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寒い季節に吐くは戯言(有賀×桜介)
「だめだなこりゃ、俺には無理っすわ」
とても残念そう、というか悔しそうにお手上げのジェスチャーをする今日もかっこいい恋人にも、なんと直せないものがあったらしい。
「うっそー……あー。うん、でも、無理なら、そうだね、仕方ないね……サクラちゃんにも直せないものってあるんだねぇ……」
「そりゃあるだろうよ。てかこれ水道管凍ってんじゃねえかなぁー。給湯器か水道管、どっちかの凍結だろうよ。大寒波らしいからなぁー有賀さん昨日ちゃんと水出して寝たの?」
「水……ああ、なんだっけ、凍結防止? に、ちょと水出しとくんだっけ……いや、僕昨日は、ふふ、実は事務所に泊まり込みで作業してて」
「わぁ。午前様かよーこんなくっそ寒い日にうそだろ社畜」
「仰る通りで」
苦笑いもうまくできないくらいに寒くて笑えない。
大寒波が来るとか雪が降るとか、そういえばネットニュースの見出しで見たかもなぁ、という記憶はある。でもなんていうかまさか都心で水道管が凍っちゃうほどの寒さがいきなり押し寄せるとは思いもよらず、朝帰りの僕はお風呂に入ろうとしてなんと水が出ない、という最悪すぎるハプニングに見舞われ始めて『そういや寒波とか言ってたかも』と思い当たったわけだ。
我ながら大人としてどうなんだろう、と思う。
大人としてどうなのと思ったし、そんなことより眠かったし、久しぶりの徹夜でもう理性とか死んでたし、とりあえず寝て起きてから考えよう……とベッドに入ったら気がついたら夕方だったのももうなんか『大人として……どうなの……』って感じだったし、結局僕は恥を忍んでサクラちゃんにヘルプをしたわけだ。
朝の時点で呼んでよと笑ってくれたカッコいい恋人は、結構やる気満々で給湯器に向き合い、そして冒頭の悲しい宣言に戻るわけだ。
「忙しいっつてったけど、泊まり込みするレベルだったのかよー。言ってくれりゃメシの差し入れくらい買ってったのにさ」
「いや、寒いでしょ。寒いよ。うちの事務所も暖房うまく効いてなくてね、雪ちゃんなんか着ぶくれして動きにくそうだったし……」
「んで、ふらふら帰ってきたらこの仕打ちってわけかぁ。有賀さん厄年?」
「じゃ、ない、と、思うけど、うーん……今年はあんまりよくないことが多い気がします」
「年始しょっぱなにやけどしてたしなぁ」
「あれはただの僕の不注意。まさかね、レンジにつっこんだ人参が発火するとは思わないじゃない? 大丈夫次からはちゃんとサランラップの手間を惜しみません」
「人参発火はおいといて、これしばらくなおんねーと思うけど風呂どうすんの?」
「あー……」
「うちくる?」
「んー……」
「なに、歯切れ悪いじゃん。有賀さん、あんま俺んち好きじゃない?」
……べつに、サクラちゃんのおうちが嫌いなわけではないのだけれど。
「サクラちゃんのベッド、僕がもぐりこむとさすがに狭いじゃない……?」
「まあ、そうっすね。せめえな。俺別にそんなでかくねーから、家具はスタンダードでいいやって思ってたし。まさか長身イケメン野郎と末永くお付き合いできるなんて思ってなかったし」
「そこまで長身ってわけじゃないけど、やっぱりシングルのベッドは小さいよねぇ」
「来客用布団セットあるぜ? 良悟がたまに使ってるやつ」
「うーん……でも、ほら……どうせならぎゅっとして寝たい……せっかくのサクラちゃんがもったいない……」
「ふは。なんだそれ」
相変わらずお花畑だなぁと笑われても、僕は反論するつもりもない。僕は毎日サクラちゃんが好きな自覚はあるし、サクラちゃんのこととなると理性が半分くらい溶けてしまうのだから仕方がない。
スワンハイツも手狭だけれど、僕はそもそも家具をあまり揃えていない。そのせいか、サクラちゃんのアパートよりはちょっとだけ空間に余裕がある。
「でも風呂だけ借りて帰るって気温でもねーだろ。さみーし風邪ひくっしょ」
「うーん……銭湯、とか……?」
「却下」
「え、なんで。あ、この辺って銭湯とかないの?」
「いやあるけど却下。近場にザ・下町な銭湯あっけど、あそこは番頭がばーちゃんで若い男の客が入るとマジでセクハラ並みに見てくんだよ。俺はいいけど有賀さんはダメ。無理。つか他人に裸見せんな、俺がムキーってする」
「……僕の裸なんてね、別に麗しいわけでもないけどねぇ。ぺらぺらだしさ、ちょっと骨浮いてるし」
「最近ちゃんと筋肉ついてきたじゃんよーーーーネットの筋トレ動画ちゃんとやってる有賀さんすげーかわいいんだから続けてくださいですよ」
「うん? うん。……かわいいから筋トレしてって初めて言われたね」
ふふ、と笑う息がすこし白い。そういえば寒いなぁと言うことにやっと気が付いて、とりあえず給湯器はあきらめて台所から六畳一間に避難した。
寒い。意識してしまうと、肌を切るような寒さが染み入ってくる。
「よしわかった。じゃあ温泉行こう!」
「…………うん?」
パン、と手をうつサクラちゃんに、思わず首を傾げて対応してしまう。
「温泉? ……いまさっき却下されなかった?」
「ちげえっつの。それは銭湯。俺が言ってんのは温泉宿」
「……え、今から? 今から温泉宿行こうって話? ……いまから!?」
「うは。久しぶりにちょっとでかい声出したじゃん。素泊まりみたいなとこは二十四時くらいまで受け付けしてるっしょ。飯食ってから行ったらいいじゃん。有賀さん明日有給突っ込んじまえよ、どうせ有給消化できなくて良悟に怒られんだからさ」
「えええ……でも、あの、……移動、とか」
「おやっさんに車借りてくるよ。今からなら草津くらいなら行けんじゃねーの? あ、でも群馬は寒波で大雪か? じゃあ箱根とか」
「くさつ……はこね……」
「たまにはいいじゃん。ほら、着替え見繕え、着替え。有賀さんなんかどうせ二日目の服もフローラルなんだからもうそのままでもいいだろ」
「いやよくない、よくないよ。僕だって汗くらいかきます。え、サクラちゃんは? サクラちゃんも一回帰って準備――」
「え、俺はその辺の有賀さんの服適当に持って行って適当に着るけど?」
「……なにそれ、かわいいね……」
「いやただのジャイアンだろ。ジャイアンだよ。そのまま目ぇ覚まさないで盲目でいてほしいけどジャイアンだからな?」
でもたぶんサクラちゃんは、僕が『彼シャツ』的なものがちょっと好きなの知っているんだろうなぁと思う。あざといジャイアンだ。うん。
なんだか知らないけど、流されるままに追い立てられ、僕は一泊旅行をすることになってしまった。確かに有給を消化しないとまずいし、仕事は徹夜でどうにか納品したし、まとまった休みを取るなら今だけど。
それにしてもこんな、何の心構えもなく唐突に『そうだ、温泉に行こう!』なんてことになるなんて。
……でも、うん、これはこれで、大人って面白いなぁって感じで悪くはない、気がする。
サクラちゃんは僕のベッドに腰かけて、さっさと携帯で宿を探している。行動力の化身すぎてちょっとだけ怖い。
「お。露天風呂付豪華客室空いてるじゃん。布団じゃなくてベッドじゃん、いいねー。有賀さんなんか要望ある?」
「……お湯があってサクラちゃんがいれば、なんでもいいよ」
ふは、と苦笑が零れたついでに、少しだけ冷えた恋人の身体を抱き寄せて冷たい額にキスをした。
給湯器が壊れたら恋人に温泉に連行された。
……まあ、こんな冬があってもいいでしょう。そう思うことにします。
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