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第95話
「食料として売ればそれっきりでも、人間に恨みのある奴はゴマンといる。そいつらに憂さ晴らしで金を取って痛めつけさせれば、そこそこの儲けだぜ。回復力のお粗末な人間でも、水の回復魔法で少々のケガなら治る。修復できないくらい壊れたら、食っちまえばいい。人間ってのは、エコロジーな家畜だなァ」
「ちげぇねぇ。頭領は頭いいぜェ! それに人間を飼うのは珍しいから、芸を仕込んで売ればペットとしても使えるだろうよ」
「いいねェ? アンタみたいな澄まし顔のいい男を滅茶苦茶に痛めつけたいって輩は、意外と多いかんな? 憂さ晴らしでボロになったら、そういう変態に売ればいい」
「ヒヒッ、そりゃあいいぜ。よかったなァ?」
口々に今後の処遇を挙げて好き勝手に揶揄され、嘲笑われ、それでも床を転がるしかない。
しかしあとのことなんて聞いたところで動じるわけなく、頭の上から足が退けられると、怯むことなく彼らを睨みつける。
魔族は過激な性質だ。
そして敵対すると、弱い者は淘汰する。
無防備な俺が城で襲われなかったのは、アゼルが初めにみんなを納得させていたからだ。
アゼルはちゃんとわかっていた。
だから城とその周囲では、その努力のおかげで俺は平和に生きていられた。
あぁクソ。そうだった。
人間国でも、迂闊に一人で生きていこうとすれば人攫いに遭うと、世界の話を聞いた時に教えられていたのだ。
それをまるっきり今体現している。
自分の後始末は自分でつけなければ。
剣も持たない無手の勇者なんてただの脆弱な人間だ。
こうなってはどうしようもない。となればこの場は従い、機を見て逃げよう。
幸い軽食を食べて休んでから、それほど長い時間は経っていない。体力はまだある。
「……へェ?」
けれどどうにか活路を見出そうと床に倒れ伏しながらも気丈に振る舞っていた俺に生気を見たのか、剣呑な視線が身を貫く。
腕を組んでこちらを見下ろしていた頭領はフンッと鼻を鳴らすと、乱暴に俺の襟首を掴み上げた。
「うぅ……ッ」
「ギラギラ元気な目ん玉してんじゃねぇよ、家畜風情が。お前、しばらく動けねぇようにしてほしいみたいだな……?」
「は……な、にを……ッ」
頭領の猛々しい腕が鋭い爪を器用に襟の隙間へ滑らせ、俺のインナーの端を掴むと、容赦なくその布地をビリ、ビリ、と無惨に引き裂く。
黒いインナーの端切れが、ハラリと床に舞った。あらわになった俺の裸体を、頭領も、そして魚人たちも、食事を見るような目で見ている。
なにをするつもりかわからずにいる俺に、頭領はヤニ下がって、ツツ……と肌をなぞった。
「ククッ……そう怖がるなよ。欠損したら価値が下がる。ちょっと傷をつけるだけだ」
「ぅアッ……! ぐ……ッ!」
剥き出しの上半身に頭領の鋭い爪がブツッ、と突き刺さり、肉を破る激痛が走る。
咄嗟に悲鳴を噛み殺して、唇を噛んだ。屈服した声なんて、出すものか。
首に指をかけられ、腰を掴んで持ち上げられている俺の右肩から、爪の間を縫うように鮮麗な赤が流れ出る。
一呼吸するうちに脳がクラクラするような、濃厚な血の匂いが室内に立ち込めた。
肌をつたって流れた血が、足をしとどに濡らす。
それでは飽き足らずに血は床にシミを作るが、爪を引き抜いた頭領はツツ、と袈裟斬りに爪を動かして、更に薄く肌を裂いた。
「ッ、ぅ……ッ」
「アァ? なんだ? お前の血……たまんねぇ匂いがするぜ。人間はみんなこうも美味そうなのか? ん?」
「ふッ……! ッ……」
頭領が身悶える俺の傷を抉りながら、顎を太い親指でグッと仰け反らせる。
近づく頭にスンスンと血の香りを嗅がれると、言いようのない不快感が全身をゾワリと駆け巡った。
美味そうだと感じるのは、俺が異世界人だからだろう。
だがそんなこと、言うはずもない。
俺は必死に腕を捻る。
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