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キスとシャツ(ニール×雨宮)

センセイはわりと服を持っていない。 ということに実は薄々気がついてはいたが、別に何を着ていたって俺は構わないし、大概は家の中で会っているしで、特別気にはしていなかった。 俺のクローゼットだって似たようなシャツで埋まっている。どうも暗い色ばかり選んでしまう癖があって、グレーやら黒やらそんな寒々しい色ばかりだ。 派手な色が似合わないわけじゃないだろうが、趣味じゃない。目を引く色を着るのはセンスに自信がある人間かハンサムだけだろう。 という話を、なんとなしにしたのはクローゼットの整理をしていた時だ。 日本には衣替えという面倒な習慣があるらしいが、こちらには衣装ダンスの中身をいちいち変えたりという作業はない。冬物のセーターも夏物の半袖も、すべて同じところにぶちこんである。 ただ、さすがに一軒家ではないので、使わないものは奥の方に仕舞わないとスペースがない。 たまの休みだが引っ越しも控えているわけだし、これはついでに整理もしようかと重い腰を上げたわけだけれど。 「赤とかもたぶん似合うのに」 ほいほいと要る服要らない服を分けてベッドの上に投げていると、端からそれを畳んでいたセンセイがまったりとつぶやく。 仕事中はあんなにはきはきとしているのに、俺の部屋に入ると途端に甘えた雰囲気になるのが好きで、ついこちらもリラックスした態度になった。 職場のニール・ノーマンしか知らない連中は、同一人物かと二度見してしまうんじゃないかと思う。そのくらい気を抜いている自覚はある。 「似合わなくはないだろうけどな。ただ、着たいとは思わないよ。そこまで自分に自信がない」 「ニール、いつもハンサムじゃないって言うよね?」 「事実だろ。まあ、背格好のバランスは悪くないだろうが猫背だし。これと言って特徴があるほど見窄らしい顔でもないが、ハリウッド俳優と並んだらエキストラもいいとこだ」 「……十分ハンサムだと思うけどな。かっこいいし、笑うとセクシーだし」 「センセイは盲目だな。でも、そう言ってもらえるのは正直照れるけど嬉しいよ。ありがとう。けど赤は着ない」 釘を指すとあははと笑う。 つんとすました美人と見せかけて、センセイはよく笑うしよく照れる。 「でも確かに、黒とかグレーとか、シックな色が似合うなぁ。この前着てたグレーのシャツかっこよかったし。旅行の時のスキニージーンズもよかった。ニールがスーツ以外のもの着てると、モデルみたいでドキドキするよ」 「センセイは本当に俺をほめるのがうまい」 「本心なのに」 「だろうな、ってわかるから恥ずかしいんだよ。部屋の掃除をしてるんだか、恋人に口説かれてるんだかわからなくなってきた」 やっとシャツ類すべてを分類し終え、少し乱れた髪を結び直す。相変わらず癖ばかりの奔放な赤髪も、最近はセンセイがほめまくるせいで悪くないかな、なんて思ってきた。 俺も、随分と浮かれたままだ。 もう半年も経つというのに、いつまで経ってもセンセイはかわいいし俺のテンションをあげていく。 照れを隠すようにベッドに腰掛け、丁寧畳まれた服の山を叩いた。 「こっちの山、要らない服だけど、センセイが着れそうなのあったら別に持って帰ってもいいけど。捨てるか売るかってやつだし……いや、俺の古着なんざ要らないか」 「え。もらって良いならもらうよ。僕さ、あー……服買うの、苦手で、あんま持ってなくて」 「あー。まあ、そうかなって思ってた」 「日本の実家にはちょっとはあるけど、こっちの服あんまりサイズが合わないし、レディース着るのはちょっと僕には難しいし……」 「俺のサイズで平気?」 「ニール細いから平気だよ。横に広いわけじゃないし入ればいい。ちょっと腕は余るかもしれないけど、僕もそこまで華奢ってほどじゃないし……たぶん」 十分華奢だと思うけど、まあ、確かに少女と比べてしまえばしっかりと男性の骨格をしている。 試しに一枚着てみたら? と適当なロングティーシャツを勧めてやると、照れくさそうに着替えだした。 同じ色が何枚もあるからと、捨てる覚悟をしたシャツだ。俺にも少しだけサイズがでかい。 ダークグレーのシャツを頭からすっぽりかぶったセンセイは、確かに腕の長さがたりなくて指先がちらりとのぞくくらいだった。 思ったよりも胸元が開いている。自分で着るとあまり気にならなかったが、センセイの白い肌が覗くと妙にどきりとした。 というか。 ……ああ、これは、まずい。 そういえば俺もセンセイも、お互いの服を着たりしない。用意がいいセンセイは着替えを持って泊まりに来たし、俺は前日の服をそのまま着てしまう。 俺の服を着たセンセイ、というのはもしかしなくても初めてだ。 まずい。 やばい。 ……たまらない。 何とも言えない甘痒い感情がぶわりと襲って無駄な熱をあげる。いつものポーカーフェイスでも隠せる自信がないほどで、苦し紛れに煙草を吸おうと手を伸ばしたら、サイドテーブルのシガーケースをひょいと取りあげられてしまった。 「……服に匂い付くよ。煙草の代わりじゃダメなの?」 「…………今キスしたら押し倒す自信しかない」 「え。いきなりどうしたの。別にいいけど、ベッドの上スキマ無いし、この後夕飯作るって言ってたのに」 「センセイがかわいくてとんでもないんだよ鏡見てきたらいい。あー……その、俺の服を着た恋人っていうのが、なんていうか……なんだこれ、ちょっと、待って顔洗って出直してくる……」 「待って待っていやここニールの部屋だから落ち着いて! ていうか座って、もう、そのー……ああ、もう僕もなんか熱くなってきた、いつもストレートなのに急に照れたりしてどうしたの調子狂う……」 「それだけやばいってことだろ。全然落ち着かない。かわいい、じゃないな、なんだろう……やっぱり『たまらない』が一番的確だ。……たまらない」 頭まで上がった熱が照れなのか欲望なのかよくわからない。 このまま押し倒したらダメだという理性はあるのに、ちょろい本能はセンセイの身体を抱きよせてしまった。手に馴染む骨ばった身体が纏う見慣れた服にまた熱が上がりそうだ。 いつから服一枚でくらりと傾く安易な理性になったのか。 まあ、元々それ程我慢は得意な性質じゃないけれど。それにしても煙草とセンセイに関して、俺の理性は緩すぎる。 その上センセイも俺に甘いから、結局歯止めなんか効く筈もなかった。 熱い首筋にキスを落とすと、仕返しのように耳にリップ音が残る。その後ぎゅうと抱きしめられてそれこそ本当に死ぬかと思った。 いつも抱き締めるのは俺の方だから、たまに仕返しされると心臓が持たなくなる。こんなこと慣れている、といった顔をするのは表面だけで、いつだって内心は恋に踊らされている若造だ。 「……落ち着く気が一切しない。このままじゃ掃除も終わらないし夕飯も食いっぱぐれそうだ」 「夕飯は、まあ、たまにはデリでもいいんじゃないかな。僕、この裏のデリ結構好きだよ。ピザは脂っぽいけど、ミートボールはいける。あと、ベッドの上の服は要らないやつでしょ? ……汚れても別に、捨てればいい話だし」 「センセイが控え目に誘う時の、声の小ささがすごく好きだよ。そういう甘い事ばかり言うから、俺は我慢を忘れるんだ」 「我慢しなくていいよ。僕も、あんまり我慢してない。あとニールは結構いつも一人でなんでも出来るし仕事できるししっかりしてるし――…ちょっとくらい我儘言ってうだうだしてる方が、可愛くて好きだな」 そんな風に笑うものだから、ついには耐えきれなくなって唇を塞いでしまった。 きゅっと、俺のシャツを掴む手はやっぱり袖から半分も出て居なくて、たまらない。他に言いようがない。 「あー……まあ、でも、服は避けよう。センセイにあげる前に汚すのも、気が引ける」 「夕飯は?」 「俺もあそこのデリのミートボールは好きだ」 でかいゴミ袋と適当なかごに服をぶちこみながら、もう一度キスをすると、センセイはくすぐったそうに笑った。 たかが服一枚の誘惑を、振り切れないなんてガキだと笑う。 そんなキミがかわいいと笑うのはセンセイで、いつまでたっても熱は引かないようなきがした。 end

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