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第1話
※
ここは男の子達が春を貢ぐ館。
今夜も娼館の一室からは、一夜を買われた男の子の淫らな喘ぎが聞こえる。
今宵の客はどうやら格別のようで……
― * ― * ― * ―
「やらぁ…いやぁんっ」
涙声の混じった喘ぎは演技ではない。
男は陰茎に軽く爪を立て、淫らに舐る。
「可愛いよ、リーフ」
「ああっ…あぁんっあっあぁっ!」
男の性技は絶品だった。
クチュクチュと軽く動かれただけでリーフは何度もイッた。
― * ― * ― * ―
リーフは、男娼になって5年になる。
館の方針上、あと1年すれば成人の男娼館に異動するか、それまでに身請けされなければならない。
成人娼館に行ってもやれる自信はあるが、今のようにトップでい続けるのは無理があるだろうし、身請けは少年娼館のほうが確率が高い。
できれば安定して生活できる環境のほうがいい。どうせ永くできる仕事ではないのだから、早めに抜けてもかまわないだろう。
頭の中で得意客のうちの何人かを思い浮かべつつ考え込んでいると、今日の予約客からキャンセルの報せがきた。
今日の客は既婚者だ。嫁に見つかりそうな日はキャンセルすることもある。
仕方がない、と溜め息をしつつ他の客を待っていると、館長がやってきた。
曰く、一見の客がいる。いつもなら追い払うところだが、金回りがよい。できれば通い客になってもらいたいから、リーフに相手をしてくれないか、という相談だった。
一見客をとるのは随分久し振りだが、暇つぶしにはいいだろうと受けることにした。
いつもの部屋に向かい待っていると、やってきたのはリーフより少しばかり年上なだけの、若く整った容姿の青年だった。
サラサラの金の短髪に涼しげな目元と甘い桃色の瞳、上背はあるもののガタイがいいというわけでなく、ほどよくついた筋肉は女にモテそうだ。
金回りが良さそうというから、もっと年配なのかと思っていたが、貴族か商家の息子なのか。まぁ、確かに質の良い服装だ。
大方、興味本位と言うか、気紛れに男娼というものを見に来たのだろう。
部屋を見回し戸惑う様子から、もしかしたら男を買う店だと気付かず入ったのかもしれない。
適当に相手して早めに帰してやるのもいいが、ガッツリ嵌めてやるのも面白い。
とりあえず酒を興じながら決めようと、椅子を勧めると、呑めないとの返事が返ってきた。
一度口にして倒れてから断っているのだと、情け無さそうに話す。
代わりに茶を出しながら念のためと店の説明をすると、こういった所は初めてなのでよろしくお願いすると、丁寧に挨拶された。間違えて入ったわけではないようだ。
からかうように女など選びたい放題だろうにと言うと、思い詰めたような表情をする。
首をかしげて笑みを消し、話を聞く姿勢になると、細々と話はじめた。
確かに女性にはモテるのだそうだ。しかし、大挙して押し寄せてくる様子や、表裏が激しく裏で様々な画策をする様が苦手で、気がつくと女性に恐怖しか感じられなくなっていたらしい。
友人に相談しても贅沢な悩みだとしかとられず、真剣に取り合ってもらえない。
こういうところには、似たような悩みを持つ人も来るという噂を聞いて、訪ねてみた、という話だった。
「確かに僕の客にも、女嫌いや苦手だというひとはいるね」
「そうなんですか」
「逆に、女性が嫌いすぎて、女をとっかえひっかえしてる人もいるらしいよ」
「え、それは……」
「女性をバカにしてるタイプだね。飽きるまで連れ回したり、態と争わせて嘲笑うんだって」
「怖くてできないな……」
顔を青くして話を聞いてくれる彼。
このまま相談相手をしていても通ってくれそうな気がしてきた。
肘をつきながら、やや上目使いに聞いてみる。
「僕は小さい時からここで暮らしてるから、いろんな人の話を聞くのが好きでね。君の話、もっと聞かせてよ」
ほんの少し頬を染めて、たいした話はできないけれど、と彼は話はじめる。
名前はトランと呼んでほしいそうだ。2つ上の19歳。家名は伏せてもらったが、まあまあの名家の次男坊らしい。
許嫁がいるが先の理由で結婚に積極的になれず、政略結婚だが、相手は結婚に夢見ていて夫婦生活に期待を寄せていると知ってからは、なおさら避けているという。
割りきってくれていたら、なんとかなったのだろうが、確かにそれはキツイ。
トランに近寄る女性に牽制をかけている様子から、こういう所にくるのさえ注意されそうで、なんとか理由をつけて断ろうとしてきたのだが、全く取り合ってくれない。
「いっそのことと、男性が好きなのだと言ってみたこともあったが、効果がなかった」
「それは余程だねェ」
いつから女嫌いなのかは知らないが、割と長いような感じだったから、男色を疑われてもおかしくないと思ったのだが。
「彼女は、自分に一途でいてくれているからだと思っているんだ」
それは思い込みの激しい……と思っていたら、まだ14歳の少女なのだそう。
確かにそれは夢を見たい年頃なのだろう。
「それで男娼を買うはめになったんだね」
「別に、本当に男色になってみようとしたわけでもないんだよ」
「そうかい?」
僕はクスクス笑って言ってみる。
「からかいで来たつもりが、すっかりハマって通うはめになった人も、珍しくないからね」
トランは気遣うように顔を曇らせて、
「勿論、それならそれでいいんだよ。でも、自棄になってきたわけではないんだ」
と主張した。
「単にお互いの立場を考えずにすむ友人のように話が出来たらとも思う」
真剣な顔で、そんなことを言う。
なるほど、話し相手を求めてきただけということか。
個室で話せる男性で、自分の身分を探って来ず、まるで同等の人間として話してくれる、できれば同じぐらいの年の頃の人。
うん、そんなのがいそうな所は限られるよね。
ここなら客に貴族も、その当主らしいのも結構いるし、物怖じする子は館長が考慮してくれる。その辺もあって……いや、誰かに薦められたのか。
自分の客から推察していると、心配そうに覗きこんでくる。
「……やはり、その、相手をしないというのは、余り良くないのだろうか」
ヤバい。ちょっと可愛い。
たぶん、ネコだなどと判断しつつも、首を振りつつ答える。
「いや、しない相手も僕は何人もいるから、それで宛てられたんだろうなと思っていたんだ。話だけで一晩過ごすのも、ヤッて過ごすのも同じ料金なのが申し訳ないけれど」
にっこり笑って大丈夫だと分かってもらう。
むしろ、話だけで通わせるのは上級男娼の証だ。推奨されてこそ問題など何もない。
第一、この時点で僕は、ヤらずに帰すつもりに決めていた。
「それで良ければ、いつでも来て。僕はさっき言った通り、話を聞くのが好きなんだ。いくらでも付き合うよ」
ヤらなくても、彼は来る。上客は大歓迎だ。
僕の言葉にホッと息をつき、トランは微笑んだ。
「良かった。その…実は…その、俺……まだ、童貞で……」
「ん?」
「さすがに、覚悟は出来てなくて……するとなると……」
恥ずかしそうに、彼は告白した。
……いやいやいや、何そんな可愛い表情でそんな可愛いこと言ってるの?
実はライバル店からやってきた鉄砲玉だったりする? それなら納得する。
適当な相槌で、にっこり笑ったまま考える。
サラサラの金髪。キリッとした目元は瞳の桃色で甘い印象に変わる。通った鼻筋に薄い唇。絶妙な配置の整った顔立ち。
背が高く、ある程度鍛えられた体は男らしさを損なわないように、しかし少年の匂いも消えぬように計算されているかのようだ。
はっきり言おう。男娼として羨ましい身体をしている。
別の店の隠し玉だと紹介された方がむしろ納得する。
さて、どうするか。
……結論。
「ふふ。何なら試しにヤってみる?」
冗談めかして艶っぽく振ってみる。
拒否されてもいいし、ヤッてもいい。
ヤれば、店で仕込まれたことがあるかどうか判る。
ヤらなくても、通わせるうちにボロが出るかもしれない。
そう思ったのだが。
トランは思わぬ反応をした。
顔どころか、耳や首まで真っ赤にして、僕を凝視したあと、淹れた茶碗を見たまま黙り込んでしまった。
不味い。これは不味い。
慌ててフォローする。
「ごめん、軽口を叩いた。そんな真剣に考えなくていいから」
これまでの話しぶりから、真面目な性格なのは見てとれていた。キャラを作っているとしても、いや、キャラ作りでこんな反応出来るっけ?
すると、俯いていたトランは首筋まで真っ赤になったまま、頭を横に振った。
「いえ……いえ! これから、を思えば、今! ……今こそ、経験しておくべきことかもしれません」
真面目に、しかし赤い顔と潤んだ瞳で僕をまっすぐ見て、トランは言った。
「俺と……してもらえませんか」
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