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第22話 我儘
すると、安藤の前に新しいおしぼりが出された。
怪訝な顔で灰音を見ると、「俺が悪かったから、そんなに泣くなよ」と言われた。
「あ……」
安藤は、自分がボロボロに泣いていることにたった今気付いた。大粒の涙のせいで、視界がぼやけて辺りが見えづらくなっていたのにも関わらず、だ。
何故か灰音までグスッと洟を啜っておしぼりで目を押さえており、安藤はぽかんとした顔で灰音を見つめた。
「ジロジロ見てんじゃねぇよ、チョコっと貰い泣きしただけだっつうの」
「え、はぁ……」
安藤は貰ったおしぼりで涙を拭きながらも、心の中で(いい人か!)と突っ込んだ。
*
「俺、アンタのこと誤解してたよ。侮辱するようなこと言って本当に悪かった。ごめん、安藤さん」
「いや、俺もついムキになっちゃって……すいませんでした」
「いやもータメ口でいいし。俺、仁よりちょこっと年上なだけだから」
「そ、そうか」
つまり、25か26なのだろう。普通に言えばいいのにと安藤は思うけれど、また何かと言い返されそうなので軽く流した。
「俺は仁のこと、弟みたいに思ってるところがあって……あ、別に好きとかじゃないから誤解すんなよ。俺もバリタチだから抱くならアンタの方がいいし」
「そ、そうか」
『俺も』ということは、仁もそうなのだろう。仁がもし抱かれるほうもしたいのだったら、そのときは自分も仁を気持ちよくできるように頑張らなければ――と安藤は思っていたが、その必要はなさそうだ。後半についてはまた軽く流した。
「仁はいっつもノンケを好きになって、でも毎回数ヶ月で捨てられて……俺はそんなあいつが不憫でさ、毎回『ノンケと付き合うのはもうやめろ』って忠告するんだけど、それが出来れば仁は苦労しないんだよなぁ」
安藤は、聞いていて胸が痛かった。
先程、簡単に仁を捨てるのが――さもそうするのが当たり前だと言った灰音は、きっとこれまで何度も仁を慰めてきたのだろう。
恋人の過去の恋愛話を聞くのは愉快ではないが、自分だって過去に数人は恋人がいたのだから――全員女性だけれど――仁を責める筋合いはない。
しかしそんな安藤の微妙な表情を察したのか、灰音が言った。
「つっても今まで仁がフラれたのは3人かそこらだぞ。身体の関係なんてもっと無かったかもな。ノンケの男がそう何人もフラフラとこんなとこ来て男と付き合うかっての」
安藤は少し耳が痛かったが、なんとなく安心した。
灰音は構わずに話し続ける。
「仁もさぁ、物分りが良すぎるんだよな。相手に別れようって言われたら、すぐに『うんわかった、今までありがとう』って縋りもせずに簡単にそれを受け入れるんだ。……一度くらい、『別れたくない』ってワガママ言ったら、違う結果になったのかもしれないのに」
仁が今まで一度でも相手にそう言っていたら、いまごろ安藤とは付き合っていなかったかもしれない。だから、安藤はそれについては何も言えなかった。
ただ、
「……どうして仁は、ワガママを言わないんだろう……」
犬のように抱きつかれたり、金銭面で甘えられたことは何度かある。
けれど『ワガママ』を言われたことは一度も無かった。
安藤は、もし仁が夜中に『優介さん、今すぐ会いに来て』などと言ってきたら、きっと会いに行く。明日起きるのが早くても、面倒だなんて思わない。
何度も言われたら少しは思うかもしれないが――まず、仁がそんなワガママを口にすること自体が想像し難いのだけれど。
「そりゃあ、そんなワガママ言えるような環境で育ってないからだろ。あいつが他人にあまり執着しないのも、そのせいなんだろうな」
「そのせいって?」
安藤の受け答えに、灰音は眉間に皺を寄せて軽くため息を吐いた。
「安藤さん……アンタ、仁に家族の話も聞いてねえの?」
「うっ」
呆れたようにそう言われて、安藤は少し怯んだ。
勿論、仁の部屋であの写真を見たときから気になってはいたが、仁が自分から話してくれるまでは聞かないつもりだったのだ。もしや、悪手だったか。
「……まあ、仁は言わないか。いいよ、教えてやる」
「い、いいのかな……本人がいないところでそんなプライベートなこと聞いても……」
「ああん?そんなの構わねえだろ。アンタは仁の恋人なんだから」
「……」
安藤は、灰音を『バーテンだから口が堅そう』と思ったことも取り消すことにした。
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