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第18話(sideアゼル)
そんな憧れの勇者の前に出るというのにこ、こんな前髪……ッ! 失態だ。魔王最大の失態!
そうして震える俺の耳に、不意にコンコン、とノックの音が届いた。
「魔王討伐に来ました。勇者です」
「!!」
あぁぁぁぁ来たッ!! 来てしまったぞッ!!
ご丁寧にノックをしてから身分を明かすシャルの低く穏やかな声が扉の向こうから聞こえて、俺は焦ってあわあわと前髪を手櫛で整える。いや整ってねぇ。ビョインてなってる! ビョインて!
いやいや待て待て。
整っていなくても、そうこう待たせている場合じゃないだろう。
と、とりあえずシャルを招いて、それからそれからええと、戦ってケガさせねぇように勝って。
グルグルと纏まらない頭のまま、どうにか玉座から立ち上がる。
「はいりぇッ!」
やだもう噛んだ──────ッ!
焦りのあまり初めてのセリフを噛んでしまい、恥ずかしすぎて顔から火が出た。物理的に火が出ている。だめだ魔力がうっかり!
すうはあすうはあと深呼吸している間に、音もなく入って来ていたシャルが一人、扉の前に立っていた。
ドキッ! と、胸の鼓動でドラミングできそうなほど胸が高鳴る。
待ちに待ったシャルの姿。
前に会った時はフードを被っていたから顔が見えなかったが、魔力の色か、青みがかった黒髪を短めに切りそろえた端正な顔立ちの男だった。
深海のような深い色の穏やかな瞳はどこまでも美しく、吸い込まれそうな安らぎがある。
しかし黒を基調としたインナーの上から厚手の高度な防御魔法がかかったコートに身を包み、それ以外は革のブーツと手袋を着けているだけだ。
あとは恐らくポーションなんかが入っているのだろう、腰に巻きつけたいくつかのポーチくらい。
どう見ても魔王討伐には粗末な装備である。腰にはすぐに戦闘に移れるよう抜きやすい作りの鞘が固定され、細身の剣が携えられていた。
手入れは行き届いているが軽装といい細剣といい、魔物を相手にするよりもっと……人間、なんかを殺りやすい装備。
……というか、あれ? 一人か?
勇者パーティーと言うからには歴代通り国の強者と集まって来たのだと思ったが、シャルはたった一人だった。
「お、お前一人か?」
「そうだ。魔王も一人だな。ここには俺とお前の、二人っきりだ」
「あぐっ」
二人っきり……! なんていい響き! しかし照れくさいなコノヤロウコンチクショウエヘエヘ。
ブンブンと首を振ってまた顔から小火が上がりそうな熱を振りきる。
そうだ。早く戦って勝って、負けた代わりにここにいてもらうよう言わねぇとだぜ……!
俺はカッと目を光らせ、闇の魔力を身に纏う。肌が褐色に染まり始め、髪の根元が銀を帯びる。
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