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第3話

目が覚めると、金色の柔らかそうな髪が目に入った。 長いまつげが伏せられ、その間から通った鼻筋が見え、さらにその下の唇からゆっくりとした吐息が漏れる。 隆起した肩のラインが、男らしさを示し、あどけない表情が庇護感をそそる。 ほぅとため息を吐いたあと、目線を上げると夜明けが近づいていた。 このまま眺めていたい気持ちを押さえて、肩を揺する。 「トラン、そろそろ起き……」 すると、長い腕が伸びてきた。 「ん……」 後頭部に手を添えられ、顔に……唇に引き寄せられる。 甘く口づけたあと、目を開けると、うっとりとした桃色の瞳と見つめあった。 ……暫くしてから、彼はハッとして口元を片手で覆った。 「……ッ! ……すまない」 「んーん。おはよう。……こちらこそ夕べはゴメンね」 思いだすだに、大失態だ。 客に気持ちよくなってもらわなければならないのに、自分一人だけが感じてしまった。 男娼として最悪だ。 なのにトランはきょとんとする。 「……なにがだ?」 「トランに気持ちよくなってもらわなきゃいけなかったのに。大して好くなれなかったでしょう?」 当然文句があるはずだ。 そう言ったのに、トランは首を振る。 「とても気持ちが良かった。あんな経験は初めてだ。リーフにも気持ちよくなってもらえたと思っていたけれど……逆にダメだったのか……」 しょんぼりされてしまった。 慌てて首を振った。 「大丈夫! むしろ、あれで好かったのなら、安心したよ。気分を悪くしたまま帰らせてしまったら、と思ってただけだから」 「あぁ……そうか。 うん、好かった。すごく、好かったよ」 頬を染めて笑む彼は、本当に羨ましいほど艶っぽかった。 負けないようにと微笑んで、彼を送り出す。 「次は、もっと好くできるようにがんばるね」 「あぁ、また来る」 そう言って額にキスしたトランは、予告通り翌々日に現れ…… ……そして僕をまたたっぷりと蹂躙して、満足げに帰っていった。 僕は、他の客に演技することが増え、トランにはしようと思ってもできないでいた。 ……頭を抱えた。 これはダメだ。 慣れない素人をハメようとして、逆にハマっている。 そうとしか言えない。 それはダメだ。 幸い、トランは2~3日ごとに通ってくれている。 話だけでその日のうちに帰ってしまうこともあるが、そういう日は前日までに知らせてくれるし、来た日には何か必ずプレゼントを持ってきてくれる。 間違いなく上客だ。 人知れずため息をつく僕を、誰も怪訝には思わない。 それでいい。 誰にもバレないうちに、なんとか立場を逆転させなくては。 そう思うものの、トランはどこで習うのかどんどん手腕をあげていく。 油断していると、寝室に入って10秒後にはイかされているとかいうことだってある。 本当にヤバい。 必死に我慢して、トランを気持ちよくさせてからとがんばっても、いつの間にか僕のほうがすっかり融かされていて、気がつけば朝、というのが定番になっている。 本ッ当ッッに、ヤバい。ヤバすぎる。 焦って何とかしなければと思っていたとき、思わぬ展開がやって来た。 身請けの打診がある。 そう、館長からの相談が来た。 思えば、トランが来た日に考えていた話だったな、と思った。 館長から相談があるということは、ほぼ身請けが決まったというのも同然だ。 これを断ると、身請けのが難しくなる。 と、いうか条件がどんどん下がっていくのだ。 さらに、館内での扱いも悪くなる。 断るのは、ない。できない。 「……どんなひとですか?」 館長に聞いた。 今までに自分が相手した客の誰かだろうか。それとも金に飽かせて買いに来た豪商だろうか。 酷い扱いをするヒトじゃないといいな。 それだけを思った。 「ブレーデフェルト公爵の次男だ。独身で婚約者がいる。けれど、前々から男色の噂があったね。真面目な人柄だそうだけれど、まぁ、本妻には気遣わなけりゃならないだろうね」 とんでもない高位貴族だった。 そりゃあ断れないな。 断ったとたんに死ぬか、身請け話がなくなるか、身請けされたあとに殺される。 実質一択。 嫌なのに目をつけられたな。 まぁ、仕方ないか。それも運命だ。 「明日、挨拶にいらっしゃるから、そのつもりで」 そして館長は立ち去った。 ……明日、か。 トランに逢うのは、昨日が最後だったんだな。 そう思うと、ひどく惜しいことをした。 昨日のトランは、いつもより激しくて、すぐに正気を失ってしまったのだ。 なんとなく正気を無くしたまま、たっぷり可愛がってもらった気がするのだが、はっきり覚えていないのが口惜しい。 朝起きたら声が枯れていたし、間違いないだろうとは思うんだが。 トランは今回も満足したらしく、あちこちにキスを落とされて、腰が砕けて立ち上がれない僕を優しく諭して、ベッドから出させないまま立ち去った。 せめてドアまで見送りたかったな。 ……そもそもこの間まで童貞だった男に腰くだけにされる男娼ってなんだ。プロ意識低すぎるだろ。 自分のことながら落ち込む。 でも、過ぎ去ったことはしかたない。 前を向いて生きよう。 さしずめ、今できることは。 明日の貴族に会うための衣装を急いで用意することだな。

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