SS ‐きっと好きだった‐

 彼が振り返る瞬間が好きだった。

 少し色の抜けた黒い髪。

 長めの襟足がふわっと広がって。

 細い顎の線が髪の隙間からうかがえる。

 色っぽく伸びた首を彩るの喉仏がわずかに上下すれば、僕の名前が紡がれた。

 白い肌に透ける血脈が頬を染めて。

 僕を見やる目は伏し目がちだった。

 

 触れたいな、と思ったころにはもう前を向いてしまって。

 それがどうにも拒絶のように思えてしまうから。

 

 ずっと僕を見ててほしいって。

 

 でも馬鹿げてるんだ。

 だって僕は彼にいじめられているんだから。

 彼が僕を振り返るのは、押し付けた荷物を放り投げずについてきているかを確認するためで、僕の名前を呼ぶのはなにかを命令するとき。

 最初はなんで僕がって思ってた。

 彼はクラスの中心、もっと言えば学校中の人気者で、男女問わず告白されているような人だ。わざわざ僕を取りざたするなんて、よっぽど暇なんだって。

 学校で顔を突き合わすたびに僕に突っかかってきて低俗な意地悪をするし、僕が他の人と話してるのが気に入らないみたいですぐに怒りだす。彼の所有欲になんど勘違いしそうになったか。

 

 でも、勘違いはどこまで行っても勘違いだったらしい。

 

 卒業式の日、名残惜しさのかけらもないような声で『よかったね。これでオレから解放されるじゃん』なんて。

 

 同窓会に出席すれば会えるんじゃないかって思ったけど。

 会えなかった。

 

 代わりに、悲しいことを聞いた。

 

『卒業式の日、お前と別れたあとのあいつ、すげー泣いてたけど』

 

 嘘だ。

 

『好きだったのに、一度も優しくできなかったって言ってた』

 

 嘘だ。

 

『どうせ嫌われてる、オレと離れられて清々してるって俺らにさんざん愚痴ってたんだ』

 

 ……。

 それを今聞かされて、僕はどうすればいいんだよ。

 にぎやかなはずの貸し切りの居酒屋。

 なのにどうしてか。

 静かで静かで、ただ、悲しかった。