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第23話 空洞

灰音は安藤に新しいジントニックを出した後、話しはじめた。 「仁の家族はさ、アイツが中学生のときに交通事故で全員亡くなっちまったらしいんだ」 「! やっぱり……」 (やっぱり、亡くなっていたんだ……) 安藤は、仁の部屋に飾ってあった家族写真を思い出して、胸の辺りが苦しくなった。 「なんだ、知ってたのか?」 「いや、予想してたというか……それで?」 「それで――よくある話だけど、親戚の家に引き取られたんだと。でももう中学生だったし、あんまり可愛がられなかったらしい。腫れ物扱いされてたみたいな?」 「そう……なのか」 「一応本人から聞いた話だけど、ホントにそうだったのかは分からねぇよ?仁の思い込みだったっつーこともあるし……ただ、その家には仁と同い年のイトコがいて、同じ高校にも行ったけど仁はそいつよりも女にモテたし成績もかなりの差があったんだと。……ま、だからイトコやその親にとって仁は目の上の瘤みたいな存在だったんだろうなあ」 同学年で、顔も成績も自分より上の奴が同じ屋根の下に住んでるなんて、イトコにとって仁はコンプレックスを刺激する以外の何者でもなかったんだろうな、と安藤も思った。 だからといって、イトコに同情する気は微塵も起きないが。 多感な時期に一気に家族を失ってしまった仁の方が、どれだけ辛かっただろう……。 「そういえば仁って、大学は……」 「そんなん行きたくても行きたいなんて言えなかったんだろ、遠慮してさ。まあ親の金で行けたのかもしれないけど、俺はそこら辺までは詳しく訊いてないから気になるならアンタが自分で直接仁に訊けよ」 「わ、わかった」 そういうことを聞ける機会がもし訪れたら聞いてみよう、と安藤は思った。 大体、仁の家族のことを他人から聞かされていること自体がおかしいのだ……好奇心には勝てなかったが。 「でもあいつ、学歴とかそういうのってどうでもいいんじゃねぇかな」 「え?」 「学歴っつうか、体裁とかそういうの何もかも……つうのは少し乱暴かもしれないけど、なんとなくアンタだって感じてるだろ?仁のそういうところ。アンタが今漠然と抱いている不安は、それを無意識に感じ取ってるからなんじゃないのか?」 (ああ……) 「……そうかもしれない」 あの殺風景すぎるアパートの部屋や、時々、多分無意識に口にしているのであろう刹那的な言動が、まさにそれを物語っていた。 極端かもしれないが、まるで自分なんかいつこの世からいなくなっても構わない――とでもいうような……。 「要するにアイツはさ、臆病なんだよ。ま、無理もねぇけど……。でも俺は――俺やここのママはさ、仁に何もしてやれねぇから」 「え?でも、友達なんだろ?」 「友達じゃ埋めれない穴ってあるだろ。あ、下ネタじゃねぇぞ」 「分かってるよ!」 色々と台無しだ、と安藤は思った。 ずっと口を付けていなかった二杯目のジントニックを一気に喉に流し込むと、喉と胃がかあっと熱くなった。 「だからさ、安藤さん」 「ん?」 「仁のこと、頼むぜ。……アンタがあいつを幸せにしてやってよ」 * 結局酒は二杯しか飲まなかったけれど、灰音は『三杯は飲む約束だろ』なんてことは言わず、閉めていた店を再び開けると同時に安藤を見送ってくれた。 バーを出る前、安藤は外で仁と鉢合わせしないか少しドキドキしたが、結構時間が過ぎていたためかそういうハプニングは起こらなかった。 ほっとした反面、仁に会いたいと思った。 (……でも、) いまの自分の想いの丈をそのまま仁にぶつけたところで、仁は安藤の想いを受け止めきれずに逃げだすかもしれない。 もしくは、突発的すぎる行動を逆に怪しまれて信用を失うかもしれない。 (それでも、俺から手放す気はないよ……仁) 長期戦だって、なんだって。 (俺にかけた魔法を、そう簡単に解かせてなんかやるもんか) 安藤は12月の夜の冷えきった空気をすうっと肺に取り込むと、気合いを入れるように両手で拳を作り、グッと力を込めた。

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