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第53話※微
「嫌なもんか……いいからもっと、俺の血を吸え……」
「っぅ、こ、このエ、エロ勇者……ッ」
おっと、結局また言ってしまった。
だが毒と失血で少しだけぼやけた頭は、意味がわかっていてもさほど羞恥も危機感もない。
それよりも照れて慌てるアゼルが、なんだか……かわいらしく思えて。
まぁ、もしそういう意味で捉えられても構わないか、と思うくらいには、正気じゃなかった。
いや。正気だったのだが、その思考回路は正気じゃないだろうなという感覚だ。
もしくは自己嫌悪に埋もれていた昨夜からの悲しみがなくなって、またこうして戯れることができて、思ったより高揚しているのかもしれない。
「ふっ、ぁ、あ」
初めに噛んだ傷口にまた重ね合わせるように牙が差し込まれて、痛みとは違う声が漏れ出す。
熱い舌が這いずりまわって、溢れさせられた血をピチャピチャと丹念に舐める。
喰らわれているというより愛撫されているみたいだ。そんな触れ方が、嫌じゃない。
愛撫なんてやらしいものに感じる自分に、胸がウズウズとする。
アゼルにはそんな気はないのだ。
ただ獲物の血を啜っているだけ。
だが、同じ男である俺がこうも淫らな気分になって甘い鳴き声をあげるのは、普通の思考なら気持ちの悪いものじゃないだろうか。
これが豊満な肉体を持つ美女であるならば、不快感などなかったかもしれない。
事実そういう獲物を狙う生き物が吸血鬼であり、悪魔的な美貌と催淫毒はそのためだろう。
俺が勇者で、類稀な美味な血液を持つらしい異世界人でなければ、こうも求めてもらえなかったはずだ。
「……はっ……」
毒のせいだろう。
心臓がにわかに騒めく。
支えきれそうにない体をどうにか立たせるために回した腕を、懸命にアゼルの背や後頭部に縋りつかせた。
健全に食事を楽しむ彼に触れるのがはばかられる気持ちから、振り払うのが容易なくらい弱々しい。
俺は男に邪な感情を抱く性癖は、持ち合わせていなかったはずだが。
「うぁ……ッ、ふ、っは……」
ジュルッ、と吸い上げられる。アゼルが丹念に舐めるので、噛まれた傷が少し回復してしまった。
蛇口が閉まり、それを惜しんで強く傷口を吸われ、一際大きく喘ぐ。
その声はもう明らかに甘い響きを持っていたから、こんな声を聞かせたくなくて、ぎゅっと強く目を閉じた。
これはまずい。限界だ。
「ふっ……みっとも、ない声を出して……申し訳、ないが、もう打ち止めだ……ぁ…ぅ……これ以上触られていると、俺は……困る……」
「はっ」
ぐったりとしながらそう告げると、首筋に吸いついていたアゼルが顔を上げる。
密着していた体を少し離した。
「どうして困るんだ」
「ンぁ、お……男の俺が、女のように悶えるのは……見ていても不快だろう……?」
「俺の毒のせいだろ。魔族は性に奔放だ。気にすることじゃねぇ。……まぁ、それに……俺の腕の中で鳴いてるシャルは……か、かわいい……と、思うぜ……」
──だから安心して、責任を取られていろ。
そう言って、アゼルは俺の体を僅かに抱え、浮かせる。
そして数歩後ろにあるドアにトン、と優しく、しかし逃れられないように、押しつけた。
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