小話
小ネタを発見したので。掲載した当時はかなりの辺境で、閲覧数は少数(と思われる)の幻の話(笑)
その名は、夏!
──夏が、やってきた!
足立奈智の周囲の席の数人のクラスメイトは六月頭に足早ながら、それを実感した。
去年とそれほど大幅なクラス替えがなかったため、ほとんどが一年から面子は変わらない。
そのため、大体は過去から学んでいるはずであるが……それを跳ね除けるは当の奈智である。早々から夏バテの気を漂わせ、普段のスッキリした面持ちでなく若干くたびれた感じ。怠そうにコメカミを押さえるその長い指と、いつもより少し肌蹴られた胸元に息を飲む男子生徒が数名。微かに上がっている吐息は、もはや誘っているとしか思えない。
その色気を存分に放っている奈智の前。
「奈智ホントに苦手だね、暑いの」
夏生まれは夏に強いと、誰が言ったのか。
「……うん。ダイジョウブ」
授業中だというに、後ろの席を振り返った折原真咲(まさき)は遅い返答に眉を顰めた。
「どこが。……熱いよ」
教室内が微かにざわついたなど、当の本人たちは気づかない。
「……真咲、近い」
あろうことか、互いの額をくっ付けて熱を測った友人に奈智は弱々しい抗議の声を上げた。
「先生! 奈智保健室連れてっていいですか?」
「そうね、行ってらっしゃい」
黒板から視線を外し、にこやかに微笑んだ若い副担任がウォッチングできなくて残念に思っているなどと、クラス内の誰も気づかない。そう、彼女は俗にいう腐女子。
「……なん、で?」
友人に引っ張られ保健室に連れてこられた奈智は、しばらくベッドで横になって休んでいた。
首元を撫でる感触に不承不承瞼を上げると、そこには。
「……先輩」
元生徒会役員の三年だった。
「俺は、据え膳は遠慮なく食う主義なの」
何だ、それは。
「先輩、授業受けないんですか?」
「机でやる授業じゃないのを、足立に教えてもらうよ」
己の範囲外の宇宙語を話しだす、前生徒会会長に奈智の頭痛は更に増した。
「……他を当たってください」
「んー? いいよ、足立は感じててくれれば」
もはや抗う気力も尽きて、奈智は目を瞑った。
──俺、何にもして無いのに。
「奈智!! 倒れたって!!?」
怪しげな空気の流れ始めた保健室の扉をけたましい音で開け、入ってきたのは顔を見なくても解る、現生徒会長。
「……倒れてない」
弱々しい声で呟いても、誰も聞きはしない。
「ここンとこ、バイトでも調子悪そうだったな」
続くは副会長。
「っちょっ! 先輩、奈智にナニやってんの!?」
「イイコト」
「おお、いい眺めだな、奈智。俺も混ぜろよ」
──副会長。アナタ、女の子でしょう……?
少なからず女の子に夢を抱いていた奈智の儚い想いは崩れ去られた。
「ちょっと! みんなで何やってるの、奈智調子悪いのに!!」
突如響いた、友人の声を耳にして奈智は安心した。
──これで休める。
勝手にボタンを外されたワイシャツの内側に侵入する手の冷たさを感じつつ、奈智は意識を手放した。