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俺たちのバレンタイン

2月14日は、バレンタインデー。 チョコレートの祭典。 恋人たちの祭典。 街が赤に埋め尽くされ、あちこちでカカオの香りが漂う。 片思いに胸痛めている人は、意中の相手にその狂おしい思いを告白する。 愛し合う者たちは、今日だけは恥じらいを捨てて心からの言葉を囁き合う。 甘くて甘くて、溶けてしまいそうなあまーい日。 の、はずなのに。 「さ、佐藤くん」 「はい?」 「なんか、怒ってる……?」 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「…………」 「いえ、別に?」 絶対怒ってるだろ! ***** 「ほんとに、怒ってるわけじゃないです」 テーブルにほかほかのおでんを盛り付けたお皿を並べながら、佐藤くんが苦笑した。 その瞳がいつもどおり優しくて、なんとなくホッとする。 今夜の佐藤くんは、包丁の使い方がものすごく怖かった。 大根を切っている、というよりは、切断している、という言葉がピッタリだった。 残業を終えて帰ってきたら大好きな人が夕飯を作ってくれている……なんて最高の光景だったのに、思わず声をかけるのをためらってしまうほどだった。 「理人さん、先にスーツ着替えますか?」 「いや、食べる。どうせ明日クリーニング出すつもりだし」 せっかく佐藤くんが作ってくれたおでんを、冷ましてしまいたくない。 ネクタイだけ手早く外して、ソファに立てかけてあった紙袋の上に投げ捨てた。 ***** 佐藤くんのおでんは、あたたかくて、ほくほくで、優しい味付けで、本当に美味しかった。 最近は残業になることが多くて、一緒に料理ができない。 俺はしがない冷やかし要員ではあるけど、それでも佐藤くんと一緒にキッチンに立つ時間が好きだった。 明日は金曜日だし、多少仕事が残っていても早めに上がろう。 確か鍋のスープがまだ残っていたから、また土鍋を一緒につつくのもいいな。 鍋なら材料を切るだけだし、俺もそこそこ役に立てる。 そんなことを考えながら食器を下げて戻ってくると、佐藤くんが四角いなにかを差し出していた。 「理人さん、これ」 「えっ?」 「バレンタインのプレゼントです」 「俺、に?」 「はい」 「え、ほんとに?」 「はい」 「開けても、いいか?」 「もちろん」 やばい……嬉しい。 今日がバレンタインデーだということは、もちろん知っていた。 でも、佐藤くんがなにも言わないから、なにもしないんだと思っていた。 男同士だし、興味ないのかも、と。 高鳴る鼓動を感じながら、バレンタインらしい真っ赤な包み紙をベリベリと剥ぎ取った。 佐藤くんは、お酒入りのチョコレートは避けてくれていると思う。 だって、いつも俺のことを見てくれている。 佐藤くんからのチョコを開けたら、俺も鞄の中から取ってこよう。 タイミングがなくてまだ渡せてない、俺からのチョ――あれ? 「これ……なに?」 「だから、バレンタインのプレゼントです」 え。 でもこれ、どう見てもチョコレートじゃない。 だって、色が水色だ。 ものすごく爽やかな水色。 この間デートした日の空がこんな色だった。 もしかして、佐藤くんはあの空を意識して選んでくれたのか。 だとしたらものすごく嬉し……って、違う! 「なんだよこれ!?」 「気に入りませんか?」 「だ、だってこれ、どう見たって、ちん……」 続けようとした言葉は、佐藤くんの生ぬるい笑顔に飲み込まれた。 じっとりと絡みつくような視線に促されて、改めて手の中のそれを見つめる。 透明な箱に入ったそれは、スカイブルーの爽やかさを完全に無駄遣いしていた。 グロテスクな形が、テカテカと光っている。 素材はたぶん、ゴム……いや、樹脂? 黒い持ち手には、なぜかスイッチのようなものまであった。 そういう『オモチャ』があるのは俺も知っている。 でも、実物を目にするのは初めてだった。 思わずマジマジと見つめていると、佐藤くんが覗き込んできた。 「チョコレートが欲しかったんですか?」 「え? う、うん」 少なくとも今手に持っているこれよりは、チョコレートがほしいと思う。 「ふうん……理人さん、チョコ、ほしいんだ」 「佐藤くん……?」 「こんなにもらったのに?」 佐藤くんが、俺の白い紙袋を持ち上げた。 ネオ株《うち》のロゴ入りのそれには、今日会社でもらったチョコが入っている。 鞄に入りきらなかった分を適当に詰めて持って帰ってきた。 「俺からのチョコなんていらないでしょ?」 「えっ……うわっ!」 佐藤くんが、いきなり紙袋を逆さまにした。 大小様々な箱や袋が、一気に降り落ちてくる。 乱雑な音を立てながら床に散らばったそれを、佐藤くんが呆れたように見下ろした。 「うわ……これ、何個あるの」 「そんなの別に数えてな……」 「数えきれないくらいもらったんだ」 「え……」 「俺がいるのに?」 ドサッ。 え。 シュルッ。 え。 ギュッ。 え。 ギュギュギューッ。 えっ……? 「さ、佐藤くん!?」 「痛いですか?」 「いや、痛くはな……って、そうじゃない!」 なんで、俺は天井を見上げてるんだ。 カーペットの毛が首筋に当たってくすぐったい。 いや。 違う。 違う違う違う。 そんなことはどうでもいい! 「くっ……!」 頭の上で繋ぎとめられた両手を動かすと、ギチギチと締まった。 手首をがっちりとホールドしているのは、さっき投げ捨てた俺のネクタイだ。 「手!外せよ!」 「嫌です」 「は!?」 「……」 「あ、ちょっ……!」 佐藤くんが俺の上にのしかかり、驚くほどの手際の良さで頭にタオルを巻きつけていく。 俺の視界は、完全に闇に包まれた。 「さ、佐藤くん……っ」 「……」 「佐藤くん……?」 「……」 「佐藤く、ひっ!」 冷たいなにかが、シャツの中を這い上がってくる。 佐藤くんの手だと思う。 思うけど、見えないから本当にそうなのかわからない。 上から順番にシャツのボタンを外されると、肌が空気と触れ合ってスースーした。 「んっ……」 佐藤くんの指が、ツ、と伝い上がってきたと思ったら、胸の突起にトロリとなにかが垂れた。 ……おかしい。 この冷たいぬめりは、ローションだと思う。 でもなにかが……違う。 「なんだ、これ……?」 じわじわと、なにかが広がっていく。 なにか、ジンジンするような、感覚。 「さ、佐藤くん、なんか、変……!」 「媚薬入りローションです」 「び、やく……?」 「どうですか?」 「どう、って……」 「いつもとなにか違いますか?」 「んああっ!」 ツン、と弾かれただけで、電流が通ったようにビリビリと身体が痺れた。 「ち、違うっていうか――」 「どうしました?」 「ん、んんっ、ゆ、指、いきなり入れるな……っ」 「あ、足りませんか?」 「ひあぁっ……な、なにしてっ……」 ぶちゅぶちゅと音を立てながら、冷たいものが直接後ろに注ぎ込まれた。 あまりの異物感に一瞬息がとまりそうになる。 でもすぐに佐藤くんの太い指が中に入ってきた。 ぐちゅぐちゅと音を立てながら中をかき回されると、さっきまでの不快感があっという間にじくじくとした疼きに変わった。 「はっ、はっ、はっ……」 なんだ、これ? こんなの、いつもと違うどころじゃない。 疼く。 いや、違う。 かゆい! こんな優しい刺激だけじゃとても足りない。 思いっきり中をかき回して、擦ってほしい。 拘束されている手がもどかしい。 もし自由に動けたら、迷わず自分の指を突っ込んでたのに。 「さ、佐藤くんっ」 「はい?」 「な、なんとかして!かゆい!」 「理人さん、後ろだけでイッたことないですよね?」 「えっ……?」 「いつも最後にはここ、触るでしょ?」 「んっ!」 「でも今日は……」 「あ……?」 「こっちでイッてください」 ズクズクと疼いて止まない後ろに、ピトッとなにかがあてがわれた。 でも、佐藤くんじゃない。 まさか。 さっきの……? 「い、いやだ、あっ……ああっ!」 思わず逃げようとした腰を強く引き寄せ、佐藤くんがそれを押し込んできた。 まだそんなに解されてないはずなのに、入り口が勝手に開いてそれを受け入れようとする。 まるで、自分から欲しがっているかのように。 「んっ、ふ、ぅっ……!」 入ってくる。 硬い。 冷たい。 ぬくもりの欠片もないただの塊なのに。 焦れた粘膜が待ち望んでいた刺激に震える。 ズルズルと内側が擦れる感覚が気持ちいい。 もっと。 もっと。 そう期待するあまり、勝手に腰が揺れた。 「あっ……んあああっ」 急にズブズブと一気に奥まで拡げられて、その圧迫感に息が詰まる。 「っ……」 「大丈夫?」 「大丈夫じゃない!抜い――」 ヴウゥゥン、と耳慣れない電子音が響いた瞬間、闇に包まれているはずの視界に光が散った。 「ああっ!や、やめっ……あっ、あっ、あっ!」 「うわ、すご……」 「はっ……あっ、ああっ……!」 「どんどん溢れてくる」 なにが、なんて聞きたくない。 知りたくもない。 「理人さん、感じてるんだ」 「ち、ちがっ……ああっ、んっ、ふううんっ!」 「こんなにしてたら説得力ないけど?」 「や、やだっ、み、見るなぁっ……!」 いやだ。 こんなのいやだ。 こんなオモチャなんかで感じたくない。 こんな姿、見られたくない。 佐藤くんにだけは、見られたくない。 「あっあっあっ……」 「理人さん、腰……揺れてますよ」 でも身体は正直で、与えられる刺激に素直に反応してみせる。 佐藤くんがそれを動かす度に口からは淫らな声が漏れ、熱の中心は強すぎる快感に悶えた。 小刻みに振動を繰り返すそれは、時折、揶揄うようにそこを掠めてくる。 コリコリとそこを圧迫される度に、俺の理性はどんどん遠ざかいった。 「ふっ、あっ……あああっ……」 「イキそう?」 「さ、さわってっ」 「え?」 「佐藤くんの手で、気持ちよくなりたい……!」 「……」 「あっ、あっ、ああっ!」 ズルリ、とそれが抜かれると、膝がガクガクした。 ヴンヴンと響いていた唸り声が止まり、急に視界が光に包まれる。 瞬きを繰り返すと、薄くもやのかかった視界の向こうに佐藤くんが見えた。 「ふーっ……ふーっ……」 「理人さん、その顔、反則……」 「はやく、さわれ……っ」 「はい……って言いたいところだけど」 ズブ、とまたおしりが拡げられる。 「今日は触ってなんてあげません」 「あっ、あっ、ああっ……!」 一度失った快感を再び手に入れ、中が歓喜に震える。 唸りながら内壁を抉るそれは、佐藤くんに巧みに操られ、俺の敏感なところばかりを狙ってくる。 強すぎる快感の波が押し寄せ、一気に絶頂にまで上りついてしまいそうになるのを息を呑んで堪えると、喉の奥が閉まりうめき声が漏れた。 「理人さん、我慢しないで」 「いやだっ」 「もうイキそうでしょ?」 「でもっ……ああっ、そんなので、イキたくない!」 どんなに精巧に作られていたとしても、ただの作り物のそれが気持ちいいなんて思いたくない。 そこに好きな人の温もりがなければ、どれだけの行為をしたってなんの意味もない。 俺は佐藤くんの存在を感じたい。 息遣いを感じたい。 注がれる愛を感じたい。 「佐藤くんのっ、佐藤くんのがいいっ。佐藤くんのでイきたい!佐藤くんのじゃなきゃやだあぁっ……!」 オモチャの振動が急に止まったと思ったら一気に引き抜かれ、ビクンと跳ねた身体を強く抱きしめられた。 佐藤くんの速い鼓動が直接耳に届き、不思議な安心感が全身を包む。 「理人さん、泣かないで」 「っ」 「ごめんなさい。理人さんが予想以上にチョコもらってたから、嫉妬しちゃいました」 「な、んでっ……俺は、俺はっ……佐藤くんが……っ」 佐藤くんだけが、好きなのに。 声にならない声で紡ぎ出した言葉が、佐藤くんの唇に飲み込まれた。 触れるだけの口付けを交わし、佐藤くんが俺を見下ろす。 「は、やくっ……」 「欲しいって言って?」 「佐藤くんの、ほしい……っ」 「俺の、なにが欲しいんですか?」 「うっ、うっ……」 「言ってくれないとあげない」 「このっ、やろぉ……っ」 しってるくせに。 わかってるくせに。 ほしいものも。 してほしいことも。 ぜんぶ、わかってるくせに。 「挿れて!佐藤くんのでっかいちんこ、俺のおしりに挿れ――あっ」 貫かれたのが先か、達したのが先か。 「あっ、あっ……ん、んんんんっ!」 ガクガクと揺れる俺の視界の中心で、佐藤くんが優しく、優しく微笑っていた――。 ***** 「……殺してくれ」 「理人さん?」 「もうこの世に思い残すことはない。お前のその手で殺してくれ……」 佐藤くんが小さく笑って、俺の頭を撫でた。 穏やかな瞳が包み込むように俺を見下ろしてくる。 髪の間を行ったり来たりする大きな手がきもちい……いや。 いやいやいや! 俺は騙されないぞ! 「これ、どうするんだよ……!」 俺は、皺くちゃのまま捨て置かれていたズボンを親指と人差し指でつまみ上げた。 「クリーニング出すんでしょ?」 「こんなの出すに出せないだろ!」 俺の記憶が正しければ、今日俺が履いていたズボンは無地のグレーだったはずだ。 それが今はこんなにも、グチャグチャのベッタベタの染みだらけになってしまった。 こんなんじゃ、マンションの宅配クリーニングサービスにはとてもじゃないけど出せないし、普通のクリーニング屋さんに持って行くにしても、電車に1時間くらい揺られて偶然降りた駅の前にあった……くらいの接点の無さがないと、とても持っていけない。 もういっそ、捨てるか……生地も少し傷んできてたし。 むしろクリーニングに出せて新品同様になって返ってきたとしても、もう履く気が起きない。 このズボンを見るたびに今夜のことを思い出したりなんかしていたらきっと……うん、決めた。 捨てよう。 そうしよう。 今までありがとう、グレーのズボン。 さようなら。 「理人さん?」 心の中でズボンに別れを告げて放り投げると、佐藤くんが心配そうに俺を覗き込んでくる。 そんな顔するなら、手首を縛り付けたり、無理やりオモチャ突っ込んだり、変なこと言わせたりするなよ、と思う。 気持ちよかったけど。 ものすごく気持ちよかったけど! 「佐藤くんは……」 「はい?」 「チョコ、もらわなかったの、か」 「えっ?」 佐藤くんはいつも俺のことをイケメンだとか言うけど、俺は佐藤くんの方がモテると思う。 背が高いのは同じだとしても、ジョギングで鍛えてるから佐藤くんは俺よりガタイがいいし、なにより、その……瞳が。 いつも俺をまっすぐに見つめてくる瞳が、たまらなく好きだ。 改めてみると、佐藤くんはやっぱりかっこい……って、なんだその顔は。 「理人さん、妬いてる?」 「は!?ちがっ……ただの確認、だ」 「プッ」 「……笑うな」 「大丈夫。もらってません」 え……? 「もらってない、って……一個も?」 「はい」 「……ほんとに?」 「はい。全部断りました」 「な、んで……」 「俺は、理人さんからのチョコしか要りませんから」 「っ」 なんだ、それ。 なんだそれ。 なんだそれ! 「そんなこと言われたら……」 断るのがめんどくさくて全部受け取ってきた俺が最低な男みたいじゃないか。 それに。 鞄の中に入ったままのチョコがものすごく渡しにくくなった! 「あ、でも、理人さんがちゃーんと全部チョコもらってくれててよかったです」 「……なんで」 あー、しまった。 ここは話を広げるところじゃなかった。 「おかげで、初めて後ろだけでイけたでしょ?」 佐藤くんが、その端正な顔を歪めてにやにやしている。 「気持ちよかった?」 ほんっと、佐藤くんのことを大型犬だとか言ったやつをぶん殴ってやりたい。 あー、俺か? 初期の俺か! 夏の終わりの乾いた空気に絆されて真実を見抜く目を一時的に失っていた俺か!? こいつのどこが大型犬なんだ。 思いっきり盛りのついた肉食動物じゃないか! 手首痛いし。 おしりなんかもっといたいし。 信じられないくらいエッチなこと言ったし。 優しく抱きしめてくるし! 髪の毛クンクンしてくるし! あー……もう。 あああああああああもうっ! 「ホワイトデー覚えとけよ……!」 佐藤くんはまたあの向日葵の笑顔で、楽しみにしてます、と笑った。 fin

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