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第148話

「テメェのせいで俺はこの八年間、なぜ呼ばれたのかもわからない知らない世界で、魔物を狩る冒険者として生きてきた」  戦闘中にも関わらずアゼルが動きを止めているのを幸いと、勇者は捲し立てるように、真相を語り始めた。 「召喚の儀で呼ばれるはずだった勇者は、この俺だッ! たまたま現代で電車に乗ろうとした俺と降りようとしたお前の座標が重なって、二人一緒に召喚されちまっただけなんだよッ!」 「待って、待ってくれ……お、俺がたまたまその瞬間お前と同じ場所ですれ違ったから、召喚の儀がおかしくなったのか……? でも、でも神殿のステータス解析で、俺は異世界人だと……」 「はっ、往生際が悪くて呆れるぜ。なにも知らねえでのうのうと勇者様としてチヤホヤされてきたお前は知らねェだろうがな、勇者はステータスをいつでも自分で見れンだよ」  血の気の失せた白い顔で崩れ落ちそうによろめく俺を嘲笑い、勇者は「ステータス」と呟く。  フォン、と電子音に似た音がして 〝(かがり) 雄緒(ゆうお)(リューオ)  職業:勇者  スキル適正:剣技、炎魔法、格闘術、物理耐性、魔法耐性〟  と書かれたスクリーンのようなものが彼の手元に浮かんだ。 「職業・異世界人、じゃねぇ。勇者なんだから、職業・勇者に決まってんだろ」 「ぁ……」  浅ましく僅かな希望に縋りついていた手が、無情に振り払われた。  全ては偶然。必要とされたのはこの勇者で、俺はたまたまこちらに飛ばされただけの紛らわしい一般人。  俺が混じったせいで、この勇者はたった一人理由も与えられず放り出された被害者だ。  だから俺は、偽物。 「お前という異物のせいで、俺は魔法にはじかれ王都から離れた村で、瀕死のまま倒れてたんだッ! チクショウ、反吐が出るぜ……ッ!」  けれど彼の悲鳴のような怒声すら、今の俺にはうまく理解できなかった。  だって、それをなくしてしまったら、俺は、俺は一体、どう、やって。  どうやって、ここに。 「八年も成り代わって祭り上げられて、楽しかったか? なァ。次期国王なんて噂されて、世界が輝いて見えてたか? 身元の不確かな俺が小さな村で必死に訓練して無一文のクズから冒険者として身を立てている間、さぞテメェは幸福に過ごしただろうよッ! 俺は自分と同じ仲間がいるなら、きっと苦労してるだろうって思ったのによォ……」 「な、なぜ……そんなこと、どこで……?」 「アァ? ステータスが見れると知らなかった俺はな、二か月前王都の神殿でステータスを見たンだ。そして王に呼び立てられてから初めて自分がここにいる真実を知ったッ」  なるほどと思った。そして真実を知った彼は、俺を恨んだのだろう。  その続きは、言われなくてもわかる。  声が出なくて視界が不明瞭だった。この世界で奮い立っていた自分という存在が僅かな時間で足元から支えを失い、全てが崩れ落ちて行く。その瓦礫すら、完膚なきまでにすり潰されていくようだ。  神様がいるなら……きっと俺のことが大嫌いで、消えてなくなってほしいのだろう。  世界そのものに、お前の心を砕いて、砕いて、砂になってしまえと、言われているのかもしれない。  それくらい、俺の心は輪郭を失い、形を保てなくなっていった。やけに乾いた喉に張り付いた唾液をゴクリと飲み下す。  ぼやけた視界で勇者の向こうに、呆然とするアゼルがいるのが見えた。  バチ、と目が合って、息を飲んだアゼルは、強張った表情で震えながら一歩進む。  どうしよう、気づいている。彼は気づいている。 「なぁ、おい、その召喚……八年前……なのか……?」 「や、やめ……っ」  やめてくれ、なぜ、気づいてほしくなかった、お前にだけは、嫌だ、嫌だ、言わないで、お願いだから、聞かないで── 「あぁ? そうさッ! 何百年生きる魔王には微々たるもんかもしれねえけどな、俺には生きるか死ぬかの八年間だったんだッ! この、勇者でもなんでもない男にとって変わられた、地獄のなッ!」  ──知られて、しまった。  この世界にいるはずない俺が取って代わったのは、勇者だけじゃないことを。  大切な思い出の恩人の代わりに、俺を……知らない誰かを、愛していたことを。

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