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耳元でご馳走さま
◆
「よう和彦。一人なんて珍しいな、樹は?」
大学の学食でたっちゃんを待ってる俺に、同じゼミの新田が声を掛けてきた。
「たっちゃんは高元教授のとこにレポート提出に行ってる」
「あ~、高元じいちゃんトコかぁ。そりゃ簡単には帰して貰えないなぁ」
高元教授は優しいお爺ちゃん先生で、研究室にきた生徒をお茶に誘っては、長話をするので有名だ。
「たっちゃん、高元教授大好きだから自分から誘ってお茶してると思うよ。今日もおやつ持参で行っちゃったもん」
「おやつって、お前が今食べてるそれか?」
「うん。たっちゃんのお手製」
「相変わらずマメだなぁ、樹のやつ。どれ俺もひとつご相伴に預からせて貰おうかな?」
「も~、ひとつだけだよ?」
「ケチなやつだな」
ひとつだけでもたっちゃんの手作りを分けてあげるんだから感謝してほしいなぁ。
「あっ、いた!和彦くぅ~ん」
「ねぇ、もう今日の講義終わったんでしょ?私達とお茶しに行かない?」
ときどき話し掛けてくる二人組の女の子。甘ったるい香水の匂いといつも短いスカートを纏っている。名前はなんて言ったっけ…。
「お茶?今してるから行かなくていいよ」
「も~、そうじゃなくってぇ。ホラ、最近出来たカフェがあるじゃない?そこのスイーツが美味しいんだって」
「スイーツってお菓子?おやつもあるからいらないよ」
俺の手元には自販機で買ったコーヒーとたっちゃんの手作りおやつがあるのに、この子たち見えないのかな?
「そうじゃなくってぇ、いま評判のお店でお茶するのがいいんじゃなぁい」
「ねっ?行こ行こ!」
「お洒落なとこだと高いんでしょ?俺、金ないから」
「そんなの奢るよ~」
「そうそう!私達が和彦くんと一緒に行きたいんだからぁ」
やんわり断ってるのに尚も食い下がってくる女の子たちに、仕方がないからハッキリと言う。
「奢ってもらわなくてもお茶ならここで飲めるし、たっちゃんが作ってくれたおやつもあるから大丈夫だよ」
「たっちゃんって、浅倉くん?確か和彦くんと同居してる」
「…そうだけど」
女の子の口からたっちゃんの名前が出たことに、ちょっとムッとする。
「へえ~。彼、料理男子なんだぁ。浅倉くんって平凡だけど料理できるのって結構ポイント高いよね-」
「そうそう。浅倉くん地味だもん。取り柄のひとつくらいはないとね」
「……」
俺の前で勝手にたっちゃんを評価しようとする女の子たちに、益々ムッとする。
そんな俺の手元を覗き込んだ女の子たちが、たっちゃんの手作りおやつにやっと気付いた。
「これが浅倉くんの手作りスイーツ?どんなの…って、なあにこれ~」
「やっだー!これパンの耳じゃない?これがスイーツ?」
そして、あろう事かたっちゃんのおやつを馬鹿にし始めた。
「和彦くぅん。私達とちゃんとしたスイーツ食べにカフェに行こうよ~」
「そうそう、こんな貧乏くさいお菓子和彦くんに似合わないわ」
「お前達いい加減にしろよ!」
さすがに黙っていられなくなって、女の子たちを止めようとした時、横で聞いていた新田が俺より先に怒りだしてくれた。
「な、なによ?本当のことでしょ」
「そ、そうよ。今どきこんなの喜んで食べる人なんていないわよっ。浅倉くんに気を遣ってるんでしょ?和彦くん優しいから」
ガタンっ!!
いきなり立ち上がった俺の表情 を見て、怯えるように肩を竦めた女の子たちに、こう言い放つ。
「俺はカフェには行く必要がないし、君達とどこかに行く気も全くない。もう用がないなら帰って」
「…あ」
「い…、行こう?」
「う、うん。あの…和彦くんまたね?」
女の子たちは慌てたようにその場を去る。でももう君達と話すことはないけどね、と俺は心の中で呟く。
「ったく!あの馬鹿女たち。和彦ももっとガツンと言ってやればいいのに」
「いいんだ。このお菓子の価値が分からないような人達に、わざわざ何かを言ってあげるなんて勿体ないよ」
まだ何か言いたげな新田にそう言うと、軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「ふぉっふぉっ。南くんも良いことを言う。その通り、こんなに旨い菓子を見かけだけで判断するなぞ、愚かとしか言いようがないわ」
「高元教授」
声の方に目をやるとそこにはお爺ちゃん先生の高元教授がいた。
「先生が学食に来るなんて珍しいですね」
「浅倉くんを誘ってきたんじゃよ」
そう言いながら俺達の席に腰掛ける高元教授。でも、そのたっちゃんの姿がない。
◇
教授の研究室 で缶コーヒーを飲み、俺の作った節約おやつを食べながら、教授の話を聞く。
教授の長話を嫌う生徒もいるけど、教授の話は興味深いものが多くて、俺の方から教授をお茶に誘うこともしばしばだ。
教授は、俺の作る節約おやつを殊の外喜んでくれる。
教授が子供の頃、まだ日本が豊かじゃなかった時代。教授のお母さんは工夫してあり合わせの材料でおやつを拵えてくれたそうだ。
俺の作る節約おやつはそれを思い出させるらしい。
「堅くなった餅で揚げ菓子を作ってくれたり、少しの砂糖 と重曹でカルメ焼きを焼いてくれたりしての。立派な材料を使わなくとも、母親の作る菓子は儂を幸せな気持ちにしてくれたもんじゃ」
パンの耳で作ったフレンチトーストと、きな粉をまぶしたラスクを摘まみながら、教授は懐かしむようにそう話してくれる。
「今は贅沢な菓子が溢れておるがの。儂は誰かの喜ぶ顔の為に、工夫して拵える気持ちが旨い菓子を作り出すと思っとるんじゃよ」
俺んちと和彦んちは今も昔も貧乏で、贅沢な材料なんて買えやしなかった。
だからいつもあり合わせの材料で、少しでも母さんや和彦に喜んで貰えるように工夫を凝らした。
「ご馳走の由来と同じじゃな」
ご馳走って言葉は、今みたいに色んな食材が流通してなかった頃、人をもてなす為に東奔西走して食材を集め、料理を作った事から来てるとも言われる。
だから食べたあとに“ご馳走様”と言うのはその苦労を労う意味らしい。
「今日も“ご馳走様”じゃな、浅倉くん」
「いえ、お粗末さまです。教授」
「そうじゃ、たまには儂がご馳走しようかの。旨くて安い食堂があるんじゃが、どうじゃ?」
教授からの労いを受け取り、席を立とうとした俺を教授が夕飯に誘ってくれた。
「え?そんないいですよ」
そう断りはするものの、貧乏苦学生の俺には有り難いお誘いだ。気は引けるが心は動く。
「日頃の差し入れのささやかなお返しじゃよ。南くんも一緒にどうじゃ?どうせお前さんのこと待っとるんじゃろう?」
和彦まで誘って貰ってはこれ以上固辞するのも逆に教授に失礼だし、ここは甘えさせて貰うとしよう。
そうして俺と教授は和彦が待つ学食に来たのだが
「これが浅倉くんの手作りスイーツ?どんなの…って、なあにこれ~」
「やっだー!これパンの耳じゃない?これがスイーツ?」
和彦の傍にいる派手目の女子達の声が聞こえてきた。どうやら俺の節約おやつの事を言ってるらしい。
「和彦くぅん。私達とちゃんとしたスイーツ食べにカフェに行こうよ~」
「そうそう、こんな貧乏くさいお菓子和彦くんに似合わないわ」
あ~、だよな。だから人前では食うなって言ってるのに和彦の奴。
「お前達いい加減にしろよ!」
「な、なによ?本当のことでしょ」
「そ、そうよ。今どきこんなの喜んで食べる人なんていないわよっ。浅倉くんに気を遣ってるんでしょ?和彦くん優しいから」
一緒にいた和彦の友人の新田が女子達に怒り、文句を言い出すが女子達も負けずに言い返してる。
その横にいる和彦が突然大きな音をたてて席を立った。そして和彦は怒気の隠 った声で女子達に言い放つ。
「俺はカフェには行く必要がないし、君達とどこかに行く気も全くない。もう用がないなら帰って」
「…あ」
「い…、行こう?」
「う、うん。あの…和彦くんまたね?」
女子達は和彦の様子に怯んでその場を逃げるように去って行った。
「ったく!あの馬鹿女たち。和彦ももっとガツンと言ってやればいいのに」
「いいんだ。このお菓子の価値が分からないような人達に、わざわざ何かを言ってあげるなんて勿体ないよ」
俺が何となく出にくくなってると、教授が二人のいる席に腰掛けながら話に入っていった。
「ふぉっふぉっ。南くんも良いことを言う。その通り、こんなに旨い菓子を見かけだけで判断するなぞ、愚かとしか言いようがないわ」
「さすがお爺ちゃん先生。ね、たっちゃんを見かけだけで判断するお馬鹿さんに、たっちゃんの良さを語ってやるなんて勿体ないもん」
「ああ、まったくじゃな」
ああもうっ!二人して何恥ずかしいこと言ってるんだよ。
「それで先生。たっちゃんは?」
「ああ、ほれそこにいるぞ?浅倉くんそろそろ出ておいで」
教授に促されて渋々出て行くが何とも居たたまれない…。
「たっちゃん!あのね先生が夕飯に連れてってくれるって!」
「…ああ、それで誘いに来た。待たせて悪かったな」
「ぜ~んぜん!たっちゃんの美味しいおやつ食べながら待ってたもん」
満面に笑みを浮かべて屈託なく言う和彦に益々恥ずかしさが募る。
「お前、人前ではそう言う言動を控えろよ」
「なんでー?美味しいものは美味しいし、好きなものは好きなんだもん。本当の事は人前でも言っちゃうよー?」
「お前…小学生じゃないんだからさ」
これで学部一の秀才とか詐欺だよなぁ。
俺は恥ずかしさを誤魔化すように和彦の耳を引っ張った。
◆
「いたたっ!もー、なんで耳引っ張っるのー」
引っ張っられる耳の痛みに耐えながらも、俺の耳を抓 むたっちゃんの顔が真っ赤なのは見逃さない。
「あははっ、それ樹の癖だよな。和彦の耳って引っ張りやすいのか?」
「引っ張りやすい位置にあるからな」
「じゃあ俺も帰るよ。二人共また明日な」
「ああ、うん。また明日…あ、新田」
挨拶を交わし帰りかけた新田をたっちゃんが追いかけて行き、たっちゃんが新田の耳元に口を寄せて何かを囁いている…!
「さっきは俺の事で怒ってくれてさんきゅな」
何を話してるのか想像はつくけども…!
もー、たっちゃんこそ人前でそんな事して…。
「どういたしまして。あ、俺もおやつ分けて貰ったんだ。ご馳走さん」
内緒話を終えたたっちゃんの唇が、新田の耳朶を掠めていくのを、歯痒い思いで見守る。
「じゃあ、儂達も行こうかの」
「はい教授。ご馳走になります」
歩き出した先生とたっちゃんについて行きながら、俺もたっちゃんの耳元にそっと口を寄せ
「たっちゃん、美味しいおやつありがとう。ご馳走さまでした」
俺はたっちゃんの耳元で囁くようにそう言った後、その柔らかな耳朶に気付かれないようにそっと口吻けたーー。
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浅倉樹…某国立大学1回生。経済学部(公務員志望)
南和彦…同大学1回生。経済学部(商社志望)
新田くん…和彦と同じゼミの友人。和彦程ではないが、長身の爽やか系イケメン。二人一緒に合コンに誘われる事多し。
高元 教授…樹のゼミのお爺ちゃん教授。好々爺な雰囲気の話好きな優しい先生。樹のおやつのファン。
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3/3は雛祭りですが耳の日でもあります。前の2話で樹が和彦の耳をよく引っ張ってるので、それって癖なのかな?と思い耳の日SSを書いてみました。
今回は二人だけのアパートの部屋から出て、大学での二人の様子を書いてみました。…が、やっぱり大学でも和彦は通常運転でした。そして樹も人目は気にするけどやっぱり変わりません(笑)
和彦は子供の頃から樹をたっちゃんと呼んでます。大学生になった今でもそれは変わらず。
多分一生変わらないと思われ。
樹は子供の頃はかずくんとか呼んでそう。
小学生の高学年くらいから和彦呼びになったのかなー?和彦としてはきっとかずくんと呼んで欲しいハズ!
皆さまお気付きでしょうが、キャラの名字はあの名作胸きゅん野球マンガから頂戴しております☆
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因みに「ご馳走様」の由来については、書かせて貰った他にも諸説あるようです。
この説は朝ドラの「ごちそうさん」で引用されていた説です。このドラマが大好きだったのでこの説を使わせて貰っちゃいました(´ ˘ `๑)
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