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第30話(sideアゼル)
熱にうかされたように深く吸いつくと、それだけで舌が蕩けるような甘美な血が纏わりつき、喉に馴染む喉ごしを感じる。
『っ…ぁ……ァ……』
耳元で聞こえる、苦痛に呻くシャルの声に混じる淫靡な響き。
その声がより興奮を呼び覚まし、正気の薄れた頭と獣じみた勢いでシャルを貪りながら、強請るように頭を擦りつけていた。
いくら飲んだって飽きないくらいの、芳醇で、神聖な、たまらない味だった。最高の血だ。
あぁ美味い、もっと飲みたい。
もっと欲しい、もっと。
『ン……本当に、とびきり美味い……』
『はっ……そ、れは……よかった』
すり、と、シャルの柔らかな頬が優しく擦り寄せられるまで、彼が衰弱し始めていることに気がつかず。
そして、気がつけば。
俺は愚かにも、並の人間なら意識をとうに失うほど、たくさんの血を啜っていた。
『ッ』
『ヒ、ッ……』
弾かれたように牙を抜くと、シャルは引き攣れたような声を上げて痙攣する。
栓をなくした傷口からゴポ、と真っ赤な血潮があふれ出し、慌てて俺は傷を覆うように吸いつく。
我に返った頭の中は、ガンガンと痛いくらいに警鐘を鳴らしていた。
──やってしまった!
──やってしまった!
──どうして止められなかったんだ!? 少し脅かして、諦めさせるだけだったのに……っ!
──これでシャルは、俺を完全に拒絶してしまう!
俺の口元は、シャルの血で真っ赤に染まっていた。対してシャルは、月の光の映えるような蒼白の肌を晒し、ぐったりとしている。
俺の胸あたりを掴んでいたらしいシャルの手が、糸の切れたように力なく落ちた。
そうして気づく。俺は、縋りつく手に気がつかないほど、浅ましく美味しい食事を堪能していたのか。
『っやめろっ絶対、触るな……っ』
気づいたあともどうしていいかわからなくておたつく俺を、シャルは珍しく強い語気で追い出す。
それは俺に、頭を焼けた鉄の杭で打たれたような痛みを残して、溢れた後悔を涙に変えてしまった。
美味かったんだ、我を忘れるほど。
大切な人の血が、美味かった。
グシグシと口元を拭う。
もう血はついていないが、犯した罪は拭うことができない。血は好きだが、ああも夢中になることはなかったのに。
「ッ、ひく……シャル……シャル……く、……ッ……」
結界を消した今、シャルは明日きっとここを出るのだろう。
自分をあんなふうに食い散らす存在のそばになんて、留まるわけがない。
きっと怯えて、憎悪を抱き、俺を嫌いになってしまった。
さっきのように無理矢理引き止めたなら、ますます嫌われてしまうだろう。そんなことはできない。
自分が招いたその状況が、悲しくて、寂しくて、胸が引き裂かれそうなほど苦しくて。
コントロールできない感情は黒い双眸からとめどなく流れ落ちる。
どうしてこんなに寂しいのかわからない。少し前は、もうずっと会えていなかったのに。
その時に戻るだけなのに、シャルに嫌われてしまったと思うと抑えきれないほどに悲しいんだ。
深淵へ落ちていく思考回路が救えなくて、俺はボロボロと流れる涙を拭うことなく、空っぽの足取りでしゃくりあげながら扉の前をあとにした。
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