4 / 4

第4話

翌日。 貴族に会っても失礼のない上質の布で作られた、けれどどこか艶を忘れない衣装に着替え、軽く化粧をして身体を整えて待つ。 女性的なものにしようかとも迷ったが、相手の趣味がわからないので一応男性用のものを選んだ。 ……これをプレゼントしてくれたのは、トランだったな。 シンプルながら細かい意匠が施された上質なものだ。 彼の趣味のいい衣装なら貴族にも合格点を貰えるはずだ。 ……彼のものに包まれていたい、なんて考えない。 すべては打算だ。 やがて、ブレーデフェルト公爵子息が到着したという先触が届いた。 この控えの間から、子息の待つ応接室に移動した瞬間、僕は彼の『物』になる。 どういうつもりで買い取ったのか、どういう扱いをするつもりなのか、見当もつかないが、どうでもいい。 『ヒト』ではなく『物』になるのだ。 扱いはこちらがどうこうできるわけではない。 ま、なんとかなるだろ。 そうこうしているうちに応接室の前だ。 失礼にならぬよう、息を整えるための深呼吸する。 ドアをノックし、深くお辞儀をしながら部屋に入る。 「失礼致します。リーフ・ユーリンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」 深く深く、礼をする。 上げろと言われるまで、顔は上げない。 「……ヴォルデトラン・テラ・ブレーデフェルトです。今から貴方の主となります。顔を上げて見せてください」 ……。 聞き慣れた、今一番逢いたい、声のような気がした。 顔を上げると。 「服、似合ってます。まさか今日着てもらえるとは思わなかった」 桃色の目元が緩んで、優しくこちらを見た。 「……トラン」 「はい」 そこにいたのは、金の短髪。キリッとした目元に桃色の瞳。絶妙な配置の整った顔立ち。高い背と、均整のとれた身体。 間違いなく、トランだった。 「……なぜ」 僕が目を見開いたまま訪ねると、トランは困ったように首をかしげる。 「あなたと一緒にいられる時間が足りなくて、もっとたくさん出逢える方法がないかとこちらの人に相談したら、身請けを勧められて」 その表情が、苦笑に変わる。 僕はそれを呆然と見ていた。 「……独り占め出来ると思ったら、いてもたってもいられなくて、急いで準備してもらったんだ」 「……トラン」 トランが立ち上がる。 僕の目の前に来て、手をとる。 「貴方自身に相談してから、するべきだったかな。一昨日の帰りに身請け話をして、昨日は来られなかったから……」 「トラン……」 「……俺じゃ、ダメだった? 俺はリーフともっと一緒にいたい」 不安そうなトランの顔。 目線を合わせてくれるその姿が、滲んでいく。 「リーフ?」 「トラン」 「ごめん、俺……」 「もう会えないのかと思ってた」 「……え?」 視界が潤んで、トランの表情が見辛い。 けれど拭うために手を離すのも嫌だ。 「身請けが決まったら、もう予約済みのお客様以外には会えないから。昨日は誰も予約なかったし。最後のお客様がトランなのは嬉しかったけれど、あれでおしまいだったのかと思ったらひどく後悔して。きちんとお見送りしたかったな、って。まだ話したかったし、ちゃんと気持ちよくしてあげたかったし。だから……」 「うん」 「ほんとに、トランなの? 僕の身請け先……」 見えないけど、笑顔になってくれたのが気配でわかった。 「うん」 「嬉しい……」 抱きしめられた。 温かい体温が伝わってくる。 抱きしめ返す。 ダメだ。涙で視界がはっきりしない。 ホントは夢なんじゃないかな。 「……夢じゃないよね? 覚めたら全然知らない貴族に抱かれてるとか、ないよね?」 「夢じゃないよ。貴方の主は俺だ、リーフ」 目元を指で拭われる。 微笑むトランが見える。 「あ、じゃあ、ヴォルデトラン様、って言わないと」 「……ダメ、それはダメ。今まで通りにして」 ちょっとふてくされたような顔をされてしまった。 かわいい。 「やっと笑ってくれた」 トランの表情が満面の笑みに変わる。 僕も笑う。トランの笑顔が好きだから。 「トラン」 「うん、いや、はい」 居ずまいを正すトラン。僕は笑顔のまま。 「ヴォルデトラン・テラ・ブレーデフェルト様。僕は今から貴方様の『物』です。どうか末永くお使いくださいませ」 僕は微笑んだままお辞儀をし、定形の挨拶を送る。 トランは、僕の顔を両手で被って優しく上げさせる。 「リーフ・ユーリン。貴方は今から俺のものだ。けれど『物』扱いするつもりはないよ。大切にする」 そのまま、キスされた。 腕を回し深く口づけをかわす。 僕は、うっとりとした表情のまま、公爵家の馬車に乗り、トランの邸宅に連れていってもらった。

ともだちにシェアしよう!