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4話

 ふと、晴斗が目を覚ますとそこはホテルの一室の中だった。どうして自分がここにいるのだろうかと思いながらも、昨日の出来事を思い出して顔を真っ赤にする。そして、自分の身体を見回してみると、綺麗に清められている事に気付く。初めてのセックスは、腰が痛くなるものだと思いながら、辺りを見回すとソファーに男性が座っているのが見えた。男性は晴斗の存在に気付いたのか、顔を向けて「起きたのか」と言ってくるので、晴斗は「はい」と答えた。窓の外を見ると、朝日が射し込んでいて夜が明けてしまったのだと気付く。これで男性との行為が終わってしまったのだと、晴斗は一人寂しく思いながらも、身支度を整えている男性に対して声を掛ける。 「あの……。ありがとう、ございました」 「……お前、変わっているな」  呆れたように溜息を吐きながらも男性は、自分の胸ポケットから何かを取り出すと、晴斗に手渡してきた。慌てて晴斗は受け取ると、それは男性の名前と電話番号が書かれていた名刺だった。 「俺はいつもあの店にいる。……また、俺に抱かれたくなったら、金を持って来るといい。金さえあれば、相手してやる」  待っていると晴斗の耳元で囁くと、男性は悪い笑みを浮かべながら、部屋を出て行くのだった。  その場に一人取り残された晴斗は、呆気に取られてしまっていたが、渡してくれた名刺を改めて見つめる。男性の名前は「睦月愁(むつきしゅう)」と書かれていた。 「…………愁、さん」  ぽつりと、晴斗は男性の名前を呟いた。愁は、金さえあれば、また会ってくれるのだと考えた晴斗は、その事実に気付いてしまい、じわじわと身体が熱くなるのを感じる。まさか、名前を教えてくれるとは思わなかった。「また来い」と「待っている」とも言われるとは、思わなかった。晴斗にとって、愁と過ごす最後の夜にはならなかった。 「愁さん」  また会いたい。晴斗は嬉しさに震えて、そう強く思ってしまうのだった。  睦月愁の存在に囚われた在原晴斗は、彼から離れられそうになかった。 *****  ゲイバーの『ナイトムーン』で愁と出会い、愁に助けられ、愁に初めて抱かれた夜の事を晴斗は忘れられそうにもなかった。  愁に抱かれた土曜日の朝、晴斗はいそいそと身支度をして部屋から出る。フロントに向かうと、ホテル代は既に支払われていた。大人の男性として格好良い対応をする愁に、晴斗はただただ驚くばかりだった。晴斗は自分も、愁みたいにスマートな対応ができる大人の男性になりたいと、憧れを抱いた。  そうして、ぼんやりと夢見心地になりながら晴斗は、とあるアパートに戻って来ていた。現在、大学生である晴斗は、アパートで一人暮らしをしていた。玄関のドアをガチャリと開けると、寝室まで入って行った。寝室に置いてあるベッドの上で、ぼすんとダイブしたのだった。そうして、愁に抱いてもらった夜の事を思い出しては、晴斗は羞恥心から顔を真っ赤に染め上げるのだった。 (すごかった……本当に、すごかった……)  枕に顔を押し付けて、悶える気持ちを抑えようとするが、なかなか治まる気配が無かった。アダルトサイトで見ていた男性同士のセックスを、実際に経験してみると、一体自分はどうなってしまうのだろうか、不安と期待があった。けれど、愁に抱かれてみて、自分でアナルバイブを使い自慰する行為よりも、とても気持ち良かった。痛い思いも苦しい思いをする事は全く無かった。恐らく愁のテクニックが、他の人に比べて巧みなのも、きっとあるのだろうと晴斗は予想した。 (……また、抱かれたい)  金さえあれば、抱いてやると愁は告げてくれた。晴斗は、より一層バイトに励もうと決意したのだった。けれども、今日だけは、愁に抱かれたという余韻に浸っていたいと強く思い、明日から頑張ろうと決意を新たに、ベッドの上で静かに目を瞑るのだった。 *****  結局、晴斗は余韻に浸りながら土曜日を過ごしていた。愁にまた抱かれたいという不純な目的の為に、日曜日は一日中バイトに勤しんだのだった。  晴斗のバイト先は、街中にある猫カフェだった。幼い頃から晴斗は動物が好きで、その中でも一番好きな動物は猫だった。気まぐれな性格だけれども、時々、擦り寄って甘えてくる姿にとても癒される。  猫カフェのバイトは、猫スタッフである猫達のお世話をするよりも、猫カフェの宣伝をする事が多く、外に出てのチラシ配りをするのが一番大変だった。他の人よりも大人しい性格をしている晴斗は、最初の頃は緊張してしまい、積極的に宣伝できなかった。それでも、チラシ配りが終えた後は、大好きな猫に触れあいながら仕事ができる。幸いにも、猫カフェに訪れる客に、変に絡まれたことがない。そんな晴斗にとっては、猫カフェと言うのは最高の職場に思えた。晴斗は猫スタッフ達にご飯をあげたり、訪れた客に猫スタッフ達の触り方をレクチャーしたり、世間話をしたりしていた。 (あれは……、影島くん?)  ふと、大きい窓の外を見ると一人の青年が、街中を歩いている姿を見かけた。さらさらとした黒色の髪に、緋色の瞳。モノクロに統一された服装を格好良く着こなしていた。格好良いと言うよりは、綺麗と言った印象を抱かせる顔立ちをしている青年の名を、影島富之(かげしまふゆき)と言った。晴斗と同じ大学に通う大学生だ。晴斗自身は、富之と一回も話した事は無い。大学で所属しているサークルの先輩達が、こぞって噂しているのを聞いていたくらいだ。  富之は常に落ち着いていて、冷静な性格をしている。あまり大学内で友達といる所を見た事が無く、いつも一人でいたのを思い出す。また富之は容姿端麗な事から、同じ大学の女子達から、よく好意を持たれているそうだ。女子達にバレンタインデーの時に渡されたチョコは、二桁いくとか、いかないとかと聞いた。晴斗は義理チョコとしてサークルの先輩から渡されたくらいで、渡されたチョコの数に天と地の差に、目を見開いたほどだった。 (あれだけ女子にモテるなら、彼女がいるのかもしれない)  きっと、富之は異性の誰かと普通に恋人を作り、普通に付き合って、普通に恋愛しているのだろうと思うと、少しだけ羨ましく見えた。対して晴斗は、異性よりも同性が好きで、さらに同性に自分の事を「女の様に抱いてほしい」と願っている。晴斗を抱いてくれる同性の恋人を作れるかと聞かれれば、答えはいいえで首を横に振るしかなかった。それでも、今はこの状況でも良いと晴斗は思った。金を払えば抱いてくれる人がいるのだから。 「在原くん、掃除が終わったら猫スタッフの面倒を見てほしい」 「はい、分かりました店長!」  店長に名前を呼ばれて、慌てて晴斗は返事をすると猫スタッフ達の元へ近付いては、様子を見るのだった。バイトで金を稼ぎながら大学に通い、金曜日の夜が訪れたら、また『ナイトムーン』へ足を運ぼうと晴斗は考えるのだった。

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