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第168話
「安心しろよォ〜シャルのおっぱいは滅茶苦茶揉み心地イイぜ? 俺が魔王にピーアールしておいてやるよ。な?」
難儀な思考で悩んでいると、俺の下にいるガドが安心しろとばかりにクククと笑って、胸をモミモミと揉んできた。
そうだな。もしマンネリ化していたとしても待ったを掛ければいい。
雑談で漏らしただけの悩みなのに、ユリスもガドも俺のため、ちゃんと協力してくれた。なんだか頑張れる気がする。
「ありがとう。しっかり伝えてくれ」
「そ、こ、はッ! 自分で『俺の胸って揉み心地いいらしいんだけど試してみないか? 朝までたっぷり好きにしてもいいぞ♡』ぐらい言いなよバカァ!」
「あだだだだだだッ!」
俺たちのやり取りを見たユリスが、キレ気味に俺の背中をグリグリ踏みつけた。
あばら骨がガドの身体に当たって痛い。
ガドはガドでマイペースに「ちゃんとアピールしておいてやる」と俺の胸をまだ揉んでいる。そこは開発されてないけどちょっと気持ちいいので、そろそろやめてほしい。
俺の背中を踏みつけるユリスと、倒れ込む俺の胸をなおモミモミと揉むガドと、友人たちの足と体でサンドされる俺。
ベッドの上で男三人、ギャーギャーと騒ぎ立てる。
そうしてお互いがお互い騒ぐものだから、この流れは回避不可能なお約束であり、仕方のないことだと思うんだ。
──だから突然ガチャッと部屋の扉が開いても、誰一人気づけるわけないだろう?
「なァここに俺のユリスが来てッ、……」
「あ? そこで止まんなクソ勇、……」
「頼む骨が痛、……あ」
「うるっさいよこのドスケ、……え?」
ふと突き殺されそうな視線を感じ、踏みつけられ悶える俺と踏みつけるユリスが一斉に振り向く。
するとそこには扉を少し開けた状態で、驚愕の表情でワナワナと震えているリューオと、彫刻のように石化している真っ白に燃え尽きたアゼルが立っていた。
「……ん? おお、シャルのおっぱいはいい感じだぜェ魔王~。イチオシだ」
一拍遅れて気がついたガドの約束通りに宣伝をする声が、静まり返った空間に響き渡る。すまない。誰かこのマイペース竜人にデコピンをお見舞いしてほしい。
タラ、と変な汗が頬を伝った。
アゼルの状況は、扉を開くと自分の恋人がベッドの上で男の上に乗って少年に踏みつけられていた。マズイ。いかに恋愛経験値が低めの俺でもわかる。修羅場だ。
それもアゼルはここのところ様子がおかしかった。マンネリ疑惑。破局の危機。バッドタイミング。
弁明しなければいけないが、混乱して迂闊に動けない。ユリスは愛する魔王様に一見して不埒な現場を目撃されフリーズしているし、俺も初めての修羅場でどうしていいかわからない。うっ修羅場のハウツー本を読んでおけばよかった……っ!
絶対に怒られる。
流石のアゼルも怒る。
確信を持ってゴクリと唾を飲む。
緊張の場で、硬直状態から復活したアゼルとリューオが動いたのは同時だ。
「──肉体改造してくるからしばらく別居だからなあああああああああッ!」
「あッアゼル!?」
「──踏みつけるなら俺にしろよおおおおおおおおおおおッ!」
「はぁ!? 僕の足が腐るでしょ!?」
我に返ったかと思えば、二人はバタァンッ! と扉を思いっきり開いて来たばかりの廊下を爆走して走り去っていった。
ユリスは反射的に吐き気を催すなにかを見るような顔で否定していたが、リューオには届いていない。それよりアゼルだ。
別居と言うが同じ城に住んでいるのになんでそうなった。近距離別居もいいところじゃないか。建物すら別れていない。
そして肉体改造ってなんだ。アゼルはそのままで最高に素敵なのに今朝は鏡を見損ねたのか?
そんな当たり前のことも忘れて叫びながら逃げていったアゼルに、俺はポカンと大口を開けてしばし呆然とする。
「…………はっ! ど、どうしよう! 昼ドラでよくあるやつだ! 俺はフラれてしまう! ガド、申し訳ないが今すぐアゼルに俺の胸筋を捨てるのはまだ早いと伝えてきてほしい!」
「ほいきた。お安い御用だぜ」
「うん。引き止める理由作ってどうにかしないとって思ったのはわかったから、一切ツッコミを入れないネズミ甘やかし空軍長官は戻って。座れ。ステイ」
慌てふためきごめん寝状態で頼み込む俺と、ニンマリと笑って窓へ向かおうとするガドに、それを淡々と止めたユリス先生。
ユリスの虚空を見つめるような眼差しにより、有効打を持たない俺たちは大人しくベッドに正座するしかなかった。
ああアゼル、しばらく別居っていつまでなんだ。あと何秒くらいだ。五秒くらいか? 長いな。
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