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第60話
閑話休題。
そんな計画はさておき、話を戻そう。
それで、俺はお菓子を作る仕事は諦めて、他に働けそうなところを探すことにした。
が、それを言うとアゼルが吠え、鬼気迫る勢いで部屋から飛び出して行ったのだ。
『仕事しなくていいって言ってんのにこの労働中毒めッ! 職場探しはだめだ! お前のための厨房を作るから、それまで黙って飼われてろ!』
とんだ捨て台詞である。
予想外の言葉にポカンとして、止める暇もなかったあの日。
というわけで──現在俺が作業をしているのは、二週間前に完成したまさかの俺専用厨房なのだ。
……言いたいことはあったとも。
やめろと言ったとも。
元手のかからない仕事を探すとも言ったとも。
もしなければ従魔の下働きをするとも、何度も言ったとも。
だが言えば言うほどガウガウと吠え始め、『貧弱人間に魔族の同僚は務まらない、死にたいのか?』的なことを散々言い聞かせられてしまうのだ。
気がつけばクドラキオン魔族であるアゼルの眷属、カプバットや黒人狼 たちを指揮して、着工三日で魔王城の中庭に専用厨房が建てられたんだぞ?
まぁ、その……魔王を崇拝する眷属たちが本気を出したからな……。
アゼルが闇魔法を駆使して中庭に更地を作るまで、五秒とかからなかったしな……。
断ったらおそらく、アゼルはまた泣くだろう。しかも重大なことのように捉えて一人でしくしくするだろう。
俺に関することはなぜか、アゼルは常に全力の本気で受け止める。
その上ドヤ顔で「ふふん、どうだ? 嬉しいか?」なんて言われたら──貰うしかないじゃないか……っ!
くっ、とままならない心情で、小さめの紙袋に小分けしたクッキーを量産していく。
専用厨房。ありがたい。作業が捗る。
だがいったい元を取るには何年使い倒さねばならないのか。
俺は家畜であり捕虜ではないのか。
何事もスケールが魔王級のアゼルに、俺は嬉しいながらも限度とは、と震えていたからな。
せめてものお礼に、初めて作ったお菓子はアゼルとその眷属たちに振る舞った。
するとなんと、大好評だったのだ。
ふふふ、これはとても嬉しかったぞ。思い出しても照れてしまう。
みんなでティータイムのあとは、なぜか吸血系の魔物や魔族に好かれるらしい俺が、黒人狼たちを全員なでることになった。
ちょっとよくわからないが、もふもふ成分を補給できるので願ったり叶ったりである。ニコニコとしながら存分になでた。
あぁ……そういえば。
いつかの黒い犬がどこからともなく現れて、なでなで待ちの列に並んでいたな。
やはりアゼルの眷属だったのか。
再会が嬉しくて殊更にもふもふしてやったのも、懐かしい思い出だ。
「アイツの毛質はなんかこう、モフっとしていて艶やかだったな……なでても抜け毛がないのが不思議だったが、魔族だからだろうな……」
最後のクッキーを小分けに包みながら、この仕事を始めるまでを思い出して、笑みを漏らす。なんやかんやとあったが、開店準備は概ね楽しかった。
しかしアゼルは困ったさんである。
小型とはいえ厨房というものは、勢いで作っていいものじゃないと思うが。
俺のせいでアゼルのポケットマネーが尽きたら、どうにかして養わねば……。
ひっそりと決心を固める。
よし、今日もどうにか売り込むぞ。
小分けにしたクッキーは、全部で数十個になった。予約してくれている先約ぶんも込みだ。
前もって予約してもらえると、俺が昼過ぎからおやつ時までにお届けするシステムである。こういうお届けオプションもつけなくては、売上と認知度が上がらない。
思考回路が根っから企業戦士だな。
一抱えほどのバスケットに全て詰め込んで、俺はいざ、配達と営業に向けて厨房から歩き出した。
駆け出しの頃体験した懐かしの営業。
時たま、リーマン時代を思い出す。
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