「終の棲家」の結婚指輪の話

「終の棲家」

https://fujossy.jp/books/20450

 

おじさん二人の、萌えキュンもエロエロもない、とても地味な作品なのに、ぽつりぽつりとお気に入りに入れて下さる方がいらして、嬉しく思います。

以下、ネタバレと言いますか、物語の舞台裏、のようなことを書きます。
そういったものが苦手な方は回避をお願いします。

 

 


物語の冒頭に登場してくる結婚指輪。

あれは、数年前にある方から直接伺ったエピソードを元にしています。

 

その方とは一度きりしかお会いしていません。
彼はゲイで、50代の方でした。お会いした前年に20年来のパートナーと結婚式を挙げたそうで、その時の写真も見せていただきました。和装と洋装、どちらの装いもとても素敵でした。(お二人とも室伏広治さんのようなガタイの良いイケメン兄貴タイプでいらしたので、本当によくお似合いだったのです) 集合写真からはたくさんの人に祝福されている様子がうかがえ、微笑ましく拝見しました。

 

しかしながら、彼らのご両親・ご親族はその写真には写っていませんでした。

 

「もう死んじゃったけど、田舎の年寄りだしね、最後まで価値観を変えることは出来なかったんだよね」と、その時だけ少し淋しそうに語っていらっしゃいました。

それから「そもそも今更結婚式を挙げたのも、その親が死んだからなんだ。もう好きにしていいかなと思って。正直、親戚や学生時代の友達より、こっち来てからの友達のほうが大事だし、その人たちにちゃんとお礼を言いたかったから」と。

 

お父様は彼がゲイであることも知らないままずっと前に亡くなっていて、それ以降は母一人子一人で暮らし、就職を機に彼が上京してからは母親は実家で一人で暮らしていたそうです。都内の自分たちのところに呼び寄せることも考えたけれど、どうあっても「同性パートナー」を認めてくれず、住み慣れた土地から離れることも嫌だと拒否され、そして、そのまま一人暮らしを続け、数年前に亡くなった。そんなお話を伺いました。

 

最後に彼は左手薬指の指輪を見せながら言いました。

 

「僕は一人っ子でね、実家も処分してなくなったし、墓地もうちの近くに移しちゃったから故郷にはなぁんにも残ってない。遺品を整理したらアクセサリー類も出てきて、その中からゴールドを集めて、溶かして、これにしちゃった」

 

笑いながらそう言う彼を見ながら、それはどういう気持ちだったのだろうとずっと考えていました。

 

認めてもらいたかった息子と、認めてやれなかった母親。
そんな母親の遺品をわざわざ結婚指輪に加工して、身につけ続けるという選択。

 

「認めてもらえなくたって俺たちは二人で生きていくんだから、近くでしっかと見ててくれよ」
「期待に応えられなくてごめん、淋しくさせてごめん、これからはいつも一緒だよ」

 

どっちの気持ちなんだろう。それとも、どっちの気持ちでもないのか。どっちの気持ちでもあるのか。

 

そんなことをずっと考えた末のひとつの答えが、「終の棲家」というお話になったのでした。

久家と小嶋はこの彼に出会う以前にできていたキャラクターで、彼をモデルにしたものでありませんが、年齢やパートナーとの関係性が似通っていて、ある種の「運命」を感じたものです。「その恋」を書いていると、時折そんな出会いがあったりもするのでした。