チョコとか、えすとかえむとか(探偵×刑事)

バレンタインデーです。

 

ハイドさんの券には手作りのフォンダンショコラ付き。ウィルクス君の券には、同僚の女性刑事におすすめされるがままに買ったチョコ(ゴディバ)付きだそうです。

 

以下は、R18。

「もうゆるして」と泣くウィルクス君が見たくて描いたまんがです。無論許されません。

 

「えすかえむか」

 

 

ハイドさんは「ぼくはベッドの中でだけプレイの一環としてSになる、つまり職業Sだ」と自称していますが、「ウィルクス君を見たら泣き顔が見たくなるし、彼が壊れる寸前まであいしたい」そうなのでたぶん優しいSの可能性がある。

 

ミニ掌編もあるのでよかったらどうぞ↓♡

こちらは年齢制限ありません。

 

*ウィルクス君にラブレターを送るはなし。

 

 結婚相手が家に帰ってこない。
 それも仕方ないとシドニー・C・ハイドは思った。彼は探偵事務所兼自宅の居間で、窓際のソファにぼんやり腰を下ろしている。スマートフォンを緩く包んだ大きな手を腿の上に置いていた。現在午前零時半過ぎ。彼はすでにシャワーを浴びてパジャマに着替えていた。
 ガウンにくるまってぼんやりしながら、テレビの電源を入れる。リモコンに触らなくとも国営放送のニュース番組が映し出された。おとといの夜に起こったユニオン・サウス銀行の強盗及び立てこもり事件。犯人の男三人は未だ八人の人質を支配下に置いたまま、銀行員一人が死亡。テロという見方もある。交渉人の手際の悪さと、警視庁の行動が遅れたことを非難する声が上がっています、とキャスターが暗い語調で締めくくった。
 ハイドはテレビを消す。あたりがしんと静かになり、エアコンがあたたかい風を吐きだすかすかな音だけが聞こえてくる。
 彼の十三歳離れたパートナー、エドワード・ウィルクスはスコットランドヤードで刑事をしている。現在、まさに渦中にいて、黙々と仕事をしているのだ。ハイドは結婚相手のことを考えて心配になる。今までだって、じゅうぶん忙しそうだった。それなのにに、またこうして家に帰れない。おれは頑丈だし、好きで選んだ仕事ですから、とは以前言っていたが、適度な休みや気を緩めることがなければどんな人間でも潰れてしまう。ましてや、刑事という気を張る仕事をしているのだ。
 ぼくも手伝いに行ければいいけど、民間の探偵だしな、とソファにもたれかかってハイドは思う。犯人グループは一人が移民、あとの二人が地元ロンドンの人間のようだ。彼らの“クラス”やコミュニティの人間たち、それに彼らの知人に接触できたら、説得や交渉も前進するのではないか。ハイドはそう思う。彼は駆け引きがうまい人間だった。人の望みや立場を正確に読んで、数々の依頼人たちに折り合いをつけさせ、トラブルを回避させてきた。
 でも、思い上がりは厳禁だ。ぼくは犯人たちのことをなにも知らないわけだし。ハイドは真っ暗になったテレビを見て思う。そういったことはまだ報道されていない。だから今できることは、これ以上死人が出ないことを、そして例えぼろ切れのようになったとしても、ウィルクスが無事で帰ってくるよう願うことだけだ。
 ハイドはソファの中で身じろぎして、マグカップの中に入っている、適当な分量で作ったエッグノッグをすすった。
 突然思った。ウィルクス君に手紙を書こう。
 マグカップを持ったままソファから立ち上がり、大型の仕事机の前に腰を下ろす。引き出しから仕事で使う事務用のレターパッドを取り出し、机の上のトレイからペンを手にとった。
 ハイドは老眼鏡をかけ、集中して書きはじめた。
 愛するエドへ、と手紙は始まった。きみがいなくてどんなに寂しいか、きみのことが心配だ、きっとくたくただろう。食事をとる時間はあるのか? 神経が張りつめて煙草ばっかり吸ってないか。でも、それも仕方ないことだと思う。……
 段落が変わって、手紙は二章に突入する。
 きみのことを今も考えている。ぼくの料理をおいしいと言って食べてくれるその笑顔。仕事で疲れて帰ってきても、食器を洗ってくれる勤勉さと律儀さ。シャワーのあと、濡れた髪の色っぽいきみ。ベッドでのきみ。きみは最高だ。服を脱ぐ前から、あんなにセクシーでエロティックで、誘う目がとても……(これ以上書くときみを怒らせそうだからもうやめる)。またきみとベッドに行きたい。きみをどろどろに甘やかしたい。……
 また章が変わった。
 きみのことを考えながら眠るよ。きみはぼくにとって、ただ一人の恋人だ。そのことを生涯忘れないでほしい。ぼくはきみといて、幸せな人生を過ごしたのだと。
 ハイドはペンを置いた。眼鏡を外して目と目のあいだを揉み、もう一度老眼鏡をかけて気がつく。二枚半の大作になっていた。まあいいかと思う。深夜テンションだが、これくらいなら許されるだろう。甘く考え、白い封筒に「エドへ」と表書きして、便箋をたたんで入れた。
 手紙を持ってウィルクスの寝室に行く。ベッドはぐしゃぐしゃだった。ハイドはシーツや掛布を整えて、ナイトテーブルの上に手紙を置いた。そこでやっと少し穏やかな気分になった。彼は扉を閉めて、歯磨きをしにバスルームへ向かった。
 翌日。朝の七時半過ぎに目覚めたハイドはごしごし目を擦り、あくびを連発した。時計を見ようと右手にあるナイトテーブルに手を伸ばしたとき、薄い紙が指先に触れた。蛍光イエローの、正方形の形をした付箋だった。
 エドからだ。ハイドは飛び起きてよく見た。そこには一言だけ書いてあった。
「いなくなりませんよね」
 あっ、とハイドは思い至る。過去に自分が自殺未遂を起こしたことを思いだした。突然贈られた感傷的なラブレターに、ウィルクスはただならぬものを感じてしまったのだろう。
 すっかり忘れてた、とハイドは思った。平素、彼は自分が自殺未遂を起こしたことを意識していない。常から空虚を覚えて苦しみ、死を夢想することがありながら、である。しかしウィルクスはそうではなかった。彼にとって、不安なときに思いだす嫌な思い出のトップがハイドの自殺未遂なのだ。
 しまった、とハイドは付箋を手に思う。手紙を読んでほのぼのしたり、だめな人だと呆れてくれればと思っていたのに、意図しない効果が出てしまった。
 スマートフォンが振動した。
 電話に出たハイドの耳に、結婚相手の落ち着いた声が聞こえた。
「おはようございます、シド。起こしましたか?」
 ハイドはほっと息をつく。穏やかな声で、起きてたよと言った。ウィルクスは疲れた、しかしそれでもきりりとした声で言った。
「手紙、ありがとうございました」
「うん。それで、ごめん。不安にさせたな」
 ウィルクスは少しのあいだ黙り、言った。
「怖くなりましたよ」
「そんなつもりはないんだ。今日も家できみの帰りを待ってるよ」
「約束ですよ」
「ああ。約束する」
 ウィルクスがかすかに笑ったのが、電話でもわかった。
「おれ、今日は帰れないかも。本格的に、人質事件を解決するためのチームに入りました」
「拳銃を持って踏み込んだりはしないんだろう?」
「ええ。それは特別武装部隊が」
「交渉や警護は?」
「しません。でも警護班と連絡を取り合うことになりました。現場の近くに詰めてます」
「気をつけて。帰りを待ってるからね」
「ありがとう、シド。……あなたのいる世界は平穏ですか?」
 その言い方がハイドにはふしぎだった。笑って、「そうじゃないときもあるが……」と言いかけた。ウィルクスが言った。
「早くあなたの世界に帰りたい。おれのこと抱きしめてほしい。そして、あなたの世界を守っていたいんです」
「そうだった。きみはぼくのナイトだもんな」
 ウィルクスはかすかに微笑んだ。ラブレター、持ってきてますと言って、電話を切った。
 通話の切れたスマートフォンの画面を見て、彼もロマンチストだからなとハイドは思う。そして、今日も一日生きてみるよと思った。
 人質事件は翌日の午前六時に犯人たちが降伏して決着がついた。ウィルクスも四日ぶりにハイドの顔を見た。やつれて目を輝かせて帰宅したウィルクスは、夫の腕に抱きしめられて、やっと帰ってきたと肩の力を抜いた。
 ちなみにウィルクスはこの事件で一部の人間たちから注目を浴びた。強面でとてもハンサムな警官、ということで娯楽系のニュースに映像がちらりと出たのだ。番組や警視庁にちらほらファンレターが届いて、ウィルクスは心底嫌がった。からかわれていると思ったし、決して目立ちたくないと言うのだ。
 それに、おれは別にハンサムじゃない。親父に似てるだけなんです。
 ウィルクスはハイドに向かってこぼした。厳しい父親に似ていることが、今でもウィルクスをうんざりさせている。たしかにきみはハンサムだよと言って、ハイドは褒めた。きみの顔が好きだよと言うと、あなたに好かれるのはうれしいけれど……と、むすっとした顔で照れる。
 エドはぼくからのラブレターさえあれば、それで満足してるんだな。そう思って、ハイドはにこにこしていた。
 独占欲が静かに満たされていく。

 

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*ウィルクス君が身籠もるはなし。

※男性妊娠ネタが苦手な方はご注意ください。

 

「おめでとうございます。女の子ですよ」
 産科医はにこやかな笑顔で言ったあと、ちらりと付き添いの男の顔を見た。
「大丈夫ですか、お父さん?」
 はい、と言ったシドニー・C・ハイドの顔は青ざめていた。それでも医者に微笑みを返す。なんの関係もないあなたまでぼくをお父さんと呼ぶことないでしょう。思わずそんなことを考える。
 隣の椅子に座った十三歳下の「妻」、エドワード・ウィルクスは目をきらきらさせ、医者のほうを見たままそっとハイドの手を握った。ハイドはきつく握り返す。まるでやっとのことで母親を見つけた、迷子の子どもだ。
 出産は初めてですか? とにこにこして産科医。ウィルクスはうなずいた。無意識に空いているほうの手で、パーカーの上から腹をさする。そんな些細な仕草にもハイドは怯えた。それでも、笑顔は崩さない。
「出産のしおりをお渡ししますね。エコーで見ると」医者はモニターを指差す。「平均より大きいお子さんみたいです。お二人とも背が高いからですね。モデルみたいな女の子になるかも」
 医者の軽口にウィルクスは笑ったが、ハイドは笑顔を貼りつけ、ずっとパートナーの手を握ったままだった。医者は言った。
「出産はお母さんの大仕事ですが、でも本来は、お二人の共同作業です。心配しないで大丈夫ですよ。わたしたち医者やスタッフがなんでも相談に乗りますから」あたたかい笑顔を向け、励ますようにうなずく。
「お母さんは、とにかく栄養を摂って。体を冷やしたり、転んだり、あまり重いものを持たないように気をつけてくださいね。なんでもお父さんに頼ればいいんですよ」
 はい、とウィルクスはうなずいた。ハイドは笑みを浮かべたままだ。「そうですよね、お父さん?」と医者に言われて、こっくりとうなずいた。
 ふたたび病院の待合室(産科・男性妊娠専門外来)に戻ると、ウィルクスは言った。
「……大丈夫ですか、シド?」
 うん、とハイドは答えるが、相変わらず手は繋いだままだ。ウィルクスはじっと夫を見つめた。
「後悔してますか?」
 まっすぐな瞳で尋ねるウィルクスに、ハイドは顔をこわばらせた。すぐに「いいや」と首を振る。
「後悔はしていない。こうなるってわかってて避妊しなかったんだから。でも、正直怖いよ。自信がない」
 大柄な逞しい体をしゅんとさせて言ったハイドに、ウィルクスは目を細めた。待合室のソファに腰を下ろしながら言う。
「おれも、自信はないですよ」
「全然、ないんだ。きみも知ってるね。ぼくは親父の女遊びの延長でできた、産まれる予定のない子どもでね。そのせいもあると思うが、避妊具をつけるよう、少年のころから親父に叩きこまれた。女遊びはいいが妊娠はさせるな、と言うんだ。怖いんだよ。ちゃんとした父親には絶対なれないと思う」
「なれますよ、あなたなら。穏やかで、おおらかで、優しい人なんだから」
「でも適当なとこ多いし、むりだよ。お説教とかできないと思う」
「じゃあ、おれがしっかりします」手を握ったまま、ウィルクスが言った。
「それなら、少し怖くなくなりませんか?」
「なんだかきみにたくさん負担をかけそうで怖い。それに、子どもの人生をめちゃくちゃにしないか怖いんだ」
「あなたが愛しているかぎり、子どもの人生は大丈夫ですよ」
 そこがいちばん不安なんだ、という言葉をハイドは飲みこんだ。ウィルクスが手を握ったまま、泣きそうな顔をしている。ハイドはすぐに「ごめん」と言った。
「弱音を吐いてばっかりだ。こんなこと言っていたら、きみも不安になるな。後悔はしていない。ちゃんとした父親になるよう、努力する。頑張るよ。ぼくなんかに左右されない大人に育ってほしい。そしてきみを大事にする子に育てるんだ」
 ウィルクスは目元の力を緩めた。待合室の隅で、大勢の出産を待つカップルたちに囲まれながら、二人は隠れるようにして抱きあった。
「どうなるかは、おれにもわからない」きつくハイドの体を抱きしめて、目を閉じたままウィルクスが言った。
「でも、うれしいんです。なんでこんなにうれしいのかわからないけど、すごくうれしい。こうなったこと、おれは受け入れられる」
 ぼくもそう思えるように頑張るよ、とハイドは言った。一度大きくぶるっと震えた。
「きみと約束したもんな。富めるときも貧しきときも、健やかなるときも病めるときも、きみがひとりのときも身籠もっても、ずっといっしょに生きるって」
「あなたはほんとに、おれのこと大好きなんですね」
 ウィルクスは笑った。ハイドも笑って、「うん」と答えた。
 体を離して、彼は言った。
「妊娠がわかったから、これからはますます食事のメニューに気をつける。たしか妊婦さんは葉酸を十分摂ったほうがいいんだ。それに、きみも刑事の仕事が忙しくてもちゃんと食べるんだよ。あ、あと絶対禁煙」
「そのつもりです」
 ウィルクスは男性らしい眉を吊り上げて、きりりとした顔で目を輝かせる。
「あなたもつきあって禁煙してくれますか?」
「もちろん。あとでいっしょに出産のしおりを読もうね」
「逃げだしたいほど怖いとしても、あなたは逃げなかった。やっぱりあなたは、立派な人です」
 わからないよ、とハイドは思った。彼はウィルクスの頭を撫でて、それから今はまだ平らなその腹もちょっとだけ撫でた。
 ハイドはパートナーの目を見て、はっきり言った。
「愛してるよ、エド」
 目を細めて、ウィルクスは微笑んだ。

 

……長いブログになりました。

お読みくださりありがとうございました!