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第6話 写真

安藤が目覚めたのは、ちょうど8時半を過ぎたところだった。 ぼんやりした頭で一瞬ここはどこだろう……と考えたが、鈍い腰の痛みと同時に思い出した。ここは仁のアパートだということ。 そして、仁と恋人同士になったことを。 (なんか、まだ信じられないな……) 誰かと付き合うのは、こんなにも簡単だっただろうか。 まずは連絡先を交換して、何回か会って話したり、食事に行ったり…… (もうセックスしてんのに、そんなことやってらんないか) 自分達はもう大人だし、しかも男同士だから、そんなものなんだろうか。 恋の始まり方も、通常とは違っていた。 『あんまり難しく考えないで』 昨日、仁に言われた言葉が蘇る。 考えないでと言われても考えてしまう自分は、やはり真面目なのだろうか。 不真面目か真面目かと聞かれたら真面目だが、安藤は自分では『普通』だと思っている。 ただ、人や仕事に対して誠実でありたいだけなのだ。 それが真面目なんだと言われたら、返す言葉がないのだけど。 一つため息を吐いて、のろのろと布団から起き出した。 丁寧に布団をたたみ、部屋の隅へと片付ける。そこでふと、あるものが目に入った。カラーボックスの上に飾られている写真立てだ。 昔の恋人の写真だったら嫌だなあと思いつつ、好奇心には勝てなくて、安藤は飾られてある写真をそっと覗き見た。 「ん?……家族、かな」 どこかの観光地で撮ったものだろうか。大人の男性と女性、それと小学生ほどの年齢の子どもが二人写っており、兄らしい方には仁の面影があった。仁は母親似で、弟と思われる隣の子どもは父親によく似ていた。 安藤は就職上京組なので仁と同じく一人暮らしだが、家族の写真を部屋に飾ったことなどないし、飾ろうと思ったこともない。 (ワケアリ、ってやつ……?) ゲイであることがバレて、勘当されたのかもしれない。 でも……それなら恨みこそすれ、わざわざ写真など飾るだろうか? (もしかして、死……いや!そんな想像をしたら仁に失礼だろ!今夜も会えるんだし、聞いてみよう。聞いてもいいよな?恋人なんだし) しかし恋人とは、家庭の事情を遠慮なしに聞いていいものだっただろうか。 安藤は過去に付き合った彼女たちのパターンを思い浮かべた。皆普通の中流家庭の出だったが(無論、安藤もだ)それでも付き合いだしてすぐにそれを知ったわけではない。 きょうだいはいるか、なんてよくある質問は別として――。 (やっぱり、家族のことを聞くのはもう少し付き合ってからにしよう……) そういえば、仁は朝食を作っておくから食べてと昨日言っていた。 台所に行くと、小鍋の中に味噌汁が残っている。それとラップにかけられたご飯と、卵焼きが用意されてあった。 「すごい……マメだなぁ」 仁は普段から自炊をするようで、様々な調味料や調理器具が置いてあった。 安藤は味噌汁とご飯を温めなおして、仁の用意してくれた朝食を食べた。味はふつうに美味しかった。 今のところ、仁は絵に描いたような『完璧な恋人』だ。 まだ付き合い始めたばかりなのに、どうしてここまでしてくれるのだろう。 それとも、仁にとってこんなことは普通なんだろうか。 『安心していいよ、俺からは絶対に優介さんを捨てたりしないから』 今仁には安藤以外の恋人はいないようだし、自分からは捨てない――ということは、いつも仁の方が振られているということだ。 (あんなに格好良くて、優しくて、完璧な恋人なのに?) 完璧さ故に振られるということだろうか。 それとも、他に理由があるのだろうか。 分からない。 とにかく安藤としては、恋人として出来る限り誠実に、仁と付き合うだけだ。 男同士だからとか、そういうことは一先ず置いておいて――

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