161 / 192

第161話

  ◇ ◇ ◇ 「俺は罵詈雑言を吐いたお前が嫌いだ。でもいい罵詈雑言もあったから、感謝してやる。ありがたく思えよ」  もう二度と離すもんかとばかりにいつもの執務室スタイル、もとい俺を膝抱っこするバックハグ状態のまま、アゼルはもごもごとリューオにお礼を言った。  俺はそれにひとつ頷いてから、クルリとリューオに向き直る。 「アゼルはリューオが真実を教えてくれたことを本当に感謝しているようだ。人間国に魔王が押しかけると迷惑をかけるので、ずっと会えていなかったからな。リューオがいなければ、恩人がもう亡くなっていることも知らないままだった。だからありがとうと言っているぞ」 「なぁ通訳必須の感謝の言葉ってなに? こいつの最上級の感謝コレ? 斬り殺すぞ」 「アゼルはツンデレなんだ」 「魔王のツン強すぎんだろ」  リューオはアゼルの感謝と俺の翻訳を聞いて青筋を立てたが、斬り掛かることなくフンッと鼻を鳴らしてそっぽをむいた。  アゼルはまだ自国民ではない上に初対面のリューオには慣れていないので、ツンが増し増しなんだ。  本当に嫌っていれば声をかけずに手を出すだろうから、これは感謝を伝えようとして失敗しているだけである。 「……。シャル」 「ん?」 「シャル」 「うん。どうした?」  そんなことを考えていると、アゼルにリューオを警戒しながらもコソコソと小声で名前を呼ばれた。  返事をすれば、アゼルは黙りこくって俺の項をグリグリとおデコで擦る。玉座の間に入った時は無視してしまったから浸っているのかもしれない。  腹に回るアゼルの腕をよしよしとなでると、アゼルはいっそうグリグリと激しめに擦りついた。摩擦熱が凄い。  グリグリするアゼルとグリグリされる俺の目元は真っ赤に腫れていて、声もガラガラと枯れている。  こんな夜更けに号泣して抱き合っていた俺たちが泣き止むまでひたすら黙して待っていてくれたリューオは、俺たちのスリスリを馬鹿にしたりしない。  ずいぶんなタイミングでずいぶんな真相を暴露された上に攫われたが、俺もアゼルもそんなリューオに感謝していた。  ついさっきまで、アゼルに愛されないなら死んだほうが楽だと思っていたのにな。  こうして全てを取り払ってもお互いしかいないと気がつけたのなら、真実を教えてもらえて本当に良かったと思う。  まぁ泣きながら抱き合う俺たちの姿を見てこれほど想い合っていたのかと知ったリューオは、かなり罪悪感でやられていたみたいだが……いいんだ。  リューオは真っ直ぐで芯が強く綺麗な心を持った、紛れもない勇者である。  王様に教えられたことを信じて怒ったが、俺の言葉を信じて受け入れてもくれただろう? 感情の温度が高いんだろうな。  そういういいところに気がつくと和む俺は、もうすっかりリューオに友情にも似た感情が湧いていた。 「リューオはこれからどうするんだ? やはり俺も一度人間国へ行ったほうがいぐぐぐアゼル締まってる俺の腹が締まってる!」 「いや、もれなく魔王ついてきそうだからいらねェ。お前は死んでたことにしておいてやるよ」 「うう……しかしそれじゃあ魔王を倒せなかったお前は、王にどうされるか……」 「あー、まぁ村に戻って隠れながら暮らすわ。王都の仲間には手紙とか出すし」  なんでもないようにあっけらかんと言われて、俺は眉を顰める。  大見得切って出てきたリューオを今のあの王がどう扱うかなんてわからない。  また劣化しない兵士を見つけたと、魔王討伐失敗を理由に俺のように扱われるかもしれない。  サバイバル上等生まれ村育ちの元冒険者、現勇者のリューオは俺と違って世間知らずではないが、指名手配でもされればお手上げだろう。  そして乱暴だが真面目なリューオは、自分の判断で王との約束を反故にしたことを気にして従うかもしれない。  だからと言って、アゼルを殺させるわけにも行かなかった。八方塞がりだ。 「シャル、シャル」 「ん?」  困り果てて頭を悩ませていると、俺を抱きしめるアゼルが、耳元でなにやらボソボソと囁いた。

ともだちにシェアしよう!