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第2話
暁人が生徒会の手伝いをするようになってから一週間。一人で買い物して夕飯を作りお風呂の準備と洗濯も済ます。
生徒会は本当に忙しいみたいで暁人が部屋に帰って来るのは遅いときは8時を過ぎる事もあった。持ち帰った仕事をしたりもしていて、最近はゆっくり暁人と話す時間もない。
でも週明けには入院していた先輩が復帰するらしいのでそれまでは我慢しなきゃ、大変なのは暁人なんだし。
疲れて帰って来る暁人がくつげるように僕は僕が出来ることを頑張らないとね。今日の夕飯は暁人の好きなビーフシチューにしてみた。喜んでくれるといいな。
準備を終えて暁人が帰って来るまでの間に今日出た課題を済ませようと部屋に戻る。忙しい暁人にはなるべく迷惑を掛けないように少しでも課題を進めとかなきゃ。
勉強机に置いた鞄から教科書を取り出そうとしたら入れて置いたままの携帯の着信ランプが光っていた。マナーモードにしていたから気付かなかったけど暁人からの着信が何回か入ってる。メールボックスにも暁人からの着信。
『ごめん。手伝いのお礼にって生徒会の人達と食事する事になったんで夕飯済ませて来る』
開いてみるとそう書いてあった。多分急な事だったんだろう。せっかくの先輩達の感謝の気持ちを断るなんて出来るわけないし謝ったりしないでいいのに…。
「暁人の分は冷凍しとこっと。お腹空いたし僕もたべちゃおっかな」
お皿に一人分のビーフシチューをよそって食べる。お腹が空いていたはずなのになんだかちっともスプーンがすすまない。そう言えば仕事で遅い両親を待つ時もいつでも暁人がいた。一人でする食事の味気なさなんて…、いま初めて知った。
「たいっちゃん、なんだか元気ないね?」
純くんに心配掛けてしまっているけど僕は曖昧な返事しか出来ずにいた。昨日生徒会の人達との食事会を終えて帰って来た暁人から生徒会への加入を正式に頼まれたと聞かされた。
暁人の仕事振りを見た生徒会の人達が手放したくなくなったらしい。生徒会入りの話はもとから噂されていたし、暁人なら当然だって誇らしい気持ちさえある。
ただ、たった一週間でも暁人との時間が減った事が寂しかったのに、正式に生徒会役員になったらきっと今より一緒にいられる時間は減るだろう。
全寮制学園の生徒会とあって、仕事の量もそれに伴う責任も中学の時とは比較にならない程大変みたいだ。
けれど、その分それを勤め上げれば与えられる恩恵も大きい。この学園のOBには政財界に顔の利く人達が多いので生徒会OBとなれば社会に出た時に必ず大きな糧となるはず。
だから喜んであげるべきなのに、僕は暁人にちゃんとおめでとうって言ってあげられなかった…。
「たいっちゃんの元気がないのはやっぱりあの噂のせい?」
「あの噂って?」
「多岐川君、臨時でやってた生徒会に正式に入る事になったんでしょ?」
「まだ入るかどうかは返事してないって言ってたよ」
…もうそんな噂が出回ってるんだ。
「そっか、てっきり生徒会入りが決まっちゃって多岐川君との時間が減っちゃうのが寂しい~って泣いてるのかって思ったけど違うんだ~」
悪戯っ子みたいな笑顔で純くんが僕に言う。
「…ち、違うよっ」
正直図星だったから焦る。純くん鋭い…。
「じゃあもう一つの噂の方かな…」
「まだ噂があるの」
「やっぱり人気者は噂が出回るのが早いみたいだね」
「僕は純くんの耳の早さも凄いと思う…」
「僕の知ってる情報なんて大した事じゃないって。たいっちゃんが疎いんですぅ~」
「むうう~、じゃあその情報ってなにさ」
「うん…ほら、前にはちょっと話した事があったじゃない?多岐川君と上良君の噂」
「副委員長の上良くん…?」
「うん、彼も多岐川君と一緒に生徒会手伝ってたんでしょ?」
「うん。そう聞いてる…」
「それで多岐川君と上良君二人とも正式に生徒会入りするらしいって噂で、それを渋ってる上良君を多岐川君が口説いてるとか」
「え…」
「それで多岐川君は上良君と一緒にいたいから生徒会にかこつけて口説いてるんだとか、もう二人は恋人同士だから二人で生徒会に入るんだとかって噂があるんでよね」
「…そんなこと、知らない」
「もちろんただの噂だよ。ホラここって娯楽が少ないからゴシップ染みた噂話ってみんな好きなんだよ。根拠のない無責任な噂も結構多いしさ」
そんなに暁人とあの人の噂があるなんて全然知らなかった。純くんが言うように目を引く二人だから興味本位に囃し立てる人もいるだろう。
それに上良くんは暁人に好意を持っているようだった。上良くんが僕を見る目は暁人を好きだった人達からよく向けられたものと同じだったから、多分間違ってはいないと思う。じゃあ暁人はどうなんだろ。
中学の頃から暁人は女子だけじゃなく男子からも好意を持たれていて、その気持ちを受け入れた事は一度もなかったけど、それが女子であれ男子であれちゃんと真摯に向きあって断っていたから、相手が男の子だからって理由で恋愛対象にしないと言う事はないと思う。
上良くんとちゃんと話した事はないからどういう人かはわからないけれど、見た目は暁人と並んでも見劣りしない美しい人で生徒会に入れる程の実力もある。
そんな人から好意を持たれて嫌だと思う人なんていないんじゃないかな。
今まで恋愛に興味がないと言って恋人を作らなかった暁人だけど、いつかは誰かを、好きになって恋人と呼べる人が出来るはず。
それが上良くんで二人が本当に付き合うようになったら、今まで僕と過ごしていた時間は上良くんと過ごす為のものになるんだろうか。
もしもそうなったら、…僕はどうするんだろう。生まれた時から暁人が傍にいるのが当たり前だった。時には喧嘩して口を利かない事もあったけど、暫くすればどちらからともなく謝っていつの間にか仲直りして…。
楽しい時も悲しい時もいつも、いつでも二人で一緒だったから。暁人が傍からいなくなる日が来るなんて事を僕は考えもしていなかった…。
今日は例の入院していた先輩の復帰祝いがあるから夕飯はいらないっていわれた。なんだか自分一人だとご飯を作る気になれなくてカップ麺で夕飯を済ませてしまった。
暁人にばれたら怒られそうだけど、やっぱり一人の食事って美味しくなくて何でもいいやって気になっちゃって、つい…。
僕って暁人がいないとご飯も食べれないのかな。うわ~、何だかこれって病気みたい、病名は暁人依存症とか?って…笑えないよ。
一人でジタバタしていたら玄関が開く音がした。暁人が帰って来たんだ。
「お帰りなさい。暁人」
玄関まで走って行って出迎える。
「おお~、お出迎え!いいね~可愛いね。まるで新妻だ!」
「も~、何言ってるの。あ、驚かせてごめんね」
玄関には暁人ではなく何故か知らない人達がいて思わず後退ってしまう。
「ちょっと先輩達!太一を驚かさないで下さいよ」
暁人の声がその人達越しに聞こえる。
「あ…」
落ち着いて見てみたらこの人達って生徒会の人達だ…。確か最初に声を掛けてきた人が生徒会長で横にいる人が副会長だ。でもなんでこの人達がここに…?
取り敢えず上がって貰ってお茶の用意をする。カップを温めている間にお茶請けにこないだ焼いて冷凍しといたクッキーをオーブントースターに入れて…、と支度をしていたら暁人が姿を見せた。
「連絡なしにごめんな太一。どうしても来るってきかなくて」
ちょっと疲れた表情の暁人。
「ううん、僕は構わないけど」
「持って行くの手伝うよ」
「ありがと」
でも会長さん達は何をしに僕達の部屋まで来たのかな。リビングのソファーに並んで座る会長と副会長にお茶を出したあと、部屋に戻ろうとした僕に会長さんが声を掛けてきた。
「待って、太一君も一緒にお茶しようよ」
「え…でも」
多分生徒会の事で来られたんだろうと思ったから、席を外そうと思ったのに部外者がいてもいいのかな。
「太一君にも関係のある話なんだ」
「僕にもですか…?」
「うん、実は俺達多岐川に生徒会へ正式に入って貰いたくて熱烈ラブコール中なんだけど好い返事が貰えなくてね~」
生徒会に誘われている事は知っているけど、暁人が加入を渋ってるのと僕に何の関係があるのかな…。
「だから。何れは参加させて貰いたいと思ってますけど、それは今じゃなくても次の任期が来てからでもいい事でしょう」
会長さんの言葉に暁人が返す。
「だって一年でこれだけ使えるヤツがいるのに勿体ないじゃん!正直お前と上良が居てくれたら物凄く助かるんだよー」
「今のメンバーでも充分仕事は回せると思いますが」
「冷たい!暁ちゃんったら同じ釜の飯を食った仲なのに俺達を見捨てるの~」
よよよ…、と泣き真似をする会長さん。格好いい見た目に反して何だかお茶目な人だなぁ…。
「食べたのは同じ釜じゃなくて食堂の飯でしょ。それなら全校生徒ほぼ全員が該当しますよ」
「まったく可愛くないなぁ~。自分は毎日愛妻の手料理を食べられるからって自慢か、おい」
…あ、愛妻って!?何を会長さんは言ってるの~っ!そう言えばさっきも玄関先で新妻の出迎えとか言ってたような…。
「あーもう。話が進まないからちょっと黙ってて」
隣の副会長さんが話に割って入る。この人も淑やかな雰囲気を裏切る快活さだ。
「多岐川君が乗り気じゃないのは承知してるけど僕も会長と同じ気持ちだよ。いずれ入る気があるのに、それが今じゃ駄目なのは理由があるからだよね」
「その理由ってのが可愛い新妻とのイチャコラだったら容さねえぞゴラ」
「…あ、あのっ!」
「ん?どうしたの」
「さっきから会長さんが言われている愛妻とかって一体何の事なんでしょうか?
「「え?」」
なんだか愛妻とか新妻とかって、まさか…ぼ…僕の事じゃないよね?
「多岐川君と相澤君って付き合ってるんだよね?」
副会長さんがまさかの爆弾発言!
「毎日欠かさず愛妻の手料理食べてるってノロケてるぞコイツ。実際、愛妻弁当は旨かった」
うんうんって会長さん、何を納得してるんですか~?
「あ、暁人…あの…」
「ああ。昼休みに仕事しながら弁当食べてたら横からつまみ食いされてさ」
いやいや、そんな事を聞きたいんじゃないんです暁人さん。
「楽しみに取っておいたアスパラベーコンを狙うなんて鬼畜の所業だと思わないか。太一」
暁人アスパラベーコン大好物だもんね…って、そうじゃなくて!
「あのっ、ですから暁人の生徒会入りと僕と何か関係があるのでしょうか」
話が脱線してばかりな気がするので思い切って聞いてみる。これ以上恥ずかしい事を言われるのも堪らないしっ…。
「うん、つまりね。多岐川が生徒会に入って拘束時間が増えると君との時間が減っちゃうでしょ~。だから君にもお願いに来たって次第なの」
「多岐川君の様子からてっきり付き合ってるんだとばかり思ってたから、相澤君にも話を通すべきだと思ったんだ。…でも君のリアクション見てるとそう言う訳でもなさそうだけど」
さっきから会長さんも副会長さんも何突拍子もない事を言ってるんだろうか…!
「ぼっ、僕はただの幼なじみですっ」
「…そうなの?」
「はいっ」
「ふうん…。そうか、じゃあ君に聞くのは筋違いだったね」
「…そっか。そうだな、うん!わかった。急に押し掛けて来て迷惑かけて悪かった」
「あ…、いえ」
「それじゃそろそろお暇するよ。お茶をご馳走さま」
「クッキーも旨かったよ。今度は俺にも差し入れてくれな」
「図々しいですよ。会長」
「お前は少し先輩を敬えっ」
「あ…ねぇ、多岐川君。僕達を部屋まで送ってって欲しいなー」
「はあ?なんで部屋まで…」
「おおっ、そうだな。よっし先輩命令だ!」
「…………わかりましたよ。太一ちょっと行って来るな」
「あ、うん。いってらっしゃい」
…なんだかよくわからないけど、会長さん達は納得してくれたのかな…?
さっきの会長さん達の話を纏めると暁人に生徒会へ入って欲しいけど、暁人はそれを拒んでいるから僕にお願いに来た。そして僕に頼む理由は僕と暁人が恋人同士だと思ってたから…。
???
なんで?なんで会長さん達は僕と暁人が恋人同士だなんて勘違いをしたの!?
あ…愛妻だとか新妻だとかあり得ない言葉をさらっと会長さん言ってたけど、暁人もなんで否定しなかったのさっ。みんなで僕をからかってたのかなぁ…。
それはともかくとして、会長さん達は本当に暁人に生徒会に入って欲しいみたいだった。暁人もいずれは生徒会へ入る意思はあるみたいなのに今は入りたくない理由って?
副会長さんの質問に結局、暁人は答えなかったからその理由はわからず仕舞いだ。一人で考えを巡らせていたら暁人が戻って来た。
「お疲れさま暁人。何か飲む?」
「…ああ」
「コーヒーでいい?こないだお母さんが送ってくれた紅茶もあるけど…」
「…太一。俺、生徒会に入る事になった」
え…?
「承諾…したんだ」
「……ああ」
「…そっか、おめでとう。暁人なら何れそうなるだろうなって思ってた。…大変だろうけど頑張ってね」
僕は寂しい気持ちを隠してこの間言えなかったお祝いの言葉を暁人に贈った…。
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