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第16話
しばし考え、俺は内心でポンと拍子を打った。そうか、わかったぞ。
「大丈夫。心配しなくてもアゼルには、お前はちゃんと俺に桃を届けてくれたと伝えておくぞ。だから少し一緒に休憩したって叱られない。安心してほしい」
「………………クゥン」
犬はなにやら複雑な様子で俺を見つめたが、再度にっこりと笑いかけると、顔をそらしてピコピコと耳を動かしながら小さく鳴いた。
愛らしい犬の仕草に表情の変化が硬めの俺にしては緩んだ顔のまま、椅子を引いて席に着く。
届けられた桃を一つ手に取る。
ハリのある皮と触り心地のいい毛が手に馴染む、みずみずしいいい桃だ。
俺は前の世界でも桃が好きだった。食事の時間があまりなかったので、デスクに桃缶を常備していたくらいだ。
久しぶりの好物に自然と鼻歌が漏れる。
傍らで行儀よくおすわりしながらふこふこと鼻をヒクつかせて俺の様子を落ち着きなく伺っている犬も、機嫌の良くなる一端だ。
「よしよし、皮を剥いてやろうな」
「ウオウ」
「ん? どうした?」
「……ウォン」
「ん、ん……?」
綺麗に半分ほど皮を剥いた桃を差し出すと、犬は俺に呼びかけ、なにやら桃と俺を交互に見つめしきりに耳をピコピコさせる。
低く獣らしく唸ってはいるが、その目は俺を伺うように不安げだ。
うーん……?
犬が賢くても俺が賢くないから困ってしまう。どうにか読み取ってみよう。
「んと、俺が食べるのか?」
「ウォンッ!」
「あはは、そうか」
「っクゥ、ウァゥ」
もしかして、と自分を指差すと、通じたことが嬉しいのか、そうだ! とでも言わんばかりに犬は大きく鳴いた。
それが面白かったことと俺も通じたことが嬉しくて、声をあげて笑い、犬の頭をポンとなでた。
犬はなにやらあぐあぐと言いながら、頭を抱えてその場に転がったが。
魔界は発作持ちが多いのか?
どこかの魔王を思い出す震えっぷりだ。
「むぐ、おいひい」
転がる犬をあははと笑いつつ、桃にかぶりつく。ジューシーな果肉から溢れだした甘い果汁が口いっぱいに広がって、抜けるようなみずみずしさと芳醇な香りが素晴らしい。
思わずんん、と同じように唸って震えてしまった。嬉しい! うまい! うん、うまい。
語彙力がない俺だが、久しぶりの好物はとても美味しい。
人間国にも桃があったが、給料のない俺は行軍中に通った市場で見かけても、買うことができなかったのだ。
衣食住がタダで保証されているのだから、その上お金が欲しいだなんて贅沢は言えなかった。
それに一国の有力者たちとちょっとステータスの高いただの余所者では、立場の強さは明白だ。
「ぁ……」
朝一番でお腹が減っていたこともあってもくもくと食べていたから、指の隙間からピチャ、と果汁がこぼれ落ちていることに気がついた。
服が汚れると、コウモリもどきに申し訳ない。あと……もったいない。
少し恥ずかしいがここには犬しかいないし、行儀悪く流れる果汁を舌で舐め取り、腕まで垂れたぶんを追いかけ肌に吸いつく。
そんな俺の足元で転がっていた犬は留まるところを知らないほどゴロゴロと部屋中転がり始め「アォォ─────ンッ!」と遠吠えをしたので、発作が佳境に入っているらしい。
ちょっと心配になったが、やはり尻尾がヘリコプターのプロペラのように景気良く動いていたからそっとしておいた。
ふふ、転がるモフモフもかわいいしな。
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