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第10話 噂話
昼休み、安藤が社員食堂で黙々と昼食を食べていたら、部下の女性に『隣いいですか?』と声を掛けられた。
もうすぐ食べ終わるし、他のテーブルは空いてないのかなと思いながらも『どうぞ』と返事をしたら、いきなりこんなことを言われた。
「安藤課長、最近ちょっと楽しそうですよね。何かいいことでもあったんですか?」
「え、そう……かな?」
「楽しそうっていうか嬉しそうっていうか、ウキウキしてるっていうか」
安藤は普段どおりにしていたつもりだったのだが、やはり仁と付き合いだしたことで何かが外に漏れていたのだろうか、と心配になった。
あんな優しくて格好いい年下の恋人が出来て浮かれないはずがないだろう、と自分に突っ込みつつも、自制していたつもりだったのだが。
「別に何もないけど……あ、週末友達と映画を観に行くから、それが楽しみかな」
「へえ~、友達って女性ですか?」
「いや、男だよ」
なぜそんなことを聞いてくるのだろう。
疑問に思ったが、特に当たり障りはないので正直に答えた。
「失礼なこと聞くんですけど、安藤課長、秘書課の川島さんとは別れたんですよね?」
「……え?」
「あっ、女性社員同士の噂でチラッと耳にしたんです! すいませんっ!」
付き合っていたこと自体秘密にしていたつもりなのに、それどころか別れたことまで知られているなんて女性の噂は恐ろしいな、と思った。
しかし、なんと返事をするべきか。そのまま肯定するのもなんだか癪だし、否定して彼女に未練が残っていると思われるのも困る。
しかも別れた原因は彼女と同僚が浮気したのがきっかけなのだから、それがまた噂として社内に広がったら……嫌だ。
彼らが困るのは自業自得だし、逆恨みされるのも百歩譲って構わないのだけど、とにかくもう純粋に関わりたくないのだ。
結局安藤は否定も肯定もせず、愛想笑いをして誤魔化すことにした。
「あっあの、違うんです! 私、噂の真偽を確かめたいとか、それで課長を困らせたいわけじゃなくて……! その、映画は何を観るんですか!?」
「ん? 今公開中の」
えらく強引に話を変えてきたなと思いつつ、安堵して答えた。
が。
「それ、私も行ったらダメですか!?」
「へ?」
真っ赤な顔をしてそう言った彼女――佐野の表情を見て、安藤はなんとなく彼女の意図を察した。
「あ、私も友達誘うんでっ、あの、課長が男二人ならちょうどいいなーと思いまして!」
「……わ、悪いんだけど僕の友達、すごい人見知りなんだ。だからその……ごめんね?」
自分の一億倍くらいコミュ力が高そうな仁を人見知りだなんて、我ながらよく言えたものだ。しかし、誰にもデートの邪魔をされたくなかったので咄嗟に出た断り文句だった。
「そ、そうですか、いきなり変なこと言ってすみません」
「いや、じゃあ僕は食べたから部署に戻るね。佐野さんもごゆっくりどうぞ」
「はい……」
佐野は安藤に断られたことで目に見えて憔悴してしまい、安藤はこれでまた妙な噂が広がったら嫌だなあと思いつつ、食堂を後にしたのだった。
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