『こひはもうもく』実はもうもうひとつの「結び」の章がありました。
ネタバレ入りますので、これから読もうとしてくださっている方は観覧なさらないでくださいませ。
「結い」の章で執筆したもうひとつのストーリーです。
結末は同じですが、ちょっと内容が違います。
皆様はどちらが好きですかね。
私は悩んだ結果、やっぱり公開している方がしっくりしました(*^-^*)。
ということで、こちらでもうひとつの話を公開してみました。
では、ボツったストーリーをどうぞ。
↓
*
蛍が舞っている。隣には大好きな人がいて、千景と同じこの景色を見ている。
そんな他愛ないことが、千景にはとても嬉しかった。
「千景、大空の花火は無理だが、今年はこれで勘弁してくれ」
そう言って、桶と一緒に取り出したのは紐状のものだ。
「それは線香花火?」
どうしてここまでしてくれるのだろう。
判っている。彼はとても優しい人だ。これに深い意味合いはない。
そう思うと、千景の胸がぎゅっと締め付けられた。涙が一筋頬を伝う。
泣いてはいけない。虎次郎に不審がられる。ずっと傍にいたいのなら、この恋は秘密にしなければ。
そう思うのに、しかし千景の気持ちとは裏腹に、涙が止まらない。
一筋頬を伝えばまた新たな涙が一筋流れる。
「千景?」
虎次郎の長い指が頬を伝う涙を受け止める。
たったそれだけで、千景の胸が震えた。
「ぼく、は……」
貴方に恋をしてしまった。
深く考えることができなくなった千景は口を開いたと同時だった。
「千景、おれはお前が好きだ。世間は冷たいだろうに全然擦れてなくて。気が付いたらお前のことばかり考えるようになったんだ」
虎次郎はいったい何を言っているのだろう。
まさか自分と同じ気持ちだったとは考えにくくて、千景は首を振った。
だっておかしい。自分はただの庶民だ。容姿だって見窄らしいばかりで美しくない。こんな町人に――しかも同性の自分が旗本の彼が好きになってもらえるわけがない。
「でも、ぼくは男で……」
「同性に恋心を抱くのはおかしいか? そんなおれを、お前は嫌うか?」
「いいえ、いいえ! ぼくも貴方がずっと好きでした」
「よかった」
「でも、貴方は旗本です。ぼくは商人で身分が違います。どう考えても一緒にはなれません」
「旗本でも四男坊だ。だから武士を捨てて農民になるのもいい。現にそういう生き方をしている武士はいくらでもいる。おれは千景と生きていきたい。花や野菜。それに米を畑に実らせて、一緒に暮らしたい。そう思うのはいけないことか?」
「いけないことです」
「千景……」
「でも……ぼくもどうかしています。貴方と一緒になれることを夢見ていたんです」
「千景、嬉しいよ。きっとお前を大切にする」
虎次郎と一緒だと目が回りそうだ。
紐の先でちりちりと花が咲いている。
千景は手元で咲いている美しい火の花をうっとりと見つめた。
―完―