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CIGAR×SPEAKER(ニール+SJ)

久しぶりに会った旧友は、相変わらずどっから出しているかもわからない声の高さで俺を迎えた。 「ワーオ! なんだい随分男前になっちゃったんじゃないの! いやキミは、わりと前から背はでかかったものなぁ、毎日吐きそうなくらい青白かったし実際毎日吐いてたし頭痛薬が飴玉代わりみたいなとこあったけどねうはははは!」 「……お前のテンションが高い事だけは分かったよ。いいから座れ、落ちつけ。ただでさえ目立つのに余計に目立つ」 「僕に目立つなっていうならサバンナの真ん中とかでランチしてくれないと! いやでも、キミが再会五分で帰っちゃうのは嫌だから善処するよ。ノーマンの弟のローテンションは相変わらずで嬉しいったらない。やあ、五年ぶりだ!」 元気してたかと上機嫌に笑顔をつくる男は、確かに五年ぶりの再会だったが、実際毎週のように顔を見ていた。 SJの愛称でNY市民に愛されるこの男は、今やちょっとしたアイドルだ。俳優やタレントじゃない癖に、誰もがその顔を見れば愛称を思い出す。SJはテレビ局のプロデューサーだかディレクターだかキャスターだか、とにかくそういうものを一緒くたにこなしている仕事中毒男だった。 有名どころのチャンネルじゃないが、最近ファンを増やしているテレビ局だと思う。こいつの仕事ぶりを画面で見てはいても直接会うのは五年ぶりだし、詳しくは知らない。が、ニュースキャスター以外の仕事は一通りこなしている印象があった。 特別テレビ番組に興味もないが、一応話題作りとしてニュースと人気の番組には目を通すようにしている。顧客と交わす雑談の中に、時折こいつの名前が混じることもあった。 「いやぁ、連絡してみるもんだよ! まさか! あのゾンビ・ノーマンが! あの! 噂のカリテス社のやり手の押し売り屋になってるなんてびっくりさ! びっくりしすぎて正直十分くらい百面相しちゃったよ。なんなの、もう、人間ってどう転ぶかわからないなぁ、お姉さんの活躍は時折耳に入ってたけど、キミの話は聞かないからついに栄養失調でのたれ死んだかと思ってたってのに!」 「お前はプライベートでも煩いのは相変わらずでいやになるよ……久しぶりに食事でも、なんて誘いにうっかり頷いた一週間前の自分を呪いたい」 「ふははは、無表情な割につらつら喋るのも相変わらずだノーマン! あー懐かしい楽しいもう楽しいもう最高だ。今日は良い夢が見れる、絶対だ! ところで相変わらずキミの家は最高に不幸なの?」 「そうでもない。両親とは離れて暮らしているし、どこで何をしてるかなんて知ったこっちゃないさ。正直、人生で一番楽しい」 「……わお。あのノーマンからハッピーなんて言葉が出てくるとは世も末なのかもしれないね、ノアの箱舟に備えなきゃ」 「俺は乗れないからさっさと船に飛び付けよ」 言葉の濁流のような軽い言葉達にどうにか追いつき、つらつらとそれを返しつつ、ダイナーのメニューから適当なものを選ぶ。ビールで軽く乾杯をして、そんな軽口を返すと、頭の悪そうなテンションの割に言葉を的確に理解する旧友は、今度こそ本気で目を瞬かせたようだった。 「…………それ、箱舟に乗る番には選ばれないってこと? つまり、キミはEDかゲイってこと?」 「後者。恋人は日本人の男だ。最高に人生楽しいよ。ここ五年であった大ニュースにしては上出来だろう」 「大ニュースすぎて一瞬ビールの味がわからなくなったよ……僕は、キミはホモフォビアかと思ってたんだけどねぇ~なんだ違ったのか。学生時代にキミに色目を使っていた数人をあんなに嫌がっていたのに」 「あー……あったな、そんなことも。あの時は女でも男でも寄ってくる奴は面倒だったよ。生きて行くのも精一杯なのに、キスを頂戴愛を頂戴なんて言われたら差し出しすぎて死んじまう」 「幸福の王子? まあ、そうだね、ノーマンは割合、自分の持ち物には執着しないタイプだったものね。いつだってどうでもよさそうに生きてた。煙草もやめなよってアホみたいに言った記憶あるけど、キミが唯一執着するものだったから無理に取りあげることはできなかったんだよなーなんてどうでもいいことまで思い出したよ。今も狂ったような量を吸ってる?」 「……多少は減った、と信じているけどまあ胸張って健康だとは言い難い。俺の話はいいよ、SJ。たまには自分の事を話したら?」 こいつはいつも、馬鹿みたいに喋る癖に大概はどうでもいいことか他人の事だ。 映像の中のSJだってそうだ。自己紹介や自分の価値観は二の次で、いつでも他人のことばかりぺらぺらと喋りまくっている。俺が煙草に逃げたように、こいつは多分、ひたすらに喋る事に逃げたんだろう、と思うようになったのは俺も仕事で喋るようになったからだ。 他人がキモチイイ事ばかり喋っているのは楽だ。自分をさらけ出すのは面倒くさい。 そう思うのはわかるが割合古い友人にくらいは心を許してくれたっていいだろう、と思う。 珍しく顔に出ていたらしく、SJはまた笑う。 超音波みたいな笑い声が耳触りだ。それなのに、なんでか愛おしいから友人なんて最悪な関係だと思う。身内以外の他人が好きだなんて感覚は、久しく忘れていた感覚だ。 「僕はキミが画面越しに見ているものが全てさ。おしゃべりでうるさくてデリカシーがなくて仕事以外は屑みたいな二十六歳だ。そのほかの僕なんて抜けがらみたいなもんさ。そんなものはスピーカー・ジャックじゃない。世間が求めてるSJでなきゃ! もうこのあだ名が本名みたいなもんだしね。そういえばノーマンはいつも僕の名前を間違えてるよなぁ」 「あー……スタンリー・ジャックス?」 「惜しい! それじゃあボードゲームだ! キミはいつだって僕をゲームにしたがるね!」 「昔っからお前のあだ名はSJでスピーカー・ジャックだったじゃないか……スタン、なんて呼んでるのは親だけなんじゃないのか?」 「親も呼ばないさ。まあ、最近会って無いから生きてることしか知らないけどね! ああそうだ、近々僕はちょっと海外に行くかも」 「……旅行?」 「うーん。どうかな。旅行っていうか、なんていうか、バカンスっていうか、左遷?」 「は? ……何したんだお前」 「何もしてないない。何もしてないけど、目をつけられちゃうことってあるんだよねぇっていう怖い業界って話かな! いやー、ちょっとへこんでたから知り合いにあって質問攻めにして元気出そう! って思ったんだけどとりあえずノーマンを選んで正解だったし最高だ! なあ僕はまだ全然元気じゃないし結構本気で人生にへこんでいるからもうちょっとキミの面白い話をインタビューさせてくれよ!」 僕の話はそれが終わってからだ、と言うものだから。 ……まあ、この喋って無いと死ぬような男がへこんでいて俺の大したこともない人生の話で多少は浮上するのなら、なんて。 どうにも、柄にもない事を思った。 SJことスタンリー・ジャックマンがテレビ局を辞めスウェーデンに引きこもったと報道されたのはその数日後のことだった。

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