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第69話

「うん。今のは幻聴だろう」  とりあえず思考を修正する。  だって、どこの世界に勇者から貰った差し入れを永久凍結魔法で半永久的に保存する魔王がいるんだ?  駄々を捏ねているのは本当だろうが、それとは別だな。魔族ジョークを本気にしてしまうところだった。  呆れてはいるが少し赤らんだ頬を誤魔化すように俺はんんっと大きめに咳払いをして、コンコン、とドアをノックした。 「! 入れ!」 「失礼します。こんにちは、今日のお菓子はクルミのクッキーだぞ。アゼル、ライゼンさん」 「よ、ようシャル……クルミか。クルミ、うん、嫌いじゃねぇ。いいチョイスだ、クルミ。ふふん」 「大好物のくせに……いらっしゃいませ、シャルさん。今お茶を淹れますね」  漏れていた声は知らんぷりして室内に入っていくと、切り替えたらしい二人が何事もなかったかのように対応してくれた。  魔界のツートップは伊達じゃない。  清々しいほどの切り替えの速さだ。  それにアゼルはクルミのクッキーが嫌いじゃないらしい。それはよかった。  嫌いなものを入れてしまったら、どんなお菓子でも食べてくれるアゼルに嫌な思いをさせてしまう。 「よかった。アゼルにはできるだけ、美味しいものを食べてほしいからな」  俺は安堵の気持ちで微笑みを返した。目頭を押さえて黙って震えられた。なんでだ。 「ライゼン、俺は休憩する」 「ええ、ええ。心得ておりますとも」  俺の姿を見て書斎机から立ち上がったアゼルが、ライゼンさんに声をかけ、いそいそとそばのローテーブルに座る。  素早いアゼルに呆れた顔を向けつつ、ライゼンさんは相変わらずの綺麗な微笑みを浮かべた。  壁際の棚の上に置いてあったティーセットを魔法で温め始める彼も、実はお菓子を買ってくれるお客様である。  ライゼンさんはアゼルに届けたお菓子を食べてくれて以来、いつも購入してくれるのだ。  お茶を飲むのが好きな彼は、お茶請けにちょうどいい量の俺の小分けお菓子を気に入ってくれている。嬉しい限りだな。  まぁ初めは俺のことを……というか勇者を魔族と見れば斬りつける戦闘狂だと思っていたのだが。  他はそうだったのかもしれないが、俺は斬りつけられなければ応戦しないとわかってもらえた。なので現在は和やかムードでお話をする関係である。  ライゼンさんにありがとうと声をかけ、俺はアゼルの元へ向かう。  ソファーに座ったまま自分の隣をペシペシと無言で叩くアゼルは、かなり遠回しだが〝ここに座れ〟と呼んでいるからな。  毎日そうなので慣れた。  俺の見立てではおそらく、普通に呼べない理由があるのだろう。 「休憩、今日も俺が一緒でいいか?」 「! 別に構わねぇ。いつもいちいち聞かなくても、勝手に隣で存分に休めばいい。ふふん、ふふふん。ふんふん」  ソファーをペシペシと叩いていたアゼルの隣に腰を下ろすと、彼は満足そうにニンマリと笑って、フンフンと鼻歌を歌い始めた。  うん、今日は機嫌がいいみたいだ。  俺が見るアゼルは機嫌がいいことが大半だが、アゼルの機嫌がいいと俺も嬉しい。  叱られるかもしれないが、子犬のようで愛くるしいのだ。動物好きのハートが疼く。

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