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第48話(sideアゼル)

 腕の中で温かな体が驚き、固まっているのはわかる。それでもそれをかき抱くことをやめられない。  表情を殺して耐えていた涙が、いとも簡単に溢れ出して、ポロポロとシャルの体に降り注ぐ。  知らなかった、知らなかった。  お前がそんなことを考えていたなんて、知らなかったんだ。  誰よりも強い俺の体を心配するやつなんて、いるわけがない。  ましてや殺し合った相手を気遣うことなんて、あるわけがないのに。 「あぁ……っ……お、俺……俺は、そんなこと、気づかなくて……っき、っく……きの……酷いことを、しっ……ぅ……っ」  ──そのあるわけがないことを、こいつは、しようとした。  誰もしなかったことを、俺を殺すための存在であるはずの、勇者が。  シャルは、心の中は俺に贈り物を用意したくて、外に出たいと強請ったのだ。  結界を解いて外に出られるようになって初めに、俺のための贈り物を探しに行きたいと、言っていたのだ。  溢れ出る涙が止まらない。  自分が馬鹿で、マヌケで、心無い存在だと責め立て、嘆くことをやめられない。  俺は恩人だなんだと追いかけていたから、今ここにいるシャルがどんな男かがわからなかった、節穴野郎。  今、初めて知った。  この腕の中にいる男は、底抜けに温かで真っ直ぐな男なのだ。  自分の命を食事にした俺の元へ日暮れまで花を求めて、汗を拭う時間も惜しんだようにあるがままにやってきたシャルに、俺は胸が張り裂けそうなほど痛感する。  シャルは、弱い人間なのに、魔族を嫌っていない。  魔王である俺を、ただのアゼリディアス・ナイルゴウンとして、対等に向き合ってくれている。  ただ優しくされたから優しくして。大切にされたから大切にして。  そうやっているだけなのだ。  敵地のど真ん中で、ともすれば愚直に、真っ直ぐに、正直に、素直に、手の触れるものだけを抱きしめて温めている。  そんなシャルが誤魔化しや嘘を吐くこれまでと同じ人間だと、どうして思い込んでいた?  わかっていればあんな無様に取り乱すことなく、本当にそうする必要があるのだとわかったはずだった。  恩義という一方通行な気持ちで、俺はシャルという個人と向き合っていなかったんじゃないか。  独りよがりな勘違いをして、激昂して、脅して、怪我をさせて。  ひたむきなシャルが懸命に贈り物を探し、俺との約束も守りに来るまで、自分ばかり守っていた。  外側だけが強いフリをして、馬鹿らしい。薄皮一枚引き剥がせば、俺は、なんて。  俺はなんて──……ッ! 「よ、弱くて……弱くて、悪かった……っ、はっ、傷つけて、怖がらせて、うう、シャル……!」  たった数秒の間に駆け巡った思考と悔恨に、自分が恥ずかしくてたまらない。  俺は臆病な、ダメな男だ。  ダメな魔王だ。  腕の中のシャルが、もぞりと動く。抵抗しようとしているのかと思い、頬を伝う涙は途端にボロボロと洪水のように増す。 「き、嫌いにならないで……っ」  どうしようもない馬鹿な俺は、どうしようもない馬鹿なことをしでかしたのに、結局必死に縋りつくのだ。  それは魔王ではない。  ただのアゼルの、剥き出しの本心だった。

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