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2話

 改めて店内を見回してみると、自分の存在が場違いだと思うくらいに身なりの良いスーツを着込んだ男性など、様々な職業を思わせる男達が座って、酒を飲んで談笑しながら楽しんでいるのが見える。  ふと、晴斗はカウンター席の奥に座っている人物に気が付いた。一人だけで静かに座っている男性。艶やかな黒髪に前髪をあげていて、切れ長の空色の瞳。黒渕メガネをかけていて端正な顔つきをしている。高級そうなスーツを着込んでいて、自信に満ち溢れた雰囲気を纏い、たくましい身体つきをして洗練された男性に見えた。 (格好良い……)  晴斗は思わず見惚れながら、男性の事をそっと見つめていた。あんなに格好良い男性にめちゃくちゃに抱かれる自分を想像してしまい、思わず顔を紅くさせてしまい、後ろの孔が疼いてしまう。すると、近くのテーブル席に座っていた男性達が奥のカウンター席に座って居る男性の話をしていたので、晴斗はそっと耳を傾けた。 「おい。あの奥のカウンター席に座っているあいつは誰だ?」 「あぁ、このお店では有名なタチ専門で売っている奴だよ。ネコは絶対にやらないんだ」 「なるほどな」 「だが、あいつだけはやめとけ。値段が他の売り専にしている奴らより高いし、何より、自分の気が乗らないと抱かないって言う事で有名だ」  その言葉を聞いた晴斗は、自分の財布の中身を見比べながら、どのくらい払えばいいのだろうかと考えた。 (最初に抱かれるなら、あの男性が良い)  勇気を振り絞ってあの男性に対して声をかけてみようか。でも自分みたいな存在に声を掛けられても、きっと気が乗らないって断られるのがオチだろうか。晴斗は、夢のまた夢なのだろうと、一人溜息を零しカルーアミルクを飲んだ。 「よぉ、兄ちゃん」  声を掛けられた方を見ると、下卑た笑みを浮かべスーツをだらしなく着込んだ男と目が合う。いやらしく品定めするように、晴斗の身体を見てくる。晴斗は直感で、関わったら絶対にいけない人だと思い、少し距離を取る。男は気にせずに、晴斗の隣に強引に座ると、晴斗の太ももに手を置くと、性感を煽る手つきで触れてくる。あからさまな意思表示に、晴斗は背筋が、ぞわりと悪寒が走る。 「ちょっと俺に付き合えよ」 「こ、困ります……」  晴斗は弱弱しくも嫌だと安易に告げて首を横に振る。小さな声で拒絶をするが、男は気にした素振りを見せない。むしろ、嫌がる晴斗に対して興奮したのか、下卑た笑みを見せながら口角をあげてくる。男からは強い酒の臭いがして、かなりの量を飲んで、酔っぱらっているという事が嫌でも分かってしまう。 「この店にいるってことは、あれだろ。いくら払えばいいんだ?」 「お、俺は、売っていません……」 「こんな可愛い顔して売っていないだなんて、勿体ないな。買ってやるよ」  男は懐から札束を出すと、晴斗の頬にぺしんと叩きつける。晴斗は目を見開いて、男の行動に驚いて身体が固まってしまう。男はますます晴斗の腰に触れたりしてくる。晴斗はマスターにも洋平に対しても、迷惑かけたくない一心で目を瞑る。自分だけが今この時間を我慢すれば、反応が悪い事に男は諦めてくれるだろうかと俯いた、その時だった。 「おい、そいつは俺の客だ」  心地よい低音が店内に響き渡る。えっ、と思いながら晴斗は恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは、奥のカウンター席で、一人静かに座っていた晴斗が見惚れていた男性だった。 「俺の客に手を出してもらっては困るな」  そう告げると、男性は座っている晴斗の手を強く掴む。自分の方に引き寄せると、強引な動作で抱き寄せた。思わず、晴斗は男性の胸元に顔を埋める形になってしまい、男性は香水でも使っているのだろうか、品の良い香りが鼻をくすぐった。晴斗は今の置かれている状況に混乱してしまっていた。抱き寄せられているせいか、顔は見えない。けれど、男性と男が、何かを話しているのが聞こえてきたが、会話内容までは分からなかった。やがて、話が終わったのか、晴斗に金を払うからヤらせろと告げてきた男は、舌打ちをしながら元の自分の座っていたテーブル席に戻ったようだった。 「……という訳だ。洋平」 「了解っと。まぁ、あの客は次から出禁にしとくね」 「ああ、頼んだぞ」  男性はいつの間にか騒ぎを聞きつけて、店内の奥から駆けつけてきた洋平に対して、何かを伝えたようだった。そうして、「行くぞ」と晴斗の耳元に低音で囁いた。晴斗は訳も分からずに、こくこくと頷いた。男性に手を引かれて、店内を出て行くことにしたのだった。 「今日はちょっと災難だったね。でも、また遊びに来てくれると嬉しいな」 「あっ、はい……! また来ます」  店内から出る際に、洋平が近付いてくると、こっそりと耳打ちをしてくれたので、晴斗は大きく頷いてぺこりとお辞儀をした。そして、金を払っていない事に気付いた晴斗は、慌てて財布を取り出そうとした手を、男性にすっと止められる。 「マスター、こいつの分も支払う。なんせ、俺の客だからな」 「はい、かしこまりました」 「えっ!? そ、そんな申し訳ないです……!」 「今日は俺の奢りだ、気にするな」  晴斗は慌てて断ろうとするが、男性は気にした素振りも見せずに、マスターに支払いを済ませてくれた。そんな男性の行動が、晴斗の目には、スマートで格好良く映ったのだった。  飲酒店から出ると、お互いに無言のままだった。男性は他の人よりも体温が低いのか、握ってくる手が冷たく感じた。けれども、その冷たさがカクテルを飲んで身体が熱くなった晴斗にとって、少しだけ心地よく感じた。  しばらく歩いた所で、男性は掴んでいた手を離すと、晴斗に対して振り返る。その表情はとても呆れかえって肩を竦めていた。 「遊び半分で、来る所じゃないぞ。お前みたいなのは格好の餌食だ」 「す、すみません……。あの、助けてくれてありがとうございました……」  晴斗は慌てふためきながら、助けてくれた男性に対して、ぺこぺこと頭を下げる。男性はやれやれと溜息を吐きながら、晴斗の蜂蜜色の瞳を真剣な眼差しで、じっと見つめてくる。 「……次は、無いぞ」  次は助けない。暗にそう忠告した男性はその場を去ろうとした。けれど、晴斗はせっかく男性と話す機会が巡ってきたことに対して、どうしても逃したくて、なけなしの勇気を振り絞って声を掛ける。 「あ、あの……!」 「……まだ何かあるのか」 「あなたを……、買いたいです」  晴斗の心臓の鼓動はどくんどくんと脈打って、ドキドキしていた。もしかしたら、断られるかもしれないと言う不安を感じながら、男性の事を真っ直ぐな視線で見つめた。男性から視線を逸らしたくも、俯きたくもなかった。晴斗の言葉に対して男性は、一瞬目を見開いたが、やがて、悪い笑みで口角を上げる。悪く笑う姿も格好良いと見惚れていると、男性は晴斗の方に悠然と歩いて近付いた。そうして、ゆっくりと晴斗の耳元で囁いた。 「俺は高いぞ」  色気のある大人の低音に、晴斗の耳が真っ赤に染まり身体に熱が篭る。その男性の声に誘われるように、晴斗は熱っぽい視線で見上げると、頷いていた。
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