの奇麗な写真を撮る人が、オンナノコの水着を撮るっていうイメージはわかないけど。  上司にお小言を貰った倉科クンは、悪びれるでもなくしれっと反論した。 「おれはなんとなく自分の方向性見つけたから良いんすよ。あと今の事務所で出世するつもりもないし」 「あんたねー好きなことばっかしててもお金になんないんだよーわかってるでしょーに」 「わかってますって。だからおれ、ビデオ屋のバイト辞めて出版社かデザイン事務所あたりでバイト探そうかなって思ってるし」 「え、写真やめんの?」 「やめませんよ。でもちょっとそういう業界のイロイロ、身につけといて損はないかなって思うんすわ。だっておれ、独立したカヤさんについて行くのが今のところの目標なんで」  ただ写真撮るだけじゃ会社立ち行かないでしょ? って倉科クンに真っ向から言われちゃったカヤちゃんは思いっきり息を飲んだ後に、顔を隠すようにカウンターに突っ伏した。  その頭をタマコさんがぽんぽん叩く。  いやでも、今のはさー反則だよ倉科クンそれはオレも泣いちゃいそうになるくらいかっこいい。 「……あ。素面の時に報告した方が良かったっすかね」 「いい……どうせ泣いてた……っあーもう、なんなの、今日はシナのめでたい日なのになんで私が幸せになってんの、おかしいこんな筈じゃなかった……ちょっとトキ、あんたの彼氏タラシすぎるからちゃんと手綱握っときなさい知らないところできっとライバル増えるよこりゃ……タマちゃんティッシュちょうだいライナーが落ちる……」 「大丈夫もう落ちてるわよ十分お化けよ安心なさいな。あ、トキちゃんティッシュ後ろのテーブルにあるから取って頂戴な」 「はーい。……カヤちゃんほんと酔うと面倒くさくてかわいいよねー」 「うっさいよ幸せになりやがった元鬱ゲイにひとり身の精神不安定さがわかるかってのよ。あーあー……もうだめだ飲むしかない。飲まないと人生で初めて男に恋するかもしれない……」 「え、やだ、倉科クンあげないよ?」 「じゃあかわいい子紹介してよーふわふわで笑うと白い牡丹みたいな清純でかわいい子がいいよぉ」  恋がしたい。でも仕事楽しい。シナが嬉しいことばっかり言う。トキは幸せそうで羨ましい。タマちゃん優しい。なんて一通り勝手な事をわめきながら鼻をかんだカヤちゃんはグラスのビールを一気に飲んでいた。  かわいい子紹介しろって言ったって、オレの生活範囲は倉科クンの家とこのバーとバイト先のコンビニくらいだ。  あと最近思い切ってダンスの基本習いなおしたいなぁとか思わなくもないけれど、まだダンス教室の扉はノックできてない。芸術系は好きだけど、仕事にするとなると結構限られてくるし、とりあえずはバイトしつつ倉科クンの写真のモデルをしつつ、求人雑誌を眺めてあーだこーだごねごねする日々だろう。  まだまだ人としての最低ラインだけど、とりあえずは前向きになれただけでも上等って倉科クンが褒めてくれるからあんまり悲観的でもない。  甘いなホントって思うけど。まあ、自分にできる範囲で頑張ろうって思えたから、倉科クンくらい甘い人が隣に居てくれるのはオレにとってありがたいことなのかもしれない。 「良かったわねートキちゃん。大豆なあんたが大好きよっていう王子様が現れてくれちゃって」  タマコさんににっこり笑われて恥ずかしくなってしまって、曖昧にうへへって笑ってしまう。  王子様なんて言われた倉科クンも居心地悪そうに煙草に火をつけた。 「まぁ、王子様っつってもひよっこですけどね……グリーンピースみたいなもんすわ。別に小豆に埋もれたかないっすけど、せめて青さは抜けたいですねー」 「あら良いじゃないグリーンピース。大豆との相性もばっちりよ」 「……一緒に料理に入ってました?」 「あるわよ。肉豆腐とか。高野豆腐とか。煮つけにグリーンピース入れるお料理屋さんもあるでしょ。小豆に比べたら十分相性いいわよ」 「それオレさー、まず頑張って豆腐にならないと倉科クンとは同じお皿に入れないってことじゃないんだ……?」 「いいじゃない、がんばんなさいよ。揉まれて粉砕されて絞られて固められてオイシイ豆腐になんなさい大豆ボーイ。自分に自信が持てないなら、開き直るか頑張るかしないのよ。お豆腐に変身して、末長くバカップルしてなさい」  良いコト言われてんのかオイシイレシピの説明されてんのかよくわかんなかったけど。  とりあえずカヤちゃんもタマコちゃんもオレと倉科クンのこと愛してくれちゃってることだけはわかった。  人生辛くなくたって、多分世界人類は豆だ。 「ねぇ世界って素敵よトキちゃん。人間ってとてもハッピー。こんなに雑多で滅茶苦茶で愛おしい生物他にいないわ。分類するなんてナンセンス。豆の種類なんてどうでもいいのよそんなもの。サガを決めつけるなんて馬鹿げてる。アンタはアンタの面倒くさくて煩い性を愛してくれる素敵な豆と末長くいちゃいちゃしときなさい。……もう耳にタコができるくらい、そこのピンクの王子様が言ってると思うけど。アンタはアンタよ。自分の性を愛しなさい」  さがをあいせなんて、かっこいいことを言うオカマに感動して、倉科クンにでこにチューされて、『言いたいこと全部取られた』って苦笑いされてたまらなくなって、あー、今ならちょっと、なんだかわからないけど愛せるかもしれないと思った。  うるさくて面倒くさくてどうしようもない、多分それがオレの性。  ソレごと全部愛してくれる倉科クンに感謝しかなくて、えへえへ笑いながらお豆腐になれるように頑張ろうって決意した。  ねえうるさくてごめんね。  でもこれがきっとオレなんだね。  愛すべき性、愛すべき豆達の話。  ノイジーセックス。ミックスビーンズ。 end

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